大賢者マーリン
ここはヤーベの冒険者ギルドの一室。
貴賓用応接室にギルドマスターのダーシュと女性秘書。
そして二人の女性冒険者がいた。
格調高い高級テーブルを挟んで向かい合っている。
ダーシュは50代前半の厳つい体格の無精髭の男。
ダークブラウンの髪に栗色の瞳。
只者ではない強者の雰囲気を出している。
その男が筋肉剥き出しで腕組みをしながら、ジッと視線を仮面を被った二人の女に注いでいる
「報告は聞いた。詳細は若いパーティーからの物と一致する。少々遣り過ぎだとは思うが、お前達に非がないし咎めるつもりもないが……お前達程に実力差があれば殺さず無力化する事も可能じゃなかったか?」
「犯した後に殺そうとする者など、生かしておく価値が有るとでも?」
マーリンが声を低く反論した。
さらに
「実力差も図れず更に手を抜いて戦おうなど笑止千万。
いずれ屍をさらすのは必定。
ただ早まっただけの事」
「それは大いに同感だ。名ばかりAランクの【餓狼団】はいずれどこぞで全滅しただろうさ。
だが……まあ……言いたい事は分かるが、このギルドにも立場って物がある。
賢明にも目撃者を立て、皆殺しにしなかったから良かったものの、下手したらお前達がPKだと疑われるだろう?
PKは重罪だ。
下手しなくも冒険者資格剥奪は免れない。
あいつらどうしようもない馬鹿なのか人目のあるところで事に及んだが、もしダンジョンで攻撃を受けて反撃で皆殺しにした後に、他の冒険者パーティーにでも見つかれば誤解も受けただろう。
取り敢えずギルドマスターとしては『もう二度とこのような事が無いように気を付けたまえ』としか言えんがな」
ダーシュの言葉に肯定も否定も何の反応もせず押し黙る紅蓮の月パーティー。
ダーシュは目を細めて二人を見詰め値踏みする
『アリエッタはえも言われぬ気品がある。
没落貴族から冒険者に成り果てたか?
だが……娼婦に成り下がるよりはマシだろうな。
しかし一人で餓狼団を壊滅させるとは……。
しかも魔法士以外を倒すまでに3分も掛かっていないと、目撃証言も受けた。
見たところまだ若いと思うが、何処でそれだけの技量を身に付けたのだ?
それよりも……』
ダーシュの視線はマーリンをみる
『この女……只者ではないな。
気配を消せば消せるのに、この俺を威圧している』
ダーシュはかつてSランクパーティーで腕を振るっていた。冒険者マークも金のメタル持ち。
数々の修羅場を潜り抜けてきた。
殺気も威圧も数え切れない程の受けてきた。
駆け出しの頃はともかくSランクに上がってからは、気圧される事はほとんど無かった。
だが目の前の華奢な青い髪の女から、ダーシュだけに向けられた威圧。身体の芯から震えがくる。
酒場で【餓狼団】六人全員を硬直させ無力化させた方法は見当もつかない。魔法かスキルか?聞いても答えてくれないだろう
『それに名前……マーリン。まさか……な』
このグランドロス帝国でマーリンの名を知らない者はいない。
★
時は1000年前の建国の話に遡る。
かつて大陸にはある王国があった。
その王は狂い多くの者を殺した。親を殺し王位を奪い、兄弟も悉く殺した。男も女も関係無かった。
王妃も殺し子も殺し国民も殺した。恐怖で多くの者を縛り付けた、後に[狂王]と呼ばれる王が起こした暗黒時代。
その王国の辺境の田舎にある青年がいた。
見目麗しい者であったが山の上でヤギや羊を飼う貧しさで、成人を越えた18歳に成っても嫁も娶れなかった。
青年の名前はアーサーといった。
ある日。アーサーが羊毛を売りに街へ下りると、ある者に声をかけられた。
その者はアーサーの前で膝を付き臣下の礼をとった
「王家の血を継ぐ者よ。私と共にこの地に帝国を打ち立てましょう」
これが伝説の大賢者マーリンと帝国初代皇帝アーサーとの出会いであった。
アーサーは先代の王の隠し子であった。
隠し子ではじめから平民と生きると決められ放置された。
その為に荒れ狂う虐殺の嵐から逃れる事が出来た。
アーサーはマーリンの力を借り、神殿からエクスカリバーを抜いた。
エクスカリバーは王族で、世界を統べる者に力を貸すと云われていた。岩に深々と刺さったままで、今まで何万人という力自慢が剣を抜こうとしたが、微動だにしなかった。
それを彼らと比べて非力な細い青年が呆気なく抜いたのだ。
彼の正統性は証明され、今まで狂王に不満を持っていたり抵抗していた者達を糾合し、打倒狂王の大義名分を掲げ戦争を仕掛けた。
旗揚げからたった三年で狂王を討ち滅ぼし、血に塗られた王国を終わらせ、新しい帝国を築いた。
それがグランドロス帝国の成り立ちである。
その中でマーリンはアーサーの傍にあり、常に彼を支え建国に協力した。
マーリンは賢者であるが偉大な魔法使いでもあり、最終決戦では魔法一発で千の敵を駆逐する大型魔法を使いこなしたという。
アーサーは建国の英雄だが、マーリンがいなければそれは成し遂げられなかったのは事実とするところ。
アーサーの最大の功臣であり、師匠であり、理解者であった。
そして噂ではマーリンは女……しかも絶世の美女でありアーサーと恋仲であった。しかもその色香はいつまでも枯れる事は無かったらしい。
マーリンは、寿命でこの世から旅立ったアーサーを見送ると静かに帝国から姿を消したという。
★
ダーシュは目の前のマーリンを見て、しきりに建国伝説の偉大な大賢者マーリンを思わずにいられなかった。
この巨大で凄まじい威圧を周りの者に悟られず、自分だけ向けてくるのが恐ろしかった
──こりゃあ……迂闊な事は言えねぇな
ダーシュはマーリンの正体を確かめたい欲求が芽生えたが、自分の命と天秤にかけ、命を選択した
『触らぬ神に祟り無しだな、こりゃ……』
ダーシュは口から出かかった言葉を封印すると決めた。




