番外編 マルタと娘(上)
イチと宿屋の女将マルタとの交流の物語です。
マルタ視点で進んでいきます。
出会いと別れ、そして……。
個人的には三話目がお勧めですので、番外編ですが最後まで読んで頂ければ嬉しいです!
あの夜のこと。
突然ダーレルの街を魔物達が襲った。
そして娘を失った。
★
私はマルタ。
庶民だから苗字はない。
だだのマルタ。
クリオ伯爵領にあるダーレルという街で食堂兼宿屋を営んでいる。
あの夜。
私は宿屋にいて、娘のルナは食堂で食後の皿洗いをしていた。
ルナは13歳。
ダーレルは歓楽街で荒くれ者も多い。
街娘の中では目鼻立ちがしっかりしているルナは自慢の美人な娘だった。
口説かれたり酔っ払い客に身体を触られたりしないように、厨房で皿洗いを手伝って貰っていた。
接客は馴れた成人の女性が担当していた。
私は宿屋の四階で急な泊まり客の対応で、ベッドメイキングをしていた。
そこでけたたましい警鐘がなった。
カンカンカンカンカンカンカンカン
私は一目散に食堂へ向かった。
食堂に着いた時にはもう娘が居なかった。
従業員の話によると生ゴミを捨てに外へ出て、そこで魔獣に襲われたという。
警報がなり従業員の男衆が直ぐルナの様子を見に行ったら、ルナは首を噛まれ引き摺られて行ったという。
もう見るからに即死で、助け出そうにも次から次へと魔獣が現れてどうしようもなかったらしい。
ルナは悲鳴すら上げる間もなく、殺されたようだ。
それを聞いた私は半狂乱になり娘を助けようと外に出ようとしたが、従業員達に取り押さえられた。
それで私の命は助かった。
夜更けに歓声を聞いた私は従業員の男衆に守られながら外へ出た。
魔物達は殆ど死体と化し、大きな魔物のジャイアントが倒されたと聞いた。
現場に向かった私はダーレルの生き残りの人々や戦った冒険者達に囲まれて、歓声に応えている五人の英雄達の姿を見た。
ジャイアントの死体の傍で、手を振る者達。
皆、仮面を付けていた。
【死の円舞団】
それが彼らの名前だった。
その中心にショートカットの黒髪で一文字のお面を被った少女がいた。
私は娘を失くしたばかりだからか、何故かその少女のことばかり見ていた。
突然!隣の縦三本傷の仮面を被った男が、少女を突き飛ばした。
瞬間その男は潰されていた。
それは禍々しい巨大な獣だった
──グレーターデーモン──
誰かがそう言葉を発していた。
その空から落ちてきた巨大獣が、英雄になったばかりの男を踏み潰したのだ。
仮面の少女は時が止まったように、潰れた男がいた巨大獣の足元を見ていた。
そこから私の記憶は途切れ、気が付いた時には私は街を一人で徘徊していた。
娘を探していたのだ。
いつの間にか道端には死体が整然と並べてあり、魔物達の死体は消えていた。
人々の死体の上には青白い炎が浮かんでいた。
─鬼火
初めて見る私は、知らないはずの〈鬼火〉を知っていた。それは亡者の魂であると……。
私は徘徊しいつしか自分の経営する食堂へと戻っていた。灯りはついていたが、従業員は誰もいなかった。
私は厨房へ行き、そして裏戸を開けた。
娘がそこから裏のゴミ捨て場へ向かったのだ。
私も一つ角を曲がり、ゴミ捨て場に着いた。
そこに一つの鬼火が灯っていた。
鬼火は私が近づくと激しく瞬いた。
私は涙が溢れた。
あふれてポロポロ止めどなく流れ落ちた。
私には直ぐに分かった
「ルナ!」
私は鬼火に駆け寄った。
鬼火は熱くも何ともなく掴めなかった。
でも私は鬼火に重なるように抱き締めた。
目を瞑ると私は娘を抱いていた。
ルナも私を抱いていた。
私達母娘は同じ空間で同じ時を過ごしていた
「ルナ……ごめんね。ママ。守れなかった。
ごめんね」
頭の中のルナは頭を振り、笑顔で私の体をもっときつく抱き締めた。
声は聞こえなかった。
でも娘の想いは伝わってきた
『ママ。ずっと一緒にいたかった。
でも大丈夫。紫のメイド服を着た不思議なお姉ちゃんが天国へ連れて行ってくれるって。
それにルナはいつでもママの傍にもいるよ。
ママ愛している。
ずっと愛してくれて有り難う』
声は聞こえないけど、言葉が胸の奥に染みていった
「ルナ!ママも愛してる!世界中の誰よりも……」
ルナは笑って……子供のように泣きじゃくる私の頭を撫でてくれた。
そして……
『ママ。明日もここに来て。
待ってるから……』
──気が付いたら、ベッドの上にいた──
私の傍には住み込みで接客を手伝ってくれている、従業員で20歳のジェシーがいた。
ジェシーの言うには、朝方変な泣き声が聞こえるので裏のゴミ捨て場に行ったら、私が泣きながら倒れていたという。
それで男衆に頼んで、ベッドまで運んで貰ったという。
「ルナ!」
私は飛び起き、自室を飛び出し、階段を駆け降りて厨房の裏戸からゴミ捨て場に向かった。
そこには毛布にくるまった少女が倒れていた。
黒髪のショートヘアーで、目の醒めるような美少女だった。
私には何故か直ぐに【死の円舞団】の一文字の傷の仮面の少女だと分かった。
私は男衆に頼んで私の自室に運んで貰った
「誰にも言わないで」
「分かってやす。
この娘……まさか……あの英雄の……」
私は頷いた。
力仕事が得意のガタイのいい従業員のダンは、察してくれた。
ジェシーも黙ってくれると約束してくれた。
そしてベッドに寝かせた。
お湯の張ったタライを持ってきてジェシーと共に少女の体を拭こうと、毛布を取ったら……
「これは……なんて酷い……」
火傷の跡か病の痕跡か、少女の体は赤黒く変色した凹凸のある斑模様だった。
首から上、そして膝から下。手首辺りまでは人の肌色だったが、それ以外は見るも耐えない姿だった。
だからあんな厚着して……。
仮面を被っていたのも冒険者の荒くれ共から守るために美少女の顔を隠すためだと、初めは思っていた。
只、この体を見ると顔も隠して仕舞いたい気持ちも分かった。
私は娘と同い年位の少女の今までの人生を思うと、涙が自然と溢れてきた。
そして優しく体を拭いてあげた。
ジェシーも初め戸惑っていたが、意を決して手伝ってくれた。
夕方。
少女は目覚めた。
私の顔を不思議そうに見ていた
「私はマルタ。ダーレルの街で宿屋の女将をしているの。
あなたを拾ったわ。
だからあなたは私の物。
だから命令するわ。
ずっとここに居なさい。
美味しい物を食べて、良く寝て、良く笑って、元気になったら私の娘になりなさい。
反論は許しません。
宜しいですね」
少女はキョトンとした顔をして、おずおずと頷いた。
私はその可愛らしい顔を抱いて、額にチュッとした
「あなたのお名前を教えて貰っても良いかしら?」
少々は黒真珠のような瞳をクリッと光らせ言った
「わたしは……イチ……」
私は何だか単純な名前を意外に思った。
でもすぐお面の一文字は
『名前を表していたのかな?』
直ぐに納得した
「イチ……とても良いお名前ね」
私がそう笑顔で答えると、イチは驚いたように目を見開いた
「サン……お父さん……」
私に抱きついて大声で泣いた
「お父さん!お母さん!シロー!ゴルロロ!
ごめんなさい!
わたし生きててごめんなさい!
わぁぁぁあああああああ!!」
私も抱き締めて、優しく頭を撫で続けた。
昨夜……ルナにして貰ったように……。
お義父さんのサンがイチの名前を聞いたときのやり取り。
イチはその時のサンの言葉を思い出して、感極まって泣いてしまいました。




