一房の金髪
窓辺で佇む一人の女性。
ジュリエッタ・ウリエル・セルフィア王女。
今年で18歳になる。
王国の至宝と呼ばれた美しさに益々磨きがかかり、黄金の髪は更に輝きを増し、その海のような深い青の瞳は憂いを帯びていた。
三年前、結婚式の当日、伴侶と成るはずであった
帝国の皇太子
レイハルト・カエサル・グランドロス皇子
が忽然と姿を消した。
新郎の控室という密室で、何の痕跡もなく消えたという。
これは王国の仕業ではない。王国は度重なる帝国との戦争で大分疲弊していた。この婚姻とそれでもたらされる和解と和平は喉から手が出る程に欲しいものであった。
もちろん帝国でもない。有利であった戦争を継続するために婚姻の破棄ならあり得るが、あの優秀な皇太子を殺めることは絶対しない。
何より皇帝がその成長を何より楽しみにしていたのだ。
帝国、王国両国で全土で皇太子の探索が行われたが、何一つ手懸かりがなかった。
そして、両国がまた戦争状態に陥るまでそう時間がかからなかった。
和平の要であるレイハルト皇太子が消えたのである。
それはある意味必然であった。
★★
ジュリエッタにはひとつ大きな心残りがあった。
それは二年前のこと、王都を馬車で移動中に
「ジュエリ!」
と声をかけられた。
大陸広しといえど、ジュリエッタにそのような名で呼ぶものは一人しかいない。
「レイハルト様!?」
ジュリエッタは慌てて馬車を止めさせ、その声を発した者を探した。
そしてその者は
「ああジュエリ。わたしだ
レイハルト・カエサル・グランドロスだ。
どれ程会いたかったことか……」
と告げた。
だがジュリエッタは完全拒否した
「不届き者!お前のような者が、あの強く美しきレイハルト様であろうはずがないでしょう!
去りなさい!さっさとここから去りなさい!
お前のような痴れ者が、レイハルト様の名を語るなんて、なんて穢らわしい!
本来ならば八つ裂きにしてもたりませんが、レイハルト様の名をお前のような血で汚したくはありません。
命だけは助けてあげましょう。
もう二度とわたくしの前に姿を見せるでありません!
そしてその名をまた口にすれば、命はありません!
さあ!皆の者この者を追いたてなさい!
わたくしの視界から遠ざけなさい!
さあさあ皆の者!この者を地の果てまでも追いたてなさい!!」
ジュリエッタはそう捲し立てると、馬車に乗り込んだ。
男は尚も追いすがろうとするが、周りの野次馬群衆が引き離し、拳や棒で殴りかかった。
「……なんと穢らわしい」
群衆に追われる男を横目に見ながら、馬車に揺られるジュリエッタ。
あんな男がレイハルト様な筈がない。
金髪碧眼眉目秀麗。
堂々とした美丈夫。
記憶の中のレイハルト・カエサル・グランドロス。
『それにジュエリなどと……なんて痴れ言を……』
消えた男の姿を睨みつけた。
★★
ジュリエッタは思う。
あの時は、ああするしかなかった。
だが、今に思えばあの男だけがレイハルト様への唯一の足掛かり。
あの時、激昂せずに話しだけでも聞いておけばよかった。
『ジュエリ』
そう呼んだあの男の声は確かにレイハルト様を想い起こさせた。そう感じたからこそ、馬車から飛び出したのではなかったのか?
だが、あの男の姿を一目見た時、わたしは理性も何もかもを失った。
灰色の髪に白と黒のオッドアイ。
古の魔王、伝説そのままの姿ではないか!
かつて、亜人達を率いて人間と戦争を起こした者。
大陸中を戦火に巻き込み、燃やし焦がし、多くの国を滅ぼした魔王。
そんな容姿の男がレイハルト様を語る。
どうしても許せなかった。
でも、今は……。
あの体型、あの顔。
レイハルト様の面影がある。
記憶を辿れば辿るほど、あの男がレイハルト様と重なっていく。
─もしかしたら?
そう思う自分がいた。
そしてあの灰色の男を見た日からこれまでの2年間、出来る事を学び成すことを成してきた。
もうそろそろ頃合いでしょう。
そんな思考に囚われていると、人の視線を感じた。
鳥肌が立つ。
「姫。麗しき姫よ!」
声のした方へ嫌々首をねじ曲げる。
そこには醜悪な魔人がいた。
いや、人だ。
グランドロス帝国第二王子
ゲルドラス・ベルゼル・グランドロス
将来夫になるやも知れぬ男だ。
その見た目は醜悪怪奇。
ブクブクと肥え太り、顎は幾つにもだぶつき、テカテカ油ぎった分厚い唇から漏れでるのはガマカエルの干からびたしわがれ声。
これで21歳。
あのレイハルト様と同い年、そして少し早く生まれているが第二王子だ。レイハルト様は正妻の子で、それにより皇太子となっている。
レイハルトの見目麗しい姿とゲルドラスの醜く肥え太った姿は、同じ皇帝の血を受け継いでいるとは思われぬ
「いやはや姫よ。寂しくはないかな?
我はいつでも姫を慰めるご用意はできておりますぞよ」
とジュリエッタの足先から体を舐め回すように見る。
全身に怖気が走る。
「いえゲルドラス様。私の心には今もレイハルト様がいらっしゃります。寂しくはございません」
「これは異なことを!あれからもう三年。死んだ人間を悼む喪の時期は遠に過ぎております。
そろそろ生者に目を向けたらいかがですかな?
ほら目の前に貴方を幸せに出来る男がおりますれば……。後二年など待たずに直ぐに婚礼を致しましょうぞ」
「急いては事を仕損じると申します。まだ二年ございます。その間になにが起きるか誰にもわかりませぬ。
ではゲルドラス様。私はこれで……」
ジュリエッタは早々と場を離れる。
あの男とは一秒たりとも同じ空気を吸っていたくはない。
ゲルドラスはあらゆる欲にまみれた男だ。権力欲。支配欲。金銭欲。食欲。そして色欲。
もう既に100人近い美女を囲っているという。屋敷ではあられもない格好をした美女をはべらせ、日夜情欲にうつつをぬかすという。
─おぞましい。
あの男の頭の中で、自分はどれほど陵辱されているだろうか?
レイハルト様が消えて、案の定直ぐに帝国と王国の間で戦争が再開された。だが、お互い決定力にかけ目に見える戦果はあがらなかった。疲弊だけしていった。
ジュリエッタはそんな両国の間に立ち、人質として自ら帝国へ赴いたのだ。
両国は停戦した。
そして帝国はひとつの決断をした。
レイハルト様が消えてから五年後。王太子を廃し、第二王子ゲルドラスを王太子とし、ジュリエッタと婚姻すること。
王国はそれを受け入れた。
ジュリエッタも貴族。王族として国の平和の為にそれを受け入れた。
だが、それは間違いだと直ぐに気づいた。
ゲルドラスの欲には際限がない。
喰らって喰らって喰らい尽くす。
奪って奪って奪い尽くす。
たとえジュリエッタと夫婦となってもそれは変わらない。いや夫婦となれば必ず王国に戦争を仕掛ける。
それがわかった。
わかったら行動するしかない。
それから十日も経たないうちに、ジュリエッタは帝国から消えた。
一房の金髪と直筆の手紙を残して。
手紙にはこう記してあった。
レイハルト様を探しに行く。
見つかっても見つからなくても2年後には必ず戻る。
と。
★★★
グレイ達は山の中にいた。
幻獣は引っ込め、三人とも徒歩で進んでいる。
「気配がヤバイな。シロエ!」
「あいさ。ますた」
シロエは立ち止まると
「さーち」
魔法を発動した。ピンクの瞳が赤く燃え上がる
「まじゅう。やく。40。こちらへむかってる。
あと5ふん。かこまれる」
魔法が消え瞳が元に戻る
「そうか、5分か……シロエ。クロエ。
付いてこい」
「あいさ」
「アイサ」
三人は連れだって歩き、切り立った崖の麓にきた。
グレイは崖を満足そうに見上げ
「ここで戦う。完全に囲まれることはないだろう。
シロエ。クロエ。殺れるか?」
「やれる」
「ヤレル」
そんなふたりをこれまた満足そうに見て
「よし、任せた」
と崖側を向いてグレイはゴロンと横になった。
背中側のふたりへ
「俺は寝る。終わったら知らせろ」
「あいさ。まかせて」
「アイサ。シンジテ」
シロエとクロエは身構える。
そこへ犬型の魔獣の群れが追い付いた。
ヘルハウンドだ。
ヘルハウンド達は獲物を逃がさぬよう
十重二十重と取り囲んだ。
そして。
うなり声を上げ。
唾液を滴らせ。
いたいけな美少女ふたりへ。
獰猛に襲いかかった!




