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故郷の音色

 暴走したトロッコを停止させるために坑道に向かった二人の看守、マグラブとアフーラは突然の停電と遠くで鳴り響く半鐘に何か不測の事態が起こったことを察した。


「なにかあったんでしょうか?」


 額に汗をかきながらマグラブが言った。


「さあな。とにかくこのトロッコを車両基地まで運ぶことが優先だ。でないとファフォン曹長にまた怒られる」


 アフーラはカーブを曲がりきれずに壁に激突して倒れたトロッコを持ち上げ、やれやれと首を振った。そんなアフーラを見て、マグラブが提案する。


「そうだ、トロッコ運びは囚人たちにやらせましょうよ。俺たちは早く看守室に戻って、昼飯を食べましょう」

「それがいいな」


 二人はトロッコを立て直したところでその場に放置し、中央看守室に向かって歩き始めた。ランタンの暖かい明かりの中、囚人たちが硬直したまま立ち尽くしている。その様子を不思議に思ったマグラブは通報装置を見て顔を青くする。


「アフーラ軍曹、大変です。電気がきていません」


 しかしアフーラは慌てることなく、


「落ちつけ。ブレーカーが落ちたか、部分的な電気設備の故障だろう。前にも同じことがあった」


と言った。


「で、ですが、囚人を拘束しておく鎖にも電気は流れていないわけですよね」

「だろうな。だが心配するな。ライア国務参与が開発された洗脳システムは完璧だ。以前に電気が落ちた時も、囚人たちは逃げられる状況だったにもかかわらず、誰一人逃げ出さなかった。洗脳のプログラムは、一度受ければ脳そのものを改造しちまうのさ」


 得意気に話すアフーラを見て、マグラブは安堵すると同時に怖くもなった。連邦という巨大国家は本当に恐ろしい。

 二人の看守が通り過ぎていく真横で、囚人たちの手が小さく震えていた。睡眠時間と食事以外は働かされ、坑道を掘り進めるかトロッコを押す単純作業を死ぬまでやらされる。

 苦痛と絶望の長いトンネルの中で、自己を失い、記憶や思考も消えていく。ついには名前までも思い出せなくなる。彼らは連邦軍の「道具」として、「生きている」のではなく「置かれている」のだ。


☆☆☆


 叔父さんはそんな囚人たちを解放する方法を、ある可能性から見出そうとしていた。成功するか分からないが、試してみるしかない。


「仮に言葉を理解できなくても、五感を刺激すれば感情は蘇る」


 叔父さんはそう言うと、坑道の壁を伝う排水管に手を伸ばした。


「味覚、触覚、嗅覚、視覚。そして最も遠くまで届くのが、聴覚を刺激する『音』だ」

「叔父さん、何をする気?」


 キーオーの質問に叔父さんは黙ったまま、排水管と排水管をつなぐ蛇腹状の小さな管を外した。空気が抜ける音がして、中から僅かに泥水が漏れる。


「大きな施設の排水管には銅などの金属を使うことが多いが、その継ぎ目には伸縮性を持たせるために『グロロタイト』と呼ばれる鉱石が使われる。こいつはよく曲がり、そしていい音が出る」


 叔父さんは蛇腹状の筒になったグロロタイトを両手で引っ張って広げた。まるでチーズのように横に伸び広がり、真ん中が大きくたわんだ。続けて両手を狭めてグロロタイトを縮めると、空気が抜けて音が鳴った。いや、音と言うよりは音色に近い。


「まるで楽器ですね」


 リータが言った。


「実際に極南の連邦領民は楽器として使っているな」


 叔父さんはグロロタイトを何度か伸び縮みさせ、水をつけてチューニングした。キーオーにはその姿がアコーディオンを奏でているように見えた。

 叔父さんは片方の穴を指で押さえながら、空気の入れる量を調節して音をあわせていった。ただの排水管が立派な楽器に変わる。


「昔、極南の村に行ったときに村の女たちから教わった。狩りや山菜採りで山に出かけた男たちが迷ってしまったら、このグロロタイトを吹き鳴らして村の場所を知らせるのさ。この音色は遠くまで聴こえるし、自然界の音と聞き分けることができる。それに何故か、聴いていると懐かしくて家に帰りたくなるんだという」


 叔父さんはそう言い終えたあと、グロロタイトを使って演奏を始めた。甲高いながらも、すんなりと耳に入る不思議な音がメロディに乗っていく。


「『薄明の町』ですね。私もラッツァルキアいたときによく聞いたわ」


 チェクは叔父さんが演奏している曲を知っていた。


「連邦領民にとって懐かしい曲といえば、これだろう。今でも多くの町で音楽隊が奏でていることが多い」


『薄明の町』は叔父さんにとって、あまり好きな曲ではなかった。王都ラッツァルキアの壮大さを表すために作られた曲だからだ。しかし荘厳さのなかにどこか暖かみを感じるメロディは、連邦に一度住んだ者にとっては忘れられない不思議な曲だった。

 キーオー、リータ、チェクの3人はここがスライノア監獄であることを忘れ、グロロタイトの音色に聞き入った。

 やがて坑道中に響き渡り、はるか先にいる囚人たちや看守二人の耳にも届いた。


「『薄明の町』? 誰かが演奏でもしているのか?」

「看守に楽器ができる人っていましたっけ?」


 マグラブとアフーラが驚く横で、囚人たちの鼓膜がはっきりと震え、古い記憶を呼び覚ましていった。懐かしい故郷の音色は、匂いや景色を呼び覚まし、囚人たちに自らの名前を思い出させた。そして彼らは静かに涙を流し、『薄明の町』を最後まで聞いた。

 曲が終わったあとも、しばらく残響は止まなかった。そうしてグロロタイトの音が消えゆくにしたがって、囚人たちの洗脳は解けていった。


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