番外編 マルタと娘(下)
私はそれからどう過ごしたのか良く覚えていない。
只、宿屋は続けてこれた。
従業員の支えもある。
でもそれだけじゃない。
いつでもイチが帰って来れるように、この場所は残しておきたかった。
あの最後の夜のイチ。
今に思うと何かしら覚悟があったのだと思う
─どんな覚悟だろう?
あんなに悲壮感漂わせて……どうしてその時に気付いてあげられなかったのだろう?
でも私はまだ抜け殻じゃない。
イチ。
あんなに毎日「死にたくない」ってうなされて生にしがみついていた。
だからもし生きていたら、きっと生にしがみついてあがいている。
絶対死んでなんかいない。
だから私もイチの生を諦めて、宿屋を閉めたりなんか絶対しない。
いつでも帰って来れるように……
「ただいま!」
イチが胸を張って帰れる故郷のような場所にしてあげたい。
「母さん。頑張るからね。
だからイチ。絶対生きて帰ってくるんだよ。
そしてルナ……イチを見守って……お姉ちゃんお願い……」
私は夜眠る前に毎晩イチの無事を祈っている。
──イチが消えてから二週間が過ぎた──
私は眠る時に裸になるのが、もう習慣になった。
こうして裸で寝ると、イチと繋がっているような気がしたから
「イチ。お休みなさい。良い夢を……」
私はイチが生きていると信じて眠りについた。
チュンチュン
小鳥の声が聞こえる。
朝だ。
─起きないと……
でも起きたくない。
なんか凄く温かくて心地好い。
スベスベしてる。
─スベスベ?
何だろうこのスベスベ感は……夢か?
クククククク
変な音が聞こえる
「お母さん……くすぐったい……」
─へっ?お母さん?
っっっっって
「イチ!!痛ーーー!」
私は体に触れてるスベスベをギュッと抱こうとして、何かに頭をしこたまぶつけた。
思わず目を開けると、グルングルンとした羊の角が目の前にある
─やっぱり……夢よね?
でも!痛い!夢じゃない!
「何これ!?」
私は跳ね起きた。
掛け布団がはがれて目の前の白い綺麗な肌の、少女の裸が露になる。
その少女がグルングルンした羊の角を生やした頭をズラして私を見た
「イチ………………ちゃん?」
少女はコクンと頷いた。
そして少女はベッドを降りて、目の前に立った。
朝日に照らされた神々しい裸。
おの酷い赤黒い爛れは嘘のように消えていた。
抜けるように白くて美しい……その美人で可愛い顔が私を見てニコッてした
「ただいま!お母さん……って呼んでもいいかな?」
「もちろんよ!イチ」
私はイチを抱き締めた。
そしてひとしきり堪能する。
この香り。イチで間違いない。
生きててくれた。
色々突っ込みたいこと多々あれど……それはどうでもいい
─生きていてくれた
─帰って来てくれた
それだけで充分
「ねぇお母さん。わたし。羊の角が生えたよ」
「そうね」
─みれば分かるよ
「体も綺麗になったよ」
「そうね」
─凄く綺麗!精霊のよう
「悪魔になっちゃった」
「そうね……えっ?悪魔!」
私はびっくりして余韻がぶっ飛んだ。
でもすぐ気を取り直して
「悪魔でもいい。イチはイチでしょう?
ならお母さんはお母さんのままよ」
「うん……ありがとう。
私……お別れを言いにきたの」
「えっ?お別れ……」
私は絶句した。出会ってそうそうお別れなんて
─嫌!
「お母さん。そのまま抱き締めていてほしい。
少しお話し聞いてくれる」
「いいわ……話して……。イチ。このままでいいの?」
「うん。このままがいい」
そしてイチはダーレルで起こったあの襲撃の夜の出来事を話してくれた。
グレーターデーモン。
あの悪魔王と呼ばれる存在と【死の円舞団】が戦ったこと。
全く歯が立たず全滅したこと。
イチも戦って死のうとしたけど、悪魔王が許さなかった事
「女!おまえが気に入った。我の眷属になれ。
もしなるならお前を連れていく。
嫌ならこの街を滅ぼす。
1ヶ月やろう。
その間どうするか考えていろ」
そう言って悪魔王は消えたという。
「それでイチは悪魔王の眷属になることを選んだのね。
あなたがこの街を救ってくれた……」
「救ったなんて大袈裟だよ。
わたしも只、生きたかっただけ。
生にしがみついたらこの街が滅びなかっただけ」
あの最後の夜が悪魔王との契約の日だったという
「私の主様が言ったの。
『お前だけを気に入ったのではない。
お前達が我に敵わぬと知りながら、その小さな命の炎を燃やして我に立ち向かったのが小気味良かった。
お前が今、生があるのはお前の為に命を懸けた者達か居たからだ。
その事……忘れるでない』
その言葉を聞いて、私は眷属になると決めたの」
それから【死の円舞団】は皆、多くの人を殺したのでその罪を償うために人を生かす為に戦って来たこと。
イチも命の大切さを知らず、過去に多くの罪のない人々を殺してしまった事。
そして悪魔になって【死の円舞団】の意志を継ぎ、ある者達を殺して来た事。
その者達は、沢山の女の人達を弄んでなぶり殺しにしていた者だと言った
「こんな人殺しの悪魔になっちゃったけど、まだわたしはマルタの娘でいいのかな?」
「あなたが沢山の人を殺していたのを知っていても、きっと私はあなたのお母さんになるのを選んだわ。
それに今はそのクズのような者達だけを殺したのでしょう?
お母さんは人殺しを薦めたりはしないけど、それでもイチの気持ちは分かるわ」
イチは私をギュッとして
「ありがとう。お母さん。
ずっとあなたの娘になりたかった」
そしてイチは私から離れるとパチンと指を鳴らした。
するとその体は一瞬で服を着ていた。
黒いレザーのジャケットにホットパンツ。
赤いリボンのネクタイ。
網タイツにガーターベルト。
「どう?お母さん」
イチはぐるっと一回りした。
ホットパンツが短すぎて、可愛いお尻が半分はみ出ている
「そうね……母親としてはあんまりオススメ出来ないけど、悪魔王の眷属のイチ様なら格好いいんじゃない?」
「えへへへへ」
イチが嬉しそうに、はにかんでいる
「じゃ。行くね。もうそろそろ行かないと。
あんまり待たせると、主様がこの街を滅ぼしちゃうかも知れないから……。
それとわたし。大事にされているよ。
エッチなことも……されていないし。
わたしの覚悟返してって位、平和だよ。
だから心配しないで」
「それでも心配するのが母親よ。
でもあなたの旅立ちは笑顔で送り出してあげる」
そしてイチと最後のハグをした
「お母さん。また会いに来てもいい?」
「当たり前よ。ここはあなたの……イチの家なのだから」
私とイチは別れた。
イチは窓辺に立つと、三階の窓から笑顔で消えた。
私も笑顔で見送ったけど、消えた瞬間涙が溢れた。
そして大声で泣いた。
★
「イチ。気が済んだか?」
「うん。済んだ。お母さん泣いている」
「そうか。では行くか。泣き虫め」
宿屋の屋根の上には、執事姿のデモスとイチがいた。
デモスはグレーターデーモンに変化した。
涙に濡れたイチはその手に抱かれた。
そして悪魔王は羽ばたき、空へと舞い上がった。
「デモス様……」
「デモスでいい。なんだ?」
「わたしね。お母さんにいっぱい嘘ついちゃった。
わたしって悪い子だよね」
「悪魔になるのだろう?いい悪魔など格好悪い」
イチはそのたくましいデモスの大きな腕を抱いて
「いつ。悪魔にしてくれるんですか?」
「まだだな。今やればお前の体が持たない。
後二年待て。人間の成人の頃にはリリス様の血ももっと馴染むだろうからな」
「わたし。まだ12歳ですよ。
成人までまだ三年あります」
「何を言っているのだ?
お前は13歳だ。
ステータスを鑑定したから間違いない。
シロエもクロエも同じ13歳だ」
「えっ……あいつらまだガキんちょじゃん!
とても13歳には見えないよ!
胸もちっこいし……」
イチはシロエとクロエの舌足らずな言葉を思い出して笑った
「何を言っている。
体などお前も二人と何ら変わりない。
胸はまだ、人間の言う〈おっぱい〉とは呼べぬな。
絶壁だ!」
「ひっどーい!これでも少しは膨らいできたのですよ!ほら!見てください」
イチは胸をはだけた。
デモスは羽ばたきながらイチをつかんで目の前に持っていった。
そしてグホッと鼻を鳴らして
「人間の言う。五十歩百歩ってところか。
絶壁は変わりない。
おもしろい冗談だった。
やはりお前はイイ奴だな」
デモスはガハハと笑った。
イチは鼻白んだ
「ひっどーい!イイ悪魔は格好悪いんでしょ!」
「面白い。お前の冗談は面白い。
やはりお前はイイ奴だ!」
デモスはむくれるイチの顔を見て、また楽しそうにガハハと笑った。
★★
宿屋から飛び立つグレーターデーモンと羊の角の少女を多くの街の者達は見た。
宿屋の女将マルタは、ダーレルの街を襲った一連の出来事を……イチから聞いた〈真実〉を語って聞かせた。
そして悪魔になった少女イチと【死の円舞団】の話は瞬く間に広まっていった。
やがて街を救った英雄として【死の円舞団】の慰霊碑もかねた記念の石碑が立てられ彼らの名が刻まれた。
悪魔となった少女イチとグレーターデーモン。
そして【死の円舞団】の話は語り継がれ、冒険者や吟遊詩人によって多くの街や都市へと広まって行った。
いかがでしたか?
娘を襲撃で失くした宿屋の女将マルタ。
家族で仲間[死の円舞団]を失ったイチ。
二人の出会いと別れ。
そしてそれぞれの未来……。
再会の日。
イチのマルタへ語った言葉は
嘘や虚偽にまみれていたけど
二人の間には確かに愛が溢れていたと思います。
★
これで章は終わり、次回からは新章が始まります。
あのグレイと酷い別れをしたあの人の物語……。




