黄昏のレイハルト
※三年前に遡ってます。
『マルコ遅いな……』
金髪碧眼の貴公子。
帝国の皇太子。
レイハルト・カエサル・グランドロスは侍従のマルコを待っていた。
水を頼んだまま20分は経とうというのに、まだ来ない
「それにしても……ジュエリは可愛かった」
今から結婚式を挙げる相手、新婦のジュリエッタを想い浮かべてはニヤッとした。あの世にも美しい宝石のような姫が我が者となり、今宵、初夜を迎え彼女の全てを知れると思うと、自然と口元が緩んだ。
レイハルトはジュリエッタに初めて出会った時、一目で恋に落ちた。
レイハルトのグランドロス帝国とジュリエッタのファルシア王国は長年に渡り戦争を繰り返していた。そしてレイハルトが皇太子になってもそれは変わらなかった。
だが中立地帯で難民を支援するジュリエッタの姿を見て、心を奪われた。
宿敵ファルシア王国の姫と知り、レイハルトは心を決めた
『必ず我が妻とする』
その為に両国の和平の為に動きだした。
そもそも長年抗争を繰り広げている割に、領土を取ったり取られたりで実際あまりお互いに進展は無かった。
レイハルトも初陣の時は興奮して訳も分からず戦場を駆け巡り、魔法をぶっ放し多大なる戦果を挙げたが、何度か戦を繰り返すと見えないものも見えてくる。
帝国は大陸の北半分を支配下に置いているがそれは建前で、人間の生息域の殆んどを占領しているに過ぎない。
帝国領の北側の広大な領土は、領土とは名ばかりの人跡未踏の地といっても過言ではない荒涼とした地だ。
北へ行けばいく程に寒さが増し、亜人や魔物の生息圏となる。何度か遠征隊を送り入植地を作ったが上手くいかなかった。
それでも遠征隊が出向いた地を征服したと偽り、帝国の領土と宣言したに過ぎない。
それに引き換えファルシア王国は豊かな国だ。
食糧は豊富で人口も多い。
グランドロス帝国とファルシア王国の領土的大きさは拮抗しているとはいえ、人口比では帝国を3だとすれば王国は5もある。
戦い殺しても次から次へと兵が湧いてきて、収拾が付かない。
それでいて王国は領土的野心は無いが自国領への愛着は凄まじく、奪われた先祖伝来の地は何が何でも奪い返そうと大軍を差し向けてくる。
その都度レイハルトは撃退しているが正直鬱陶しいし、新たな領地を得ても元王国民は馴染まないし、無駄だと思っていた。
だが、戦争には金と人員が掛かる。
膨大な食糧も必要だ。
レイハルトの力で勝ってはいるが、レイハルトが居ない所では正直分が悪い。精強の帝国兵と弱いながらも数が多く食糧も豊富な王国兵。もしレイハルトという最強の矛が消えれば、負けはしなくても勝ちきることは難しいだろう。
ジュリエッタを見初めて両国の和解に動き出したレイハルトは、折角の占領地を長期間留守にしてわざと相手に奪わせ、その上で決戦に及び相手にしこたま鉄槌を降らせレイハルト健在を知らしめた。
その上で和平に持っていった。
もし元王国領を保持したままなら王国は首を縦に降らなかっただろう。だが奪われて何もしなければ舐められる。
レイハルトは決戦で勝って数万の兵を殺し、そのまま奪われた地を何時でも奪還できる態勢を見せ付けてから、和平案を突き付けた。
お互いに今の領土を維持し矛を収める代わりに、ジュリエッタを妻と迎え帝国の威厳を保つ。
目の前の何時でも占領できる地を担保にジュリエッタを寄越せという訳だ。
王国側も正直戦いたくは無い。
兵の数で圧倒しているので何とか戦線を維持しているが、レイハルトが出てくると百戦百敗で分が悪い。それもレイハルトが本腰を入れないからこれで済んでいるが、レイハルトが本気になればもっと状況が悪化するのは目に見えていた。
ファルシア王国の目は帝国領とは真逆の南の広大な森の開拓にあり、帝国領を侵攻し偏屈な帝国民を王国へ迎える気などサラサラない。
もしここで和平案を蹴り、レイハルトが目の色を変えて戦争を仕掛けてきたら勝てる気がしない。
なら和平案に飛び付いて戦争を終わらせた方が得策だ。
それに王国もジュリエッタをもて余していた。
慈善事業を良くする聖女のようなジュリエッタは国民から絶大な人気を得ていた。下手に王国の貴族に嫁がせればその貴族家はジュリエッタの人気を背景に力を付けるだろう。
かといって他国へ出すには王国は大き過ぎ、周辺の小国など旨味が無いので領土に組み込まないだけで、何時でも滅ぼせる弱小国だ。
そんな所に姫を嫁がせることも出来ない。
だが帝国なら十分お釣りが来るし、いちおう人質みたいになるがレイハルトはジュリエッタに夢中だし無下な扱いはしないだろう。
もし二人が結ばれて生まれた子が皇帝にでもなれば、尚更友好を深め余計な争いをすることも無くなるだろう。
渡りに船とはこのこと……。
帝国の将軍の中には戦争継続を望む強硬派もいるが、レイハルトに実績で大きく差を広げられているし、レイハルトには強気には出られない。
和平に反対しレイハルトが臍を曲げれば、次期皇帝となるレイハルトの心証を悪くするばかりで得策ではない。
それに帝国民も戦争の為の重税に疲弊し、帝国兵も終わりの見えない戦に絶望していた。
それにレイハルトは帝国民からも帝国兵からも絶大な人気があり、この救世主の和平案に乗っかり飛び付いた。
最早和平に帝国も傾いていて、主戦派の者たちもここで声を挙げると袋叩きになりそうだった。
だから主戦派も折れた。
皇帝も無駄に力を付けた貴族達を、戦争でその力を削いだので、もう戦争をする理由にはならなかった。
王国の穀倉地帯には未練はあるが、北部の開発に本格に着手し国力を付ける良い機会かも知れない。
王国は帝国領を侵すつもりがないから、放っておいても大丈夫だろう。
それにジュリエッタが嫁いで来るとなれば、面目も立つ。
皇帝にも異存はない。
それで帝国皇太子レイハルトと王国の至宝ジュリエッタ姫は両国民の絶大なる歓迎の元、結婚式を挙げることとなった。
その結婚式直前の控室。
レイハルトは少年マルコを待ちながら黄昏ていた。
いや……。
レイハルトが瞬きした瞬間。
控室に西日が差し、夕日が沈みかけ、本当に黄昏た
「あれ?結婚式は終わった……のか?」
レイハルトは狐につままれたような気分で夕日を眺める。
結婚式は正午に行われる予定だった。
ならもう結婚式は済ませたのだろう
──疲れたのかな?
そうそう。
結婚式は終わった。
華やかで荘厳で皇太子と姫とに相応しい堂々たる結婚式だった。なんとなく記憶にある……あるのか?
もし結婚式が無事済んだとしたら、今ここで待っているのはマルコではなくて……
コンコン
ドアがノックされる。
きっと迎えにきたのだろう
「どうぞ」
ガチャリ
ドアが開き、黄金の髪が目に入る。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、ジュリエッタその人だった
「レイハルト様。待ちきれなくてわたくしがお迎えに上がりました」
15歳の新婦ジュリエッタは天使の微笑みを向けた。




