危険な役目
「その役目は私にやらせてほしい」
半鐘が鳴り続ける暗い廊下で叔父さんはそう言った。囚人たちを出口まで誘導するという大仕事だ。一歩間違えれば死ぬかもしれない。
驚いた顔をするシュライダに叔父さんは続けた。
「私の方がスライノア監獄の構造や洗脳システムには詳しい。それに君は隊長だ。みんなを無事に故郷まで送り届けることができるのは君しかいない。ここは私に行かせてくれ」
シュライダはその言葉にオードラス・ジグスのジャーナリストとしての意地を感じた。ジャーナリストは軍人やレスキュー隊とは違い、戦争や災害の実情を伝えるために現場に赴く。そのためどれだけ悲惨な現場でも、直接手を差し伸べることはできない。その矛盾にジグスはずっと悩んできたのだろう。
「わかりました。ただしリータとチェクを護衛に付けます。あなたにもまだ、やっていただくことがありますから」
シュライダはそう言ってキーオーを見た。オードラス・ジグスに何かあれば、キーオーは天涯孤独になってしまう。
「そうだな。ありがとう」
叔父さんはシュライダの本意をよく分かっていた。叔父さんにとってもキーオーはたった一人の肉親だ。するとその時、キーオーが声を上げた。
「俺も行きます」
「キーオー……」
シュライダはその先を言いかけたが、言葉を飲み込んだ。この子はもう子供ではないのだ。
「危険なことは分かっています。ですが、ここで叔父さんに付いて行かないと一生後悔する気がするんです」
キーオーの心を動かしていたのはアムチャットでの悲惨な経験だった。あの時は何もできず、ただ見ているだけだった。さらにゼ・ロマロでも大きな社会の渦に巻き込まれ、将来を約束したリスルと離れ離れになってしまった。もう立ち止まることによって誰かを失うことはたくさんだ。
心配そうな顔をしたリータとチェクに、シュライダは小さく首を横に振った。そして叔父さんに、
「立派な甥っ子さんですね」
と言った。
「そうだな。勇敢な甥だ」
叔父さんはそう言ってキーオーの肩に腕を回した。汗や血の臭いに混じり、懐かしい匂いがした。アムチャットで叔父さんに抱かれていた少年時代に感じたような、柔らかい異国の匂いだった。
「重要な任務だ。頼んだぞ、キーオー」
シュライダは部下を送り出すときと同じようにキーオーを指さして言った。
「はい、わかっています」
キーオーは頷き、小さく敬礼した。その姿にシュライダは早世した弟の姿を重ねずにはいられなかった。
「では、行こう」
叔父さんの合図でキーオーとリータ、チェクは動き出す。シュライダは階段を降りていく4人が見えなくなるまで見守った。それを待って、ユーアが声をかける。
「シュライダ大佐、我々もいきましょう」
「ああ、そうだな」
☆☆☆
ババフィンアは明かりが消えた看守長室で部下からの報告を受けていた。廊下は慌ただしく混乱し、非番の看守たちが銃を持って監獄へ急いでいる。
「ジーク人だと?」
「黒いベストを着ていたので確かかと。機銃も所持していました」
「ジーク人がなぜリスクを冒してまでオードラス・ジグスを助けにくる? そもそもどこから侵入した……?」
ババフィンアの目じりを上げ、予想外の事態に考え込んだ。
「か、看守長。とにかく今はこの混乱を抑えるのが先決かと……」
「……チッ」
勇気を出した部下からの進言にババフィンアは小さく舌打ちした。
「し、失礼いたしました、看守長殿」
部下は全身をこわばらせて硬直したが、ババフィンアはそれ以上咎めなかった。
「看守どもにはオードラス・ジグスの捜索より、出入り口の封鎖を優先させろ。間取り図を調べ、使われていない換気ダクトなども含めて全て封鎖するのだ。どうせ坑道側にはムバイル領の地下洞窟しかない。脱獄するとしたら看守棟側だ。オードラス・ジグスの捜索はまもなく到着するプロたち特捜部に任せよう」
「はい、閣下。ただちに!」
部下はそう言うと急いで部屋を出て行った。ババフィンアは冷静さを取り戻し椅子に深く腰掛けると、今後の進退とライア国務参与への言い訳について考えていた。




