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白い看守棟

 特捜部の戦艦がスライノア監獄へと到着したのは、ちょうどその頃だった。アイリスとルークは森のなかに作られたコンクリートの泊地に戦艦を停泊させると、まず自分たちだけ降りて看守棟へ向かった。

 スライノア監獄の看守棟は白いレンガと擦りガラスで築かれており、清潔で現代的な印象をルークに与えた。特捜部に入って以来、はじめてスライノアを訪れた。想像していたよりもずっと綺麗で、オードラス・ジグスが告発した人権侵害など、ここには存在しないように思える。

 二人がエントランスに入ると、全身黒い軍服に身を包んだ中年の紳士のような男が出迎えた。特捜部の白い軍服とは対照的である。


「出迎えご苦労。特別捜査軍部、アイリス・クリスマフラ少尉だ。こちらはルーク特捜軍士。オードラス・ジグス受刑者を護送した」

「ババフィンア看守長であります。受刑者の護送、お疲れさまです」


 三人は敬礼をかわし、挨拶をした。ババフィンア看守長のほうが二人より年齢も経歴も上なのだが、特捜部は大佐以下のすべての連邦軍人より階級が上のため、遜った態度をとった。


「受刑者の容態はいかがですか?」

「心身ともに万全だ。すぐに刑に服せるだろう」

「それは素晴らしい。感謝いたします、特捜部閣下」


 アイリスは慇懃だがどこか狂ったようなババフィンアの目つきに嫌悪を覚えた。やはりスライノア監獄を任されている男は違う。


「ではグランディオーゾ中将から次の司令が下ったので我々はこれで。受刑者は部下に運ばせる」

「畏まりました」


 ババフィンアが頭を下げると、アイリスとルークは戦艦へと戻るために振り返った。するとババフィンアがルークを呼び止める。


「ルーク特捜軍士殿」

「な、なんだ?」

「ライア国務参与によろしくお伝えください」

「わかった。ご苦労」


 慣れない上官口調にルークは少しぎこちなくなってしまった。ババフィンアはにっこりと笑うと、深々と頭をさげた。

 泊地から艦内へ戻る途中でアイリスが言った。


「いつ来ても嫌な場所だ」

「たしかに監獄ですからね。でも国境地帯にある捕虜収容所よりは随分と環境が良さそうです」


 アイリスは何も言わなかった。真新しそうな泊地の設備を見てルークは続ける。


「けっこう新しそうですけど最近建て替えたんですか?」

「ああ。軍ではなく政府の国策で二年前にな」

「そうなんですね。あの、姉さんと看守長とは懇意なんですか?」

「姉さん?」


 アイリスが苛立ったように語尾を上げる。


「ライア国務参与閣下だ、ルーク特捜軍士。無礼だぞ!」

「し、失礼しました」


 ルークは焦った。またやってしまった。しかもライアに関することで、アイリスが機嫌を損ねないかと不安になる。


「申し訳ございません」


 ルークは必死になって謝ったが、アイリスはそれ以上、咎めてはこなかった。


「……スライノア監獄の改修と受刑制度の見直しが、ライア国務参与が最初になされた仕事だった。改修の際に看守たちも入れ替わりになり、ここにいる連中はその時ライア国務参与に直々に指名された軍人だ。だから国務参与殿には頭があがらないのだろう」

「なるほど、そうだったんですか」


 ルークは姉の仕事ぶりはよく知らなかったが、はじめての政策が連邦の政治家たちに評価されて政権に関わるようになったのは聞いている。


「建物の改築と人員の整理以外に、ライア国務参与は受刑者に教育を施して看守の仕事を効率化した。おかげでスライノアは最低限の人員で管理することができ、それまで看守として働いていた軍人の多くが今は国境地帯で戦っている」


 あれほど否定していたライアの功績を、アイリスが詳しく知っていることにルークは驚いた。口ぶりは赤の他人を紹介するようではあったが。


「さすがアイリス少尉、御詳しいですね」

「ち、違う! 特捜軍人として中央政権にいる政治家の功績を評価するのは当たり前のことだ!」


 アイリスは少し早足になって、ルークから顔を隠した。ルークは振り返り、スライノア監獄の看守棟を眺める。


「おかげで今までのスライノアのイメージを大幅に刷新できたんですね。まさに連邦という超大国に相応しい監獄だと思います」


 しかしアイリスは感心したようにうなずくルークの言葉をばっさりと否定した。


「いや。外見が洗練され看守の仕事が効率化されても、ここが地獄には変わりない」


 アイリスはコンテナのように密閉された白い檻が、戦艦から監獄へ運ばれていくのを見た。あの中にオードラス・ジグスが捕まっている。


「さあ、行くぞ。こんな場所に長居する気はない」


 アイリスはそう言うと、戦艦のタラップを急いで登った。


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