囚人たちの解放
中央看守室に入ってきた叔父さんをリータとチェクは驚いた顔で見つめた。
「オードラス・ジグス……」
「そうだ」
小さく呟いたリータに叔父さんはそう言った。すぐに二人は敬礼し、挨拶をする。
「ジーク王国軍のリータです。こっちはパイロットのチェク」
「キーオーの叔父だ。まさかこの人数でスライノア監獄に潜入したのか?」
信じられないといった顔をした叔父さんにキーオーは、
「違うよ」
と答える。
「そうだよな」
「あと4人いますが、3人は老人と子供なので脱出ルートの確保に向かっています」
「なんだと?」
リータの説明に叔父さんは再び信じられない顔をした。するとシュライダが看守室の入り口を警戒しながら言った。
「作戦が失敗して船がムバイルの領地に墜落したんです。その途中でキーオーと出会い、そしてここまでたどり着きました。スライノア監獄の外側は警備が強固ですが、内部は山岳地帯の洞窟と繋がっていて潜入は容易です。あとはシェラル公国との国境まで安全に抜けられれば良いのですが……」
「なるほど。つまり君たちも救出隊ではなく、救出される側ってわけか」
「ええ。しかし我々はここに偶然行き着き、大きな使命を得ました」
「大きな使命?」
そう尋ねた叔父さんの手を掴むと、キーオーが言った。
「叔父さん、力を貸して。ここに捕まっている人たちを全員解放したいんだ」
キーオーの目は真剣だった。もう村にいた頃のような、夢と現実の狭間で迷っている目ではない。するとチェクが彼の言葉に付け足した。
「あなたがスクープした通り、ここでは許されない人権侵害が行われていました。囚人たちを解放し、ジークに無事に帰ることができれば、私たちは写真と記録を全世界に公表するつもりです」
叔父さんは甥とこの異国の若者たちがすごく頼もしい存在に思えた。空腹と虐待による傷で力が入らない体を奮い立たせる。
「そうだな。囚人たちを解放し、みんなで故郷へ帰ろう」
叔父さんはそう言って頷くと、目に小さな涙を浮かべた。今まで自分がしてきた取材は無駄ではなかった。それに何よりもあのキーオーが、ここまで立派になってくれたのが嬉しかった。
叔父さんは看守室にあった水筒の水を一気に飲み干すと、制御盤の前にいるリータのもとに近づいた。彼は囚人たちを縛る鎖から完全に電気を遮断する操作に苦戦しているようだ。
「電流の一時的な停止はできるんですが、完全に切る方法が分からなくて……」
叔父さんはボタンが並ぶ装置を見回したあと、レバーを引きながらスイッチをまわした。
「この装置は発電所の操作盤を改造したものだ。まず予備電源を落とさないと、スイッチを切っても電力が供給され続けてしまう」
スライノア監獄の記事を書いたとき、協力者の弁護士と共に発電所の設備を調査しにいったことがある。連邦のライア国務参与が電気エネルギーに興味を示し、医師や電気技師たちと研究を続けているとの情報を得たからだ。その時の調査のおかげで、制御盤の使い方は一通り覚えている。
「これで電源が切れる」
叔父さんが両腕でレバーを手前に倒すと、モーターが高い音をたてて制御盤の明かりが消えていった。
「ライトをつけるんだ。監獄の照明も消える」
制御盤の明かりがすべて消えたあとで、叔父さんが言った。すぐに看守室の明かりも消え、室内は真っ暗になる。それと同時にリータ、チェク、シュライダの三人は軍用のヘッドライトのスイッチをいれた。暗い室内を三つの明かりが照らす様子は山岳地帯の洞窟に逆戻りしたようだった。
「制御盤を破壊し、ケーブルを切るんだ」
叔父さんがリータに言うと、彼は看守用のこん棒で制御盤を叩きのめし、ケーブルを切断した。
「よし、脱走だ」
叔父さんがそう言ったとき、廊下を警戒していたシュライダが叫んだ。
「看守どものお出ましだぞ!」
すぐに引き金を引き、階段から降りてきた男を仕留める。しかし別の看守がいたようで、急いで階段を駆け上がり仲間を呼びにいった。
「俺が見ておくから早く出るんだ」
シュライダは銃を構えながら4人に言い、チェク、キーオー、叔父さん、リータの順で看守室から脱出した。
「カンカンカンカンカンカン!」
電気が使えないと知った看守は半鐘で侵入者の存在を仲間に伝えた。その甲高い音はキーオーたちの耳にも届き、一気に緊張が走る。シュライダが殿を務めながら、5人は地下4階の換気ダクトまで急いだ。
いつ敵がでてくるか分からない緊張感の中で地下四階まで降りると、使われていない倉庫の扉の前でユーアが待っていた。
「リト婆さんとシオンたちは?」
リータの問いにユーアは答える。
「先に脱出させた。ダクトは大人でも身をかがめれば立って歩ける大きさだ。外まで早歩きで2分。シオンたちは出口から少し離れた大木のしたに隠れている」
「わかった」
シュライダはチェクと共に銃を構えて警戒を続けながら、部下たちに指示をだした。
「ユーア、お前はキーオーとジグスさんを連れてそのまま外に出ろ。俺は囚人たちをここまで連れてくる。リータ、チェク、援護しろ」
「待ってくれ!」
シュライダの指示に部下たち3人が「了解」と言いかけたとき、叔父さんがそう声を上げ、続けた。
「その役目は私にやらせてほしい」




