オルの実を踏む姉弟
リト婆さんに案内されて赤屋根のなかへ入ると、シオンとリオンが食事の支度をしているところだった。発酵した『オルの実』を専用の石臼の上で踏みつぶし、生地にして『オルロン』を作っている。アムチャットの郷土料理だが、文化が近いジークでもよく食べられる。キーオーはかつてリスルと二人でオルロンの店を開こうとしていたことを思い出し、懐かしさと寂しさを感じた。
「ただいま。帰ったよ」
「おかえりなさい!」
幼い姉弟は足を休めることなく、リト婆さんに挨拶をした。オルロン作りは重労働だ。少しでも踏むのを止めてしまうと粘り気が消え、焼いたあとの味が落ちてしまう。大人だったキーオーの両親でも苦労していたというのに。この子たちの体力と精神力は凄まじい。
「今日からキーオーも一緒に暮らすことになったからね」
「ほんと?! やった!」
リト婆さんがそう言ってキーオーを紹介すると、リオンは嬉しそうに喜んだ。だがシオンのほうはキーオーから目を逸らし、唇をもごもごさせている。
「オルロンか。俺も少ししたら手伝うよ」
「ほう。オルロンを知っておるとは」
「はい。アムチャットではたまに食べるご馳走で、両親を手伝ってよく仕込みで踏んでいました」
「そりゃあ頼りになるのう。どうじゃ二人とも、キーオーが手伝ってくれるそうじゃ」
するとそんなリト婆さんの言葉に、シオンは大きく首を横に振った。
「いい!」
「えーっ。シオン、なんでだよ。キーオーにも手伝ってもらおうぜ」
リオンは驚いて残念がる。シオンは少し苦しそうに言い訳を続けた。
「だって他のひとが入ってくると踏むバランスが崩れちゃうし……」
そう言ってキーオーの目をちらっと見ては、恥ずかしそうに目を逸らす。
「わかったよ。じゃあ今日は二人のオルロンを御馳走になろう」
キーオーは諦めて、二人がこれ以上揉めないように手をひいた。それからリト婆さんに案内されて居間の横の階段から二階へ上がった。
赤屋根の侍女向けの建物は外から見たときよりもはるかに広く感じた。内装は木で出来ており、木目が階段や廊下の壁のあちこちに現れている。ゼ・ロマロの孤児院に雰囲気は似ているが、木造のために暖かさがあった。
階段を登ると廊下が南へ向かって続き、廊下の両側には木製の扉が対になって連なっていた。廊下の一番奥には小さな小窓がある。ここでは古都ベルローラに家を持っていないリト婆さんとシオンとリオン、それから連邦から亡命してきたチェクが暮らしているそうだ。
キーオーは南側の小窓の横、廊下の一番奥にある部屋を使うように言われた。中はベッドと小さな箪笥があるだけの質素なつくりで、トイレと風呂、食事の場所は共用だという。東側にはベランダと大きな窓があり、日差しを遮るためにカーテンが取り付けられていた。
「食事と掃除は当番制だからね。みんな協力してやるのさ。部屋は好きに使っていいからね」
「ありがとうございます」
キーオー何だかゼ・ロマロの孤児院みたいだなと思った。しかしここはジークで、連邦とは敵国同士だ。
「あの……」
「なんじゃ?」
「シオンのことですが……」
キーオーはさっきの彼女の態度が気になって、リト婆さんに理由を聞いてみた。なにか嫌われるようなことをしたのだろうかと振り返ったが、思いあたる節がない。
「ああ、シオンか。なあに、心配することはない。ただ恥ずかしがっているんじゃよ。ムバイルの洞窟でお前さんのことを『王子様』なんて呼んでしまったからのう」
リト婆さんは下の階に聞こえないようにくすくすと笑った。そういえば初めて会ったとき、シオンが寝ぼけてそんなことを言っていた気がする。
「そうですか、それで」
「気にすることはない。あの子は純粋じゃから、しばらく一緒にいればすぐに仲良くなれるはずじゃ」




