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暗闇と悲しみの底

 ランタンの柔らかな光が、固い地底湖の岩壁に被さっていた。誰もがバリオの言葉を受け取ったが、誰も答えない。バリオはそのまま気息奄々とした様子で続けた。


「なあユーア。俺はもう助からねえんだろ? だったら潔く、別れの挨拶くらいさせてくれ……」


 ユーアはどう答えたらいいか分からず、黙り込んだ。するとリータとチェクが声を荒げて反論した。


「あきらめるなバリオ!」

「そうよ、まだきっと何とかなるわ!」


 しかしシュライダはそんな二人の言葉を遮った。


「二人とも止めろ! ……バリオの話を聞くんだ」


 断腸の思いだった。シュライダは隊長として、部下にとって最も良い選択をしてきたつもりだ。だが今回はバリオに別れの言葉を言わせることが最良の選択になるなんて。苦しい決断だったが、バリオは嬉しそうにお礼を言った。


「ありがとうございます。シュライダ大佐」


 そうして息も絶え絶えになりながら、黒いベストのポケットから小さなペンダントを取り出した。中には一枚の写真が入っており、長く使っているためかメッキは剥げている。バリオは震える手でチェクにそれを渡した。ペンダントの写真には、バリオと一緒に芝生の上で微笑む女性と少女の姿が収められている。


「ジークにいる妻と娘だ。妻は北部のキャスナル牧場で獣医として働いている。娘もそこで一緒に暮らしていて、今年3歳になったばかりだ。無茶なお願いだとは分かっているが、このペンダントと俺の遺骨を二人の元へ届けてやってくれないか……」


 チェクは涙を浮かべて、


「もちろんよ」


とバリオの手とペンダントを握った。


「ありがとう……。チェク、あんたは最高のパイロットだ。実はずっとチェクの操縦技術を尊敬していた。それにユーア、ケチらずに鎮痛剤を打ってくれてありがとう。こうして別れが言えるのも、あんたのおかげだ」

「当たり前だろ、なに言ってるんだ!」

「それからリータ、あんたがいなかったら俺はみんなとも出会えなかった。感謝している。シオンとリオン、これからのジークを頼むぞ。リト婆さんは……また近いうちにあの世で会おうな」

「馬鹿をいうんじゃないよ」

「バリオにいちゃん……」


 バリオの最期の言葉に、シオンとリオンはお互い抱き合って泣き始めた。リト婆さんが二人の頭を優しく撫でる。ライクンの死から僅か3日、再びやってくる仲間との別れだった。


「シュライダ大佐……。ご一緒できて光栄でした」

「俺もだ、バリオ。こんな不甲斐ない隊長についてきてくれて、ありがとう」


 シュライダはバリオの元へ駆け寄ると、そのまま握手を交わした。弱弱しくも、がっちりとした戦士の手のひらだった。


「どこまでもついて行きますよ。もしも来世で会えるのなら、また一緒に戦ってください……」


 悲しさを帯びたバリオの言葉に地底湖はまた暗い雰囲気に包まれた。しかしバリオは気丈にも場を和ませようと明るく振舞う。


「けっ、これじゃまるでべたべたの死に際じゃねえか。俺としたことが、もっとかっこよく戦場で散りたかったぜ……」


 そう言ったあと、バリオは胸の痛みから仰向けに体を広げた。そうして天井をみて、静かに呟いた。


「なあ、ライクン。お前はさぞ悔しかっただろうな。誰にも最期の挨拶ができず、いきなり死んじまったんだからよ。ライクン、あの世で会ったら、上手い飯でも食おう。それからお前ができなかった、ガキらしい遊びをいっぱいしよう。ジークはきっと良くなるよ。お前や俺や大佐たちが、命をかけて守ったんだから……」


 その言葉を最後に、バリオは息を引き取った。


☆☆☆


 仲間の死を悲しむだけの時間がある幸せをチェクは噛み締めていた。バリオの葬儀は略式で済まされ、ユーアが着火用の薬品をかけて燃やした。チェクはその間、バリオからもらったペンダントをずっと握りしめていた。


「相棒だったわ。私が操縦で緊張しているときも、おかしなことを言って場を和ませてくれた」


 チェクはバリオの遺体から遺骨を回収すると、リータとユーアで協力して遺体を地底湖に沈めた。バリオの亡骸がゆっくりと暗闇の底へ沈んでいく。


「さようなら、バリオ……」


 リータは手向けの意をこめてそう呟いた。キーオーは一連の様子を離れた場所から見つめていた。知らない人、しかも敵国であるジークの人間の死だったが、悲しい気持ちになった。葬儀を終えたシュライダがキーオーの隣に座る。


「俺たちが連邦の船を襲い、何人かが死んで、君も死にかけた。連邦の連中が反撃をして、俺たちは仲間を二人失った」


 それは繰り返される戦争のほんの一部分に過ぎなかった。淡々とした口調で言われると、まるで日誌か記録のようだ。しかしその中にいくつもの人の死と悲しみがある。


「なぜ、ジークの人々は戦うんですか?」


 アムチャットで育ったキーオーにはジークと連邦が戦争を続けるか、はっきりと聞いたことはなかった。連邦側の大義は世界中の国を統合し、国同士の争いをなくすために戦争をしている。なんとも皮肉な話だが、一方でジークの大義はよく分からない。そんなキーオーの疑問に、シュライダは地底湖に揺らぐ焔をみつめながら答えた。


「俺が生まれた頃には、もうすでに戦争は始まっていた。ジークが連邦への加入を拒んだのは、保守的なジーク人が他民族との共生を望まなかったためとも、連邦に加入して困窮している小国を助ける気がなかったためとも言われている。しかし実はどちらも違う。俺たちの親世代は、連邦の国家システムが大国や富裕層に優位な仕組みであることを見抜いていた。だからジークと未来ある子供たちを守るために、戦うことを選んだんだ」


 この人はラッセルと同じことを言っている。キーオーはそう思った。


「キーオー、俺たちは祖国を守るために戦っている。だがその次に、大きな野望がある」

「なんですか?」

「連邦を解体し、誰もが幸せに暮らせる世界をつくる。国境はあってもいい。しかし貧しい者たちが虐げられ、一部の者たちが得をする社会はあってはならない。連邦は悲しみで満ちている。貧しい子供たちは売られ、妾や奴隷になることが最高の幸せだと考えている。そんなことジークではありえない」


 シュライダの言っていることがキーオーにはよくわかった。そして露命の教えや叔父さんのことを思い出した。ジークの人たちは命をかけて戦っている。キーオーはどう生きるか、決断を迫られているような気がした。


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