機銃掃射
鉄壁のスライノア監獄を陥落させ、囚人たちは高揚していた。
「看守棟は落ちた! あとは正門から脱出するだけだ!」
囚人の一人が叫んだ。彼らのなかには看守の備品を略奪するものまでいる。
「我々は自由のために立ち上がったんだ。これは連邦のしてきたことと同じだ!」
叔父さんは人の波に揉まれながら、囚人の説得を試みた。しかし誰一人として従うものはいない。
チェクとリータは諦めて、一階にあるエントランスホールで地図を見ていた。正門からの突破はあまりにも危険が多すぎる。
その予想通り、看守棟から広場に出た囚人が叫んだ。
「特捜戦艦だ! 連邦の特捜部が直々に俺たちを殺しに来たんだ!」
その声も虚しく、特捜戦艦の機関銃架は看守棟から出てきた丸腰の囚人たちを次々と打ち抜いていった。血が飛び散り、綺麗な芝生は深紅に染まる。
看守から銃を奪った囚人が、看守棟の上階から特捜戦艦を狙った。しかし戦艦の装甲は厚く、短銃程度では傷ひとつつけられない。
『アイリス少尉、看守棟から本艦にむけて銃撃が!』
デッキにいたアイリスは、部下から囚人による銃撃の報告をうけた。短銃程度ではかすり傷すらつかないが、スライノア監獄にある火器や爆弾を使われでもしたらいくら特捜戦艦といえども危うい。
「敵が重武装をする前に叩け。看守棟を破壊する許可は事前にいただいている」
こんな新しく立派な看守棟を破壊するなんて。部下からはしばらく沈黙が続いた。
「何をもたもたしている。右舷の砲座を使うのだ! 看守棟に立てこもられたら、面倒なことになる」
『はい、少尉! ただちに』
アイリスの叱責で部下たちはやっと重い腰を上げた。囚人といえども丸腰の敵を撃ち、中に生存者がいるかもわからないのに真新しい看守棟を破壊しろだなんて。アイリスは自分でも、そんな命令下したくはなかった。
しかしこれも連邦軍の、ひいてはラザール帝国の体裁を守るためのことだった。
「準備ができ次第撃て! 看守棟の外に出た者も逃がすな!」
残酷すぎる命令を、アイリスは無線を通して部下に伝える。
☆☆☆
「砲撃だ!!」
看守棟内にいる囚人たちは悲鳴をあげながら逃げ回った。しかしすでに遅く、砲弾が看守棟の真ん中部分に命中した。
コンクリートで作られた近代的な建物は、積みあがった本が崩れるが如くいとも簡単に壊れていく。
間一髪、外に飛び降りた囚人たちのも、特捜部の機関銃架の餌食となり、血しぶきを放ちながらゴム鞠のように跳ねまわった。
「叔父さん!」
キーオーは崩れゆく建物の中で叔父さんを呼んだ。叔父さんはリータとチェク、それにキーオーと何人かの囚人を地下の多目的室へと誘導した。
ここはライア国務参与が改装するまえにスライノア監獄の中央看守室として使われていた場所で、地上の看守棟に比べて頑丈な作りになっている。
「ひとまずここなら安全なはずだ」
キーオーたちは身をかがめ、看守棟が完全に崩壊するのを待った。囚人たちのほとんどは機銃や砲弾にやられてしまったようで、12人ほどがここに残っていた。
「機銃掃射が終われば掃討作戦がはじまるわ。特捜部の精鋭が地上に降りてくるでしょうね」
連邦出身のチェクが言った。重武装した特捜部とほぼ丸腰のキーオーたち。戦えばまず勝ち目はない。
「それまでにスライノアから脱出し、シュライダ大佐たちと合流しなくては」
リータが頭を抱えていった。外に出るにしても、正門と裏口は完全に敵から丸見えの状態だ。それにこれまで歩いてきた広大な地下空間へ戻ることも難しい。
そうなると唯一考えられるルートが、破壊された艦用の泊地から整備士用の出口を使う方法だった。しかしこれでは看守棟と泊地の間の破壊された空間を抜けることになり、敵から見つかってしまう可能性は高い。
「どのみち一つのルートで脱出しても、助かる確率は低いだろう。だったら3ルートに分かれたほうがいい」
叔父さんはわずかな明かりが差し込むなか、地図を指さして言った。つまり正門から突破するチーム、裏口から外へ抜けるチーム、そして整備士用の出口から外へ出る3つのチームにわかれて脱出を試みるということだ。
もちろん正面から突破するチームは敵の目につきやすく、成功する可能性は格段に低い。逃げるというよりは囮のような役割だった。
「ジークの友人たちは整備士用のルートを使いなさい。船や機械の操作ができる君たちがいなければ、連邦から脱出することは難しくなる」
叔父さんはそう言ってリータとチェクを見た。
「怪我人や女性たちも彼らについて行くといい。ジークの衛生兵が怪我を見てくれるはずだ」
キーオーは不安げに叔父さんと残りの囚人たちを見た。しかし彼らの顔はもう、覚悟ができているようだった。
「叔父さんたちはどうするの?」
「正面から突破を試みる。私たちの役目を果たす時がきたようだ」




