反撃のはじまり
立ち上がるんだ。
囚人たちの胸にはそんな思いが湧いていた。少しずつ記憶を取り戻しながら、看守たちから受けた仕打ちを思い出す。彼らはまだ声を出せなかったが、身体は動かすことができた。ゆっくりと鎖を外し、「洗脳」から自らを解き放つ。
マグラブとアフーラがそのことに気づいた時には、既に遅かった。囚人たちが自分たちの意志で歩き、看守棟を目指しているのだ。二人は顔を見合わせるとすぐに立ちふさがり、彼らに銃を向けた。
「停まれ!! 誰が動いてもいいと言った!」
アフーラは囚人たちの洗脳が解けたとは思っていなかった。電気が切れたために勝手に動いてしまったのだろうが、銃を見ればまた大人しくなる。
しかしアフーラの予想に反して、目の前の囚人たちは歩みをやめない。
「アフーラ軍曹、囚人たちは、ど、どうしたんでしょう?」
マグラブは銃を構えたまま困惑していた。
「情けない声を出すな。お前はそれでもスライノア監獄の看守か。いいか、よく見ておけ。こうすればあいつらは大人しくなるんだ」
アフーラは短銃の引き金を引くと、囚人たちの足元に二発、天井にむけて一発を打ち込んだ。
「動くな!! これは最終警告だ。それ以上動けば、今度は貴様らの眉間を撃ち抜く」
アフーラのその声に囚人たちは動きを止め、恐怖に慄いたような顔をした。上手くいった。所詮は無防備な囚人どもだ。銃に敵うはずがない。
「ここは俺が抑えておくから、中央看守室に戻って停電の原因を確認してこい」
そう言ってアフーラが得意気に、マグラブに指示を出したときだった。
「アフーラ軍曹!」
囚人たちが右手を挙げ、こちらへ向かってきた。30人、いや40人か。周辺で作業していた者たちも合流し、大きな人の壁となって二人に近づいてくる。
「動くなといっただろ!」
アフーラの声は次第に力なく、小さなものになっていった。誰か一人でも撃てば、囚人たちは波のように二人に襲い掛かるだろう。いくら丸腰とはいえ、この人数では二人に勝ち目はない。
「や、やめろ……。く、来るな」
マグラブとアフーラは自然と後ずさりし、震える手で力なく銃を握っていた。銃口は空を向き、囚人を狙うことはできない。そしてついに囚人たちの波は二人の看守を飲み込んだ。
「うわああああああ!」
アフーラは目を瞑り、マグラブは悲鳴を上げた。しかし囚人たちは二人の横を素通りし、そのまま看守棟に向かって歩いていった。
人の熱気を感じるほどの近くに、今まで蔑んできた囚人たちがいる。二人は放心したまま固まり、ただ恐怖が過ぎるのを待つことしかできなかった。
やがて囚人の足音が消えると、マグラブとアフーラはその場に座り込んだ。彼らは助かったという安堵感と、見逃されたという恥ずかしさで、息を吸い呼吸を整えるのがやっとだった。
☆☆☆
囚人たちの波はトロッコの車両基地まで押し寄せた。叔父さんはトタン屋根に登り、彼らに向かって叫ぶ。
「私はオードラス・ジグス! みなさんを助けにきました。地下四階の排気ダクトから外へ出られます。私たちの後について来てください」
「オードラス・ジグス……。あのジャーナリストか」
囚人の一人が小さく呟いた。しかし彼以外の多くの囚人たちには、オードラス・ジグスがどんな人物かなどあまり関係ない話だった。早くこの地獄から解放されたい。それだけだ。
リータとチェクが前方を警戒しながら、叔父さんとキーオーは囚人たちを地下四階まで誘導した。顔に火傷の跡がある30代くらいの男が、階段を上がりながらキーオーに言う。
「助けてくれてありがとう」
「必ず故郷へ帰りましょう」
この人にとっての故郷がどこなのかは分からない。しかしここではないことは確かだ。キーオーの言葉に男は力強く頷いた。




