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ランタンの下の汗と血

「なんてことだ……」


 リオンの知らせを聞いたリータは、岩の切れ目から覗く炭鉱の光景に絶句した。他の面々もすぐに駆けつける。チェクがリータに、


「何があったの?」


と尋ねた。するとリータは、


「……シオンとリト婆さんは見ないほうがいい」


とだけ言った。


「えっ、なんで?」


 シオンが驚いた顔をしてリオンを見た。リオンは大人ぶって首を振る。


「うん。シオンには早い」

「リオンだけずるい! それにシオンの方がお姉ちゃんなんだからね!」

「だったら見ればいいじゃん。夢に出てきても知らねーよ!」

「しっ、静かに」


 喧嘩する双子をチェクは注意した。彼女はそのまま切れ目を覗きこみ、驚きと憎悪に満ちた表情をした。


「許せないわ……」


 チェクはそう言うと、膨れっ面のシオンを呼び寄せ、岩陰から中を覗かせた。それを見て、リータが苦い顔をする。


「チェク、やめろ」

「連邦が何をしているかこの子たちに見せる。これも大切なことよ」

「きゃっ!」


 地獄のような光景にシオンは思わず目を背けた。チェクは彼女を抱きしめると、キーオーに言った。


「キーオー、あなたも見ておきなさい」

「わかりました」


 キーオーは固唾を飲んでから、切り目の中に目を向けた。オレンジ色のランタンの光の先に、恐ろしい光景が広がっていた。全身の毛を剃られた裸の男たちが、鉱物が載ったトロッコを数人で押している。彼らは声をあげることなく、ゆっくりと腰を落として均一に進んでいく。表情を失ったその姿は、まるでゾンビのようだった。


「ここって、まさか……」


 声にならないキーオーの推測を、シュライダが言葉にした。


「場所と使っている道具からして、スライノア監獄で間違いないな。あのトロッコは、連邦の炭鉱で使われている一般的な車両だ」

「やっぱり、そうなんですね」


 キーオーは目を落とした。叔父さんの告発は正しかったのだ。


「これまで見てきたどの強制収容所よりも酷い。ここには人間の尊厳がまるでない」


 ユーアも怒りをあらわにし、続けた。


「囚人たちの体はやせ細っている。おそらく死ぬまで働かせるつもりなのだろう。それに洗脳か何か、逃げないように細工をしている可能性が高い」


 その言葉にキーオーが反応した。そして独り言のように言った。


「かつてあるジャーナリストが、スライノア監獄での人権侵害について告発したことがあります。連邦軍はすぐに否定し、彼をデマの拡散者扱いしたんです。しかしこれで、そのジャーナリストが正しかったことが証明されました」

「その話、私も王都の情報屋から聞いたわ。あの時は正直、半信半疑だった。さすがの連邦でもそこまではしないだろうって思っていた」


 チェクが話に加わった。悔しそうな顔をして話を続ける。


「連邦にいたころに管理棟には何度か入ったことがあるけど、その先の囚人収容区画は特捜部ですら入れてもらえなかった。囚人は一度、檻の向こうへ入ったら、出所はおろか二度と面会もできない。まさか檻の向こうではこんな酷いことが繰り広げられていたなんて……。もっと早く知っていたら、ここに船なんか飛ばさなかったのに」


 自責の念に駆られているチェクをリータが慰めた。


「チェク、君は悪くない。悪いのはすべて、連邦だ」

「ありがとう、リータ。でも私が無意識のうちに連邦に加担してしまったのは事実よ。その埋め合わせはしなくてはならないと思っているわ」


 チェクの言葉は重かった。彼女がなぜ連邦から亡命してきたかはわからないが、拭い去ることのできない遺恨と連邦出身というアイデンティティの間で悩んでいるようだった。リータはチェクの肩に、優しく手を回して言った。


「それはチェクが一人でやることじゃない。埋め合わせはみんなでするし、俺たちだって戦いの中で後ろめたい罪はある。なにかあったら、みんなで協力して過去の罪を贖おうじゃないか。とにかく今は力をあわせて、故郷ジークへ帰ろう」

「そうね、わかったわ」


 チェクはリータが、何気なく自分を同郷人として扱ってくれたことが嬉しかった。

 二人がやりとりを続けている間、キーオーはずっと岩の切れ目を覗きながら叔父さんを探していた。話が途切れたのを見計らって、キーオーはチェクに尋ねる。


「ここに捕まっているのは重罪人だけじゃなく、反連邦的な思想の活動家やジークの捕虜も含まれているんですよね?」

「そう言われているわね」


 叔父さんが護送されたとしたら、もう檻のなかに移されたかもしれない。よくわからない非人道的な仕打ちを受ける前に助け出すことができれば、叔父さんは正気を保ったままアムチャットへ帰ることができるはずだ。


「囚人たちを何とかして助けられないでしょうか?」


 キーオーは切れ目から目を離して、そう言った。しかしリータは首を横に振る。


「俺もそうしたいが、残念ながらできない。連邦一大きな監獄だ。敷地面積も広いし、看守の数も多いだろう。手負いの俺たちがどうにかできるものではない。それよりも今は、全員でシェラル公国までたどり着くことのほうが大切だ」


 リータの言葉にシュライダも続いた。


「そうだ。スライノアにできるだけ近づくことなく、まずは地上に出るルートを探そう」


 シュライダはリータに地図を広げさせると、チェクにこう言った。


「チェク、安全な範囲で構わないからカメラでスライノア監獄の様子を撮影しておけ。ジークに帰ったら、全世界にこの事実を告発する」


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