餓狼団
酒場で【紅蓮の月】の二人の女冒険者に因縁を付けた【餓狼団】の六人の男達は、そのままの姿勢で動けなくなった。下卑た笑いを浮かべたまま固まっている者もいる。
その渦中にあってアリエッタとマリーンは、何事も無かったように平然としていた
「そこの娘。注文を頼む」
「はっ!はい!」
マリーンが、成り行きを見守ったまま動けないでいた酒場の従業員の女の子に声を掛ける。
15歳前後の少女は、慌てて注文を取りに来る。
マリーンは要望を伝えると、少女は頷きテーブルを去った。
その間。六人の男達は微動だにせず立ち尽くしている。
やがて少女は注文の品を持ってきて、アリエッタとマリーンは目深にフードを被る。
仮面の口元辺りを押さえると、その部分だけ仮面が消え去り唇が現れる。
双方とも形の良い美しい唇をしていた。
二人はゆっくりと料理を味わい
「釣りは要らない」
銀貨一枚。一万ゼニを置いて酒場を出た。
二人が扉から消えると同時に【餓狼団】の男達はようやく自由を取り戻した。が、腰が抜けてその場にへたり込んだ。
翌日。
ある別の食堂で【餓狼団】はテーブルを囲んで、雁首を揃えて【紅蓮の月】の悪口を言い合っていた
「ぜってい。許せねえ!今度あったらぶち殺してやる!」
「おいおい直ぐに殺さないでくれよ!殺す前に弄んで楽しまねぇとな!」
「見たか?あの唇。あいつらは上玉だ。死ぬまでしゃぶってやるぜ」
「どこをしゃぶるんだ?」
「そりゃ!女なりに出てっとこあんだろが!」
馬鹿丸出しの会話をしている馬鹿達は、それからヒソヒソと声を潜めて悪巧みを話し合った。
──夕刻──
ある中級者向けダンジョンから出てきた【紅蓮の月】のアリエッタとマリーン。
ふと。何やら察したのか動きを止めて辺りを警戒する。
すると、岩陰にかくれていた【餓狼団】の面々が顔を出す
「近寄るな!それ以上近づいたら容赦はしない!」
マリーンが警告する
「おいおいおいおい連れないね~。俺達との仲じゃないか?只ね。俺達あんたらのせいで笑い者になっていてね。その責任を身体で補って貰おうと思ってさ」
六人が完全武装でヘラヘラしながら近付いてくる。
【紅蓮の月】の後からダンジョンから出てきた若い別のパーティーは、その状況に固まってしまう。
マリーンは後ろを振り向き
「そこで留まって頂きたい。この者達はPKです。直ぐに返り討ちにしますので、証人になって頂きたい」
若い男女四人のパーティーはコクコクと頷き、少し離れたところで一塊になってこちらを凝視している。
マリーンはそれを見届けると、餓狼団の男達に告げた
「そこに転がっている石から前に進めば、わたし達へ武力行使したと見なす。
今立ち去れば何事も無かった事にしてやる。
でなければ……死を持って償って貰う」
「はん?俺達はこう見えてもAランクパーティーなんだよ。Cランクのお前達が本気の俺達に勝てる道理はねぇだろう?
心配するな?直ぐに殺しはしねぇさ」
昨日何事も出来ず無力化されたのを忘れたのだろうか?
それとも武器を構えれば、強くなれたと過信しているのか?
どうにもならない位の馬鹿なのか?
多分全て内包していることは間違いない。
どんな理屈か勝ちを確信する餓狼団パーティー。
躊躇せず決闘を告げる石を踏み越えてきた
「アリエッタ。まだ人を殺した事はなかったな。
殺れるか?」
「お任せ下さい。
人を殺した事は有らずとも、人を殺す訓練は幼少の時より受けております。
この者達程度、なんら臆することがありましょう」
アリエッタは、マリーンの前へ一歩出る。
それを合図に餓狼団の戦士一人が、唸り声を上げながら槍を振り上げ迫ってくる!
槍にしたのは剣で切るのではなく、槍の柄で殴り付けアリエッタ達を無力化する為だろう。
腕や足やら折って、その後に愉しむつもりなのだろう。
男はアリエッタに肉薄すると、渾身の力で槍を横に振り抜いた。アリエッタは瞬間的に加速すると男の横を身を低くしすり抜けていった
「おい!女が避けたぞ!狙いは魔術師だ!守れ」
「任せろ!」
リーダーの掛け声に、盾役の男がラウンドシールドを構え二人の魔法士の前に立ちはだかる
「おい!いい加減ボッーとしてないで追撃しろ!」
リーダーは、脇をすり抜けられた仲間の戦士に声を掛ける。だが戦士は応じる事なく、そのまま地面に折れ込む。
血がみるみる広がっていく……
──やられたのか?
リーダーは状況を掴めない。
ただ女は脇をを駆けて行っただけなのに、応戦した戦士は息絶えた。
【餓狼団】の面々には何が起きたか理解出来なかった。
アリエッタはすれ違いザマに身を屈め、胸当てで守られていない腹部から、レイピアで心臓を一突きしたのだ。
リーダーは女を見た。
女は方向転換した。
その行き先は、明らかに自分だ。
──クソったれ!
リーダーは手に持った槍を投げた。
女は苦もなく避け、間合いを詰めてくる。
リーダーも先の男と同じく、女に打撲を負わせて戦闘不能にするつもりだった。
だが手加減して、どうこう出来る相手ではない。
槍を捨てたのは普段使い慣れている剣で立ち向かう為。
リーダーは両手剣を上段に構えた。
レイピアを携え、真っ直ぐ向かってくるアリエッタ。
リーダーは意識を集中した。
赤い女が決死の間合いに入った瞬間に切り伏せるためだ。
女の爪先が間合いに入った!
「うおぉぉぉぉぉおおお!!!」
リーダーは雄叫びと共に剣を振り下ろした
──切った!
そう思った刹那。女の残像が消え失せ、女の顔……仮面が真っ正面に立っていた。
剣の振り下ろしよりも早く、リーダーの懐に到達したのだ
「最後の攻撃は良かったわ。
でも残念。御別れね。
サヨウナラ」
アリエッタの言葉が終わるか終わらぬかの狭間に、リーダーは口から血を吐いた
兜の保護を受けていない下顎からレイピアが垂直に上へ向けて刺さっていた。先端は頭蓋骨の頭頂壁に内部から当たっていた。
スルッ
レイピアを抜くとリーダーは尻餅を付き、額が地面に激突した。だが餓狼団のリーダーは痛みを感じなかった。
何故なら……もうその時には命は消え去っていたから…………。




