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王都の夜

 王都にある特捜部の寮で、ルークは汗まみれになりながら目を覚ました。壁掛け時計の短針は右上を指していたが、窓の外は騒がしい。

 さすが眠らない王都、ラッツァルキアだ。遠くに見える寂れた摩天楼は深夜でも明るかった。

 ルークはベッドから降りると、洗面台で顔を洗った。スライノア監獄での任務を終え、次の司令が下るまでアイリスとともに束の間の休暇を与えられた。だが特にすることもなく、ルークは王都にある特捜部の寮で兵法の本を読んだり、剣の鍛錬をしたりして過ごしていた。


「実家には戻らないのか?」


 休暇を付与されたあと、ルークはアイリスからこう尋ねられた。


「はい。あそこに帰ると調子が狂うんです。皆が私を軍人扱いしてくれないので」

「そうか」

「アイリス少尉はどうされるのですか?」

「レロンロンにある公衆浴場にでも行って、日々の疲れを癒すよ」


 ルークは水を一杯飲み、雲にかかった二つの月明りを見つめていた。

 もちろん両親や乳母に会いたくないわけではない。しかし皇宮にはライアが起居している。もう一年近く会っていない姉は、スライノア監獄で殉職したババフィンアの看守長に責任をすべて擦り付け、今もアムチャット攻略の指揮官として連邦軍に口出しをしている。

 戦場の悲惨さも知らないで、地図の上だけで戦争を語る姉。尊敬や思慕さえあったライアへの感情が、ルークの中で少しずつ揺らぎはじめていた。


(あの時、オードラス・ジグスを殺したのは自分ではないのか……)


 ルークは王都ラッツァルキアに帰ってきてから、もう何度もスライノア監獄での機銃掃射の夢を見ている。

 作戦中は無我夢中で、崩れた監獄から出てくる囚人を撃ち続けた。引き金にかけた僅かな力で、何百人もの人間の人生を終わらせた。それが軍人の仕事、悪人の仕事だ。頭ではそう分かっていても、身体がついていかないためだろうか。こうして毎晩、冷や汗をかきながら目を覚ましてしまう。


 少し冷たい風に当たろうと、ルークは軍服を羽織って、寮の外に出た。連邦軍総本部の中にある特捜部寮の近くには小さな噴水があり、士気高揚のためにその真ん中に銅像が立っている。

 ラザール帝国を建国した初代女帝。ミッチェル始祖帝陛下。ルークの持つ長ったらしい名前の中にも、彼女の名が刻まれている。貧しい農民の服を着て、右手の剣を地面に刺し、左手にラザール帝国旗を掲げた姿だ。

 幼いころ、よく母からミッチェル始祖帝陛下の話を聞かされた。ルークが皇族だからというわけではなく、連邦領民、少なくともラザール帝国民の子供なら必ず両親からされる話だった。

 ミッチェル始祖帝陛下はもともと、貧しい農村の長の娘であった。ちょうど人間が狩猟採集の生活から、富を蓄えることを覚えた農耕社会へと発展を遂げていた時代。各地ではそれぞれのコミュニティ同士で、争いの絶えない日々が続いていた。

 ミッチェル始祖帝陛下は早逝した父に代わり村の長を継ぐと、「言語」によって各地の人々を「同民」と「異民」に区別した。


「同民」はみな同じ母から生まれた子であるから手を取り合い、「異民」には剣をむけるべきだと。


 こうして団結した「同民」たちは「異民」を次々に滅ぼし、同じ言語を持つ世界でただ一つの国家、ラザール帝国が誕生した。ラザール帝国は瞬く間に世界中を制圧し、いくつかの「異民」の国はラザールの言葉を受け入れて「同民化」することで滅亡を免れた。

 そして、ミッチェル始祖帝陛下が唱えた思想や秩序によって人類はついに長きにわたる平和を手にし、「ラザール帝国民は平和のためにその血を穢さぬように」との教えでこの話は終わる。

 しかし同じ「同民」でも、ジークやムバイルとは「見た目」が違ったためにまた争いが始まってしまった。世界が平和になるためには、さらなる同化が必要なのだ。母は必ずミッチェル始祖帝陛下の話のあとに、こう付け加えた。

 ミッチェル始祖帝像が旗を掲げる左手は「同民」への愛を、剣を刺す右手は「異民」への憎しみを現しているという。


(始祖帝陛下は今の世界を、どう思われるであろうか……)


 噴水の前で悩んでいたルークに、低く優しい声で話しかける人物がいた。


「まだ眠れないのか?」


 顔をあげたルークに、その人物は柔らかい微笑みをむける。


「エドカ元帥閣下……」


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