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キャスナル牧場の涙

 キーオーが謁見の間でフクロー女王と会っていたころ、シュライダ大佐とリータ、チェクはジーク王国北部にあるキャスナル牧場を訪れていた。戦死したバリオの妻と娘が、ここで暮らしているからだ。


「長閑なところね」


 小型の船を操りながらチェクが言った。地上には牧草が広がり、家畜がのんびりと餌を食べている。


「ああ」


 リータはそんな光景を見渡して、力なく相槌を打った。彼は腕のなかに、バリオの遺骨とペンダントを入れた白い小さな箱を抱えている。

 かつて同じ任務についた時、バリオは嬉しそうに娘が生まれたことを話してくれた。


「娘は俺ではなく妻に似てくれた。おかげで可愛いんだ」


 いつものおどけた調子でそう言った彼のことを、リータは昨日のことのように思い出せる。3人でいられる時間が一番幸せなんだと、彼はそのあとに付け加えた。


「二人とも余計なことは話すな。悲しみが深まるだけだ」


 シュライダは牧草を食べる家畜たちを見つめ、リータとチェクに言った。これまで幾度となく部下を失ってきたが、この瞬間が一番辛い。バリオの場合は家族がいるからまだいい方で、独り身の場合はベルローラにある共同墓地に遺骨と遺品を持っていかなければならない。

 船のなかにある私物や、寮の部屋まで片付けが終わると、それまで仲間だった人間がもういないのだと、途端に実感が湧いてくる。シュライダはライクンとバリオ、二人分の遺品を整理して胸の奥の一部が欠けたような、大きな喪失感を味わっていた。

 バリオの妻は夫の死を聞いた瞬間、嗚咽して泣き始めた。娘は何が起こったか分からないまま、つられて泣いている。リータが娘をなだめるように背中を撫で、チェクもバリオの妻に寄り添うようにして遺品を渡した。二人ともシュライダの指示通り、余計なことは一言も話さなかった。


☆☆☆


 帰路の空は澄み渡るほどによく晴れ、連邦との国境まで見通すことが出来た。極北に位置するジークは、寒冷な気候ながら自然が豊かである。

 チェクは涙を浮かべたまま、船を動かしていた。相棒だったバリオのことは、思い出そうとしなくても自然と浮かんできてしまう。二人の間は、男女を超えた固い友情で結ばれていたのだ。そんなチェクの様子に気づいたリータは副操縦席に座り、チェクの視界をサポートする役にまわった。普段、弱気なところを見せない彼女も、今だけは


「……ありがとう、リータ」


と小さく呟く。

 風を切る音だけが響く船内で、シュライダが沈黙を破った。


「俺は3日後、国境地帯へ戻る。アマメイン少佐だけに国境警備は任せておけないからな」


 アマメイン少佐。連邦に捕まったシュライダに代わって、ジークと連邦の国境地帯でゲリラ活動を行っている軍人だ。


「もう傷は大丈夫なんですか?」


 リータが尋ねた。ゴウロン号で受けた拷問や電気ショックの傷跡が、シュライダの体の至る所に残っている。


「この程度どうってことはないさ。傷が消えるのを待っている間に、また何人も仲間が死ぬ」


 ライクンを失った今、シュライダにとっての安息の地は戦場だけだった。チェクとリータは


「私もお供します」「俺も行きます」


と続けて声をあげる。


「嬉しいが、今回は駄目だ。二人にはキーオーをみてやってほしい。あの少年は肝が据わっている。必ずいい戦士になれるだろう」

「キーオーを戦士に?」


 いくらシュライダの頼みとはいえ、リータには受け入れ難いものだった。自分よりも一回り若い少年を戦場に送ることなんてできない。


「もちろん本人が望まなければ、別の道を探せばいい。しかし今のジークで戦争に関わることなく生きていくことは難しい。それはお前たちもよく分かっているはずだ」

「ですが……」


 するとチェクが口を挟んだ。


「私は賛成です。戦い方を知っていれば、たとえ別の道を歩んだとしても強く生きていけます」


 そして下を向くリータに、チェクは腫れた目で訴えた。


「リータ、あなたの気持ちもすごく分かる。でもキーオーのために私たちができる最善の方法はこれしかないのよ。お願い」


 厳しい選択だったが、リータは納得して頷いた。船はキーオーのいる古都ベルローラを目指して進んだ。


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