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王都からの命令

 暗闇を抜けたキーオーたちはトロッコの車両基地まで戻ってきた。リータとチェクが前後を警備し、叔父さんとキーオーを守る。看守棟とは違い、坑道内はランタンが灯っているため暖かいオレンジ色の光で満たされていた。


「おかしいわ。看守が一人も追ってこないなんて」


 車両基地の入り口でチェクが言った。依然として半鐘は鳴らされているが、ここに来るまで一人も看守と遭遇していない。電気が止まっているのだから、地下にいる囚人たちの様子を見に来てもいいはずだ。


「看守棟内の探索で手一杯なんだろう。こっちにしてみれば好都合だ」


 困惑するチェクにリータが答えた。すると叔父さんが言う。


「それだけじゃないさ。奴らが囚人の洗脳に絶対的な自信があるんだ。ほら、あれを見てみろ」


 叔父さんはトロッコのレールの向こうで硬直したまま動かない裸の囚人たちを指さした。まるで銅像のように微動だにしない。


「なぜ動かないんだ。彼らを縛る電流はもう流れないのに……」


 リータは機銃のスコープで囚人の顔を見た。何かに怯えるように顔をこわばらせている。


「これがスライノア監獄の本当の恐ろしさだよ。囚人たちは逃げたことによる報復が怖くて動けないのさ」


 叔父さんは顔をしかめ、連邦による残酷な仕打ちを恨んだ。洗脳の本質は肉体的な束縛ではなく精神的な束縛にある。脱走しようとするたびに電流を流された囚人たちの脳は萎縮し、正常な判断ができなくなっているのだ。


「叔父さん、これからどうするの?」


 キーオーの問いかけに叔父さんは答えた。


「まずは彼らの心を取り戻さなくては」


☆☆☆


「アイリス少尉、電報です!」


 特捜戦艦のデッキでアイリスは二通の電報を受け取った。一通はスライノア監獄からの応援要請。そしてもう一通は王都からだった。


「ただちに引き返せ。スライノア監獄まで戻る」


 アイリスは船の乗員にそう告げると、自身の部下たち船内無線で呼びかけた。


『緊急指令が下った。特捜部員は直ちにブリーフィングルームへ集合せよ。これは訓練ではない』


 誰よりも早く現れたルークは真っ先にアイリスに尋ねた。


「アイリス少尉、何事ですか?」

「スライノア監獄からオードラス・ジグスが脱獄した。他の囚人も逃げ出す恐れがある」

「そんな……。先ほど送り届けたばかりじゃないですか」

「監獄内でジークの兵隊を見たという看守もいる。おそらくジグス一人の仕業ではないだろう。油断するな」

「ジーク?」


 突然、敵国の名前が出てルークは緊張に包まれた。アイリスはそんなルークにかまうことなく話を続ける。


「それからもう一つ、王都から極秘命令を承った。これについては全員が集まってから話す」

「わかりました」


 何も知らないルークはそう言って席に座ったが、アイリスは王都からの常軌を逸した命令に戸惑っていた。

「万が一、囚人が一人でも逃げ出した場合は看守共々囚人どもを皆殺しにしろ」というのだ。

 ババフィンアが隠していた囚人の脱獄をなぜ王都の人間が知っているのか最初は分からなかったが、おそらくライア国務参与が電報を盗聴する機能をスライノア監獄の看守棟に付けていたのだろう。ババフィンアは知らないうちに、王都にいる人間にも「特捜部への応援要請」を送っていたのだ。

 アイリスは囚人にも、ババフィンアをはじめ看守にも、もちろん同情などしなかったが、部下たちの心持が気になった。犯罪者はまだしも、同じ連邦軍人の看守たちまで殺さねばならないなんて。

 そんな残虐な王都の命令には従いたくなかったが、アイリスに拒否権はなかった。差出人は「連邦軍総本部」。かつてアムチャットで虐殺をしたときと同じように、エドカ元帥直々の命令だった。エドカ元帥にはグランディオーゾ中将から叱責された際、庇ってもらったこともある。これ以上、失敗が続けば使用人の娘だったアイリスが特捜部に籍を置くことは難しくなるだろう。

 アイリスは拳を握りしめて、必死に今回の命令を肯定した。もしもスライノア監獄の実態が世界中に暴かれたら、連邦が非難の的になるだけでなく、連邦軍の士気も下がる。ルークのような純粋な若者はスライノア監獄が近代的で優れた刑務所だと本気で思っているのだ。

 アイリスがそんな思いで部下を待っていると、座ったままルークが言った。


「名誉挽回のチャンスですね、アイリス少尉」


 アイリスは少し後ろめたさを抱えながら、


「ああ、そうだな」


と返した。


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