ルークの述懐
白いコートに身を包んだエドカは、元帥というよりどこかの大学の先生のようであった。理知的で思慮深さがあり、連邦の軍隊には似つかわしくない。
「すみません。睡眠はしっかりとるように気を付けているのですが、どうしても目が覚めてしまって」
「いいや、構わないさ。私も、君くらいの歳のころはよく眠れなかった。スライノア監獄で、囚人たちを撃ったのであろう?」
「はい。元帥もご存知でしたか」
「私は連邦軍最高司令官だぞ。グランディオーゾ中将から報告は受けているさ」
エドカは何度かゆっくりと頷くと、ルークに噴水前のベンチへ座るように促した。上官であるエドカが腰を下ろしたのを見て、ルークも格子状の鉄製ベンチに浅く座る。
「どうだった? はじめて人を撃った気分は?」
「正直に言って、撃った瞬間は何も感じませんでした。作戦が失敗して、アイリス少尉や連邦という国そのものに対して、迷惑をかけまいと必死でしたから。それに自分のなかでは、引き金を引く前に覚悟ができているつもりでした。特捜部に入った以上、いつか必ずこの時がくると分かっていました。
それなのに王都へ帰ってきて、静かな部屋のなかで何もせずに天井を眺めていると、本当に自分のしたことが平和につながっていくのかと疑問に思ってしまうんです。アイリス少尉から、軍人である以上は悪人になる覚悟が必要と教えられてきました。だからこそ私はただの悪人ではなく、平和な世界を目指すために、秩序を乱すものには銃をむける悪人になろうと考えています。
しかしあんな一方的な戦いをして、敵国であるジークの人間は私たちを支持するでしょうか。死んだオードラス・ジグスの家族は、私たち連邦が手を差し伸べたとき、その手を握り返してくれるのでしょうか。
今の連邦の戦い方は、多数派の人間が少数派に寄って集って小石をぶつけているようにしか見えません。こんなことを続けて、本当に平和な世界は訪れるのでしょうか」
ルークの長い述懐を、エドカは静かに、時々頷きながら聞いていた。彼が話し終えると、エドカは腕を組んで口元にあて、悩ましいため息をついてから続けた。
「たしかに君の気持ちはよく分かる。連邦の軍人、特にエリートである特捜部の人間がよく悩む問題だ。私もかつては同じ悩みを抱えて、中途半端な気持ちで司令部に立っていたことがあった。多数派で力のある者たちが弱い少数派に石を投げる。まるで虐めの構図だな。だが、ある事件をきっかけに考えが変わったよ」
「ある事件ですか?」
「ああ。かつてその悩みを口に出して、弱いものたちの側についた軍人がいた。つまり特捜部でありながらジークへ亡命したんだ。彼女はアイリス少尉よりも少し年上で、特捜部いいや、連邦で一番優秀なパイロットだった。そんな高い志を持った優秀な人間が、ジークへ行って何をしたと思う? 結局、掲げる旗の色を変えただけで、やっていることは同じだった。彼女はジークへ行き、ジークの銃で、連邦の人間を何人も殺した」
エドカは噴水に目を向けると、ミッチェル始祖帝陛下の右手を見つめた。
「いいかね、ルーク。ミッチェル始祖帝陛下が目指された平和な世界は、調和と秩序によってもたらされるはずだった。調和には抵抗がないが、秩序という言葉は君のような若い世代には多様性を否定しているように感じられるかもしれない」
「そうですね。その傾向は少しばかりあると思います」
「だろうな。私はこの説明をするとき、よく食堂の例えを使う。秩序は政治や社会のみならず、日常生活のいたるところで役立てられているのさ。ところでルーク、君がラザールで一番好きな料理は何だね?」
「料理ですか。そうですね、よく乳母が作ってくれたゾームツですかね。ミルク入りの」
ルークはゾームツの味を思い出し、舌が潤う感覚がした。ゾームツはラザールの家庭料理で発酵野菜の煮物だ。
「ゾームツか。私も好きだ。じゃあ、君がイャス共和国へ行ったとして、どうしてもゾームツが食べたくなったとき、食堂のメニューにないゾームツを頼むかな?」
「いいえ、頼みません。おそらくスーパ・シーバで妥協すると思います。ゾームツは手間もかかるし、ラザール以外では材料が揃いません」
「正しいな。その通りだ。食堂にはメニューがあって、それ以外の料理は基本的に作らない。それが『秩序』だ。誰もが好きなものをオーダーしていたら、食堂にもお客同士にも迷惑がかかる。メニューという秩序のなかで、お客は好きなものを味わう。
私たちは成そうとしていることは、ここからスケールを大きくしただけのことさ。連邦という秩序のなかで、ひとりひとりが自由に生きる。ただし秩序からはみ出した者には、悪になった私たちが銃を向ける。そう考えてみるのは、どうかね?」
エドカの言葉はルークの胸をすっと軽くした。秩序や多数派に対して持っていたイメージが、大きく変わった気がした。
「非常にわかりやすかったです。こんな私に素敵なお話をしていただき、ありがとうございます」
「それはよかった。すぐにとは言わないが、君がぐっすりと眠れるようになることを願っているよ」
エドカはルークの肩に手をおき、激励するようにほほ笑んだ。




