レラクスの秘密
青く透き通るような発光石の結晶を、フクロー女王は驚きの表情を浮かべて手にとった。
「キーオー、これはあなたが持っていたのですね」
「はい。女王陛下にお渡しするよう、アムチャットで叔父から託されました」
「そうでしたか……」
フクロー女王は侍女を呼ぶと、結晶を鋼細工の頑丈な箱に入れさせた。盗まれないように厳重に鍵もかける。
「この宝石は連邦も私たちも血眼になって探していたものです。叔父さんが盗み出してから、行方が分からなくなっていました。連邦領内で紛失したと思っていましたが、こうして無事に手に入って安堵しています。この石が連邦へ渡ることがどれほど危険なことか……」
女王は深く息をはいて、王座に腰掛けた。
「キーオー。よくぞ、この石を守り抜いてくれました」
「はい」
キーオーは再び跪いて、頭を下げた。女王は頭を上げるように言うと、こう続けた。
「この宝石が何なのか。よく知っていますか?」
「《神々の心臓》と呼ばれている、発光石の結晶だと連邦領内で聞きました。その石があれば、発光石による光線を無限に撃ち続けることができるんですよね」
キーオーはゴウロン号でラッセルから聞いた話を思い出して答えた。女王は何度も頷くと、天井の装飾を見て言った。
「ええ。あの石は二億年前の超古代文明の遺物と言われています。発光石を掘りつくした人間たちが、その構造を真似て作った人工の結晶で、その力は通常の発光石をはるかに凌ぐとか。嘘か真か分かりませんが、「レラクス」を生み出したのも《神々の心臓》なのだとジークでは言い伝えられています」
キーオーは戸惑った。「レラクス」とは夜空に浮かぶ月の名の一つだ。人間が星を生み出すなんて、そんなこと可能なのだろうか。
しかしかつて叔父さんも、二億年前描かれた石板には月は一つしかなかったと言っていたことを思い出した。「ルクルクシアル」、「レラクス」と呼ばれる二つの月。古い言葉でルクルクシアルとは「太古からの光」を意味し、レラクスとは「傷」を意味する。傷――、星にはあまりにも似つかわしくない名前だ。
するとフクロー女王が、
「これはあくまで伝説ですが……」
と前置きして、ジークに伝わる月誕生の伝説を話し始めた。
「はるか昔、人間たちの間では国同士による争いが絶えませんでした。剣が銃に変わり、さらに発光石が見つかると、戦争による死者はどんどん増えていきました。ついに愚かな人間は、人工的に発光石の結晶を作り出すまでに至ります。一つの国が作ると、別の国々も負けじと競争するように作りはじめ、あっという間に世界中の国々が発光石の結晶を持つようになりました。
ある時、大国の国王が自分の誕生祭で、空に向かって結晶から光線を放つ催しを思いつきました。それはただ単に誕生祭を盛り上げるものとしてではなく、他国への軍事的なアピールの面も持っていました。そうして祭りの席で結晶から光が空に向かって放たれ、会場にいた国民は大いに沸きたちました。しかしその光はどこまでもいっても消えることがなく、月にぶつかってしまいます。あまりにも大きすぎたそのエネルギーは、一瞬で月を真っ二つにしてしまったのです。
月が二つになった影響はすぐに地球まで及びました。世界中で異常気象が発生し、細かな隕石があちこちに降り注ぎました。大国は壊滅し、人類は絶滅の寸前まで追い込まれます。生き残った僅かな人たちは、発光石の結晶を辺境の地底や大海の底深くに封印し、戒めとして新しくできた月に『レラクス(傷)』と名付けたのです」
女王の語った伝説は、どことなくリアリティを帯びていた。キーオーは改めて石の恐ろしさを知り、しばらく何も言うことができなかった。
「安心してください。私たちジークが、この石を使うことは絶対にありません」
フクロー女王はキーオーをなだめるように続けた。
「ただ連邦と停戦協定を結ぶうえで、とても重要な役割を持っています。連邦からすれば、もし私たちにこの石を使わせてしまうと、蝋燭の明かりだけで王都ラッツァルキアを火の海にすることだって可能なのですから」




