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目覚めの海辺

 長い眠りからキーオーは目覚めた。昼なのだろうか。太陽の光がうっすらとまぶたを覆う。彼はどこかもわからない小さな部屋の中で、温かいベッドに寝かされていた。

 ベッドの脇に小さな机と椅子があるだけで他には目立つものがない。部屋の壁はまっさらな白色で、南側に開いた窓から光を部屋中に行き渡らせていた。暗くなく、眩しくもなく心地よい明るさだ。

 それにしても、ここはどこなのだろう。なにやら外が騒がしい。キーオーは起き上がると、南側の窓から外の景色を見た。一瞬、眩しさで目がくらむ。


「これは……?」


 キーオーは窓の外に広がる不思議な景色に言葉を奪われた。そこには銀色に輝く水たまりが永遠と広がっている。彼は頭の中で今見た光景を整理し、叔父さんから聞いた話を思い出した。


「アムチャットの外には陸よりも大きな水溜まりがある。それが海だ」

「海……」


 キーオーは無意識にそう呟いて、言われてみればその通りだな、と思った。彼は初めて見た海に感動し、胸にこみ上げたものを鎮めるためしばらく動かなかった。

 やがて理性が感情の整理をはじめると、キーオーはすべてを思い出した。オルゴ川の死体、叔父さんとの約束、連邦の戦艦、放たれる炎……。そうして今までの出来事を整理し、そこにある事実を見つけ出した。


(みんな……)


 胸から、そして、心の底から何かがこみ上げ、それがベッドのシーツに涙となって落ちた。昨日まで当たり前だった村の光景が目の前に現れては、泡のように消える。父さんと母さん、叔父さん、そしてセイル。キーオーと繋がりがあった人々はみな連邦によって殺されてしまった。あの時、無事に橋を渡りきっていたとしたら自分も同じように殺されていただろう。

 露命の教えについてわかっているつもりだったが、その現実を痛感しキーオーは震えることしかできなかった。やはり自分は村を出るべきではなかった。大雨の中で必死に走り続ける叔父さんの後姿だけがキーオーの頭に残り続けた。


 キーオーが落ち着きを取り戻したのは夕方のことだった。涙も枯れ果てた彼を落ち着かせたものは食欲だった。

 今まで気づかなかったが、机の上にはサンドウィッチと水がおかれている。キーオーはただ無心でそれをがつがつとほおばった。そうして食事を終えて少したったころ、一人の女性が扉を開けて入って来た。


「目が覚めたかい?」


 彼女は初老で、歳は叔父さんと同じくらいに見えた。パーマのかかった茶髪は村の女性とは違った印象だったが、着ている服を見ると生活が豊かではなさそうだった。


「ここは……どこですか?」

「ここはゼ・ロマロの港町、アルダ孤児院よ」

「ゼ・ロマロ……」


 キーオーは街の名前を聞いてはっとした。叔父さんの話に出てきたからだ。


「私は院長のバンクス。ここでは戦争孤児たちやストリートチルドレンの子達を保護しているの」


 バンクスは優しげな笑みを見せた。その顔はどこか母に似ていた。


「キーオーです」

「キーオー、素敵な名前ね。熱は下がったかしら?」

「熱?」

「二日間、あなたはずっと熱にうなされていたのよ」


 そう言うとバンクスはベッドの脇の椅子に腰かけ、キーオーの額に手をあてた。


「うん、大丈夫そうね。平熱だわ」

「あの、助けていただいてありがとうございます」

「礼ならジャックに言ってちょうだい。あなたを助けたのは彼なの」

「ジャック?」

「おとといの朝、オルゴ川の水門にひっかかっていたところをジャックがここまで連れてきてくれたの。キーオーと同い年くらいのうちの子よ」


 オルゴ川という懐かしい名前が出て、キーオーは状況を整理した。川に落ちたあと、ずっと下流の後どこか知らない場所にまで流されてきたのだ。それをこの人たちが助けてくれた。


「ジャック、替えのシーツを持ってきてくれるかしら?」


 バンクスがサンドイッチの皿を片付けながら言うと、褐色に黒髪の少年が部屋に入ってきた。


「元気になったみたいでよかった」


 ジャックはキーオーを見るなり、嬉しそうな顔をした。痩せて体は小さいが頼もしそうな少年だ。


「僕はジャック、君は?」

「キーオー。あの、助けてくれてありがとう」

「礼ならいらないよ。困っている人は助ける、それがゼ・ロマロ流だ」


 ジャックはそう言うとベッドのシーツを取り換えてくれた。「よそ者より、まず自分たちが優先」というアムチャットの露命の教えとは随分違うなとキーオーは思った。


「俺も手伝う」


 キーオーがそう言って起き上がろうとすると、足に激痛が走った。よく見ると足首が内出血をおこして腫れている。


「その怪我じゃ無理よ。大丈夫、しばらく寝ていればすぐに良くなるわ」


 バンクスは笑いながらそう言った。

 キーオーには一つ気になることがあった。叔父さんから託されたあの青い宝石だ。ジーク王国のフクロー王に届けなければいけない。


「……あの、俺のザック、近くに落ちていませんでした?」

「ああ、あの鞄ね。ベッドの下に入れておいたわ。中の荷物もすべて無事よ」

「よかった」


 キーオーはほっと安堵してベッドに仰向けになった。知らない家の知らない天井を見て、ここまで気分が落ち着いているのは不思議な心地だった。


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