灰と白と黒
天に聳え立つ幾つもの尖塔。
白亜の大聖堂。壮麗を極めた様相は、天界が現世に発現したかに思われた。
ここは中立国バチナル。教皇を頂点とする世界最大の教団の本拠地である。その中枢たる大聖堂にて正午より婚礼が執り行われる。
それは人間の世界をほぼ二分するであろう国家、グランドロス帝国の皇太子とセルフィア王国の王女の婚礼だ。敵同士で長年憎み合い戦争を繰り返してきた両国が、いよいよ婚礼をもって和解そして和平へとの足掛かりにするのだ
グランドロス帝国の皇太子
レイハルト・カエサル・グランドロス王子
18歳
王国の至宝
ジュリエッタ・ウリエル・セルフィア王女
15歳
二人の婚礼の儀は世紀の大イベントとなる。
和解の発端はレイハルト皇太子が停戦協定の為に非武装地帯に赴いた際、たまたま慰問に訪れていたジュリエッタ王女に懸想したからだ。
当時13歳の王女に恋した皇太子は停戦協定を和解、そして和平へと格上げすべく奔走した。もちろんジュリエッタ王女との婚姻の障害を払うためである。
皇太子の並々ならぬ情熱により、見事両国の同意をこぎつけ、この度の婚礼とあいなったのである。
レイハルト皇太子は金髪碧眼、容姿端麗、長身で美丈夫、おとぎ話の主人公のようである。さらに剣の腕前は達人級で、魔法も第五円位階魔法を行使できるチート野郎だ。彼が軍を率いれば、破壊力は数倍に増し、戦場の決定力となっていた。
王国にとっては、ただせさえ帝国に軍事力に水を開けられている上に、レイハルトの異常なまでの戦闘力が乗っかられたら勝ち目がない。
和解、和平案は王国にとっても渡りに船であった。
さらに強硬な帝国を軟化せしめ、予想された領土割譲などもなく、ほぼイーブンな形に収まり、万々歳である。
そのほぼの部分が、ジュリエッタ王女の嫁入り。
つまり人質未満な扱いとなる。
この一点において、帝国の面目も立つというものである。
★
レイハルト皇太子とジュリエッタ王女。
今この二人は婚礼直前に言葉を交わしていた
「いかがかしらレイハルト様?」
白無垢のドレス姿の新婦。
[王国の至宝]
ジュリエッタ・ウリエル・セルフィア王女
金髪……黄金の髪に海の様に青い瞳。
15歳ながら、もはやその美しさは王国に並ぶものなく、見る者を男女問わず虜にする天性の美しさ。
王国民からも圧倒的に愛される存在。
そんな至宝が、本日をもって隣国の王子のものとなる。
ウェディングドレスはただの白い生地ではなくレースと刺繍がふんだんに施され、王女の美しさに清楚という新たな魅力を上書きした
「どうなされたのかしら、レイハルト様?
わたくしにお褒めのお言葉を賜ってもよろしくてよ」
惚けて言葉もない新郎に、悪戯っぽく微笑む新婦。
小悪魔な天使にレイハルトは告げる言葉が見当たらなくて、ありきたりなセリフをはく
「ジュエリ綺麗だ。
世界で……いや……天上界も含めてジュエリほど美しい者はおるまい」
そして、思わず抱き締める
「そんなに強くハグなさっては、せっかくの衣装の飾りがつぶれてしまいますわ。
このままレイハルト様に抱かれていたいのはやまやまですけれど……皆様お待ちかねよ」
はぁ
そう吐息を漏らし新郎は離れる。
新婦の肩に手を置き、その瞳を見詰めて
「誓おうジュエリ!
わたしは皇太子
レイハルト・カエサル・グランドロス
の名に懸けて誓おう!
永遠の時を重ね
この身が天上に召される時がくるまで
わが伴侶
ジュリエッタ・ウリエル・セルフィア
いや……
ジュリエッタ・ウリエル・グランドロス
そなただけを愛すると!」
そして熱い抱擁を交わしキスをした。
ふたりは微動だにせず視線を交わす
コホン
咳払いをした金髪おかっぱの礼装した少年
「あのレイハルト様。
皆様お待ちかねです。
ジュリエッタ様もこれから仕上げがありますし、いつまでもここにいては……。
ジュリエッタ様を独り占めにしては、皆様に怒られますよ。さあ。控室に戻りますよ」
そう言ってレイハルトの腕を掴んで部屋を出ていく。
そのままぐいぐい引っ張られて、レイハルトは新郎の控室まで連れていかれた
「このまま暫く大人しくしていて下さい。
もう子供じゃないのですから、あの地上で一番美しい姫君を娶るのですから、少しは格好つけて堂々としてください。良いですかレイハルト様!」
「わかったよマルコ。
大人しくしている」
軍神と恐れられるレイハルトは従者の小さな少年マルコに、何故か頭が上がらない。レイハルトは窓辺に腰掛け、澄み渡る青空を眺めながら深い深いため息をつく。
何をやっても絵になる皇太子だ
「マルコ。喉が渇いた水が欲しい」
「果実のジュースならありますけど……」
「いや、水がいい。持って来てくれるか?」
「分かりました。殿下。ここに独りきりになりますが、大人しくして待っていて下さいね」
従者マルコの問いに苦笑しながら
「ああ、これでも皇太子だ。
誰も居なくても皇太子らしく堂々としていよう」
「本当ですよ。入り口の護衛に言い聞かせて、絶対抜け出させないようにしますからね!」
「分かった分かった。もう少し信用してくれマルコ」
マルコは部屋を出ていく。
水くらい他の者に言い付けて持ってこさせれば良いとも思うが、暗殺の危険性もある。マルコは毒の危険性も排除したく、自分で納得するように水を準備した。
そして新郎の控室に戻った
「ほら、レイハルト様。お待ちかねのお水ですよ。
あれ?レイハルト様??」
部屋にレイハルトの姿がない
「ふざけるのは止めて下さい殿下。
隠れているならさっさと出て来て下さい!
レイハルト様?レイハルト様!」
マルコは血相変えて部屋中探した。
カーテンもめくってみた。
棚という棚も全部開けた。
レイハルトが見つからない。
入り口のふたりの護衛の兵士にも確認したが、控室から出ていないという。
レイハルトが消えた。
★★★
大聖堂の講堂には、各国の要人が今か今かと新郎新婦の入場を待ちかねていた。
入口より向かって右側には帝国の者たちが、左側には王国の者たちがヴァージンロードを挟んで向かいあっている。
やがて皇帝の元に一人の小さな従者が来て、耳元で何やら囁いた。
皇帝の目は驚愕に見開かれ、直ぐにその従者と護衛を引き連れて出て行った。
王国の国王の元にも側近が近づき、直ぐに護衛を引き連れて大聖堂を後にした。残された者たちは、何事かと不安に晒されながら、ヒソヒソと噂した。
人が一人消えた。
皇太子レイハルト・カエサル・グランドロス
たった一人の人間が消えた。
その小さな波がやがて大波となり、嵐となり大陸を吹き荒らすまでそう時間がかからなかった。
★★★
それから三年が過ぎた。
大陸からも王国からも離れた亜人の国。
狭く小汚ない部屋の粗末な小さなベット。
半裸の男が寝ていた。
その右側には、白い長い髪の少女。
反対側には、黒い長い髪の少女。
双子のようにそっくりなふたりは12~13歳くらい。
薄布一枚纏った姿で、男に抱きつき寝ていた。
「……ますたぁ」
「……マスタァ」
ふたりの少女の寝言がはもる。
男は目を開いた。
白と黒のオッドアイ。
灰色の髪。
顔がやさぐれている。
かつてこの男は
レイハルト・カエサル・グランドロス
と呼ばれていた。
知らぬものなどない名であった。
だがもうその名はとうに捨てた。
いまはただ。
グレイ。
そう名乗っていた。




