キーオーの決断
ライクン、すなわちゴウロン号で自分たちを襲った若者の死を、キーオーはその時はじめて認識した。あんな強い人が死んだ? レーザー銃とはラッセルの持っていた発光石を使った銃のことだろうか。
「……そうだったんですか。すみません」
「いいさ。これが戦争だ」
小さく謝ったキーオーにシュライダはそう答えると、また静かにペパを食べ始めた。リータが話題を逸らすかのように言う。
「あの武器が実用化されれば、ジークは戦争に負けるでしょう」
「ああ、短銃ほどの小ささで大砲以上の威力だ。もしも大砲サイズになれば、ジークの長壁も壊されるかもしれない。まったく連邦の科学技術は凄まじいな……」
シュライダたちジークの面々は、ライクンを殺し、船を墜落させた光に、改めて戦意を喪失しかけていた。故郷に帰ることで頭がいっぱいだったが、帰ったところで連邦からジークを守れるかは分からない。するとキーオーが沈黙を破るように言った。
「レーザー銃って光を放つ銃のことですか?」
キーオーは発光石の光を実際に見たわけではなかったが、シュライダたちの話ぶりからその威力を察した。思えば、ソロンの言っていた『終末の光』とは発光石の光のことだったのだろう。
「そうだ」
シュライダは力ない声でキーオーの言葉を認めた。キーオーは小隊のみんなを見回して、彼らによく聞こえるように話はじめる。
「あの武器は連邦の科学の結晶なんかではありません。発光石という、光エネルギーを別のエネルギーに変える石を利用した、古代の銃を復活させただけなんです」
「古代の銃?」
キーオーは連邦にとって敵国であるジークのシュライダたちに、ラッセルから聞いた話をすべて伝えることに決めた。この人たちが今まで想像していたジーク人のイメージと大きく違ったのと、ラッセルが言っていた連邦の権力に対する反骨精神からだった。
微かなランタンの明かりの中で、キーオーはゴウロン号で聞いた話をシュライダたちにした。発光石は使い捨てで、イャス共和国でしか採れないこと。さらには石の輸出をめぐって、イャス共和国とラザール帝国が揉めていることまで語った。
しかしキーオーは、ザックの中にある発光石の結晶の話だけはしなかった。あれは連邦が血眼になって探しているものであり、いくらシュライダたちとはいえ、話せば狙われるかもしれないと思ったからだ。叔父さんともう一度会うまでは、手元に置いておきたい。そして叔父さんの話を聞いたあと、ジークのフクロー王に届けるかどうかは自分で決めたいと考えていた。
はじめて知る連邦の内情をジークの戦士たちは興味津々に聞いていた。やがてキーオーの話が終わると、リータが思い出したように言った。
「そういえばジークの長壁にもレーザー銃の壁画があったな。まさか昔の人たちの方が俺たちよりも進んでいたとは……」
嘆声にも似たリータの言葉をシュライダは遮る。
「先人は侮れんさ。ジークの長壁だって先人が建てたものだ。それよりもイャスとラザールが揉めていることの方が驚いた。危うく俺たちは何も知らないままイャスの要人を殺してしまうところだった」
シュライダにはキーオーが自分たちをかく乱させるために嘘を言っているようには見えなかった。だがリータは少し疑っていたようで、青い目の少年を見つめながら尋ねた。
「キーオー、君はこの話を誰から聞いたんだい?」
「イャス共和国のラッセル・ベロンドです。ゴウロン号で同じ部屋でした」
「ラッセル……。情報屋が言っていた要人の名前と同じだ」
驚愕するリータに、今度はチェクが口を挟む。
「でも情報屋はイャスとラザールが揉めているなんて一言も言ってなかった」
納得できていない様子のチェクにシュライダが言った。
「彼女だって連邦に住んでいるだけで、内情に精通しているわけじゃない。それにラッセルが同じ連邦領民のキーオーに嘘をつくメリットはない。よって、この話はまず事実とみて間違いないだろう」
シュライダはこの青髪の少年を助けたことが、思わぬ幸運への巡り合わせだと思った。これはチャンスだ。ジークのイャスと同盟を組めば、発光石の力で連邦を倒せるかもしれない。察しのいいリータやチェクたちも、そのことに気づいたはずだ。
シュライダはそこまで考えて、部下たちに目配せをした。ここから先の議論は、連邦領民のキーオー抜きで後日行ったほうがいいだろう。
そうしてちょうど沈黙が訪れたとき、バリオが目を覚ました。彼は起きてすぐに吐血し、小隊の間に緊張が走る。
「ゴホッゴホッ」
「バリオ!?」
「大丈夫か?」
チェクとユーアが急いで駆け寄った。
「うっ……苦しい」
「すぐ鎮痛剤を打つ。少しの間、我慢してくれ」
ユーアは注射器を取り出すと、バリオの腕を抑えた。バリオはチェクに背中を撫でられながら、二人に言った。
「くそっ、情けねえぜ。すまない」
「何言っているの。気にしないで」
「バリオ兄ちゃん……」
シオンとリオンは傷だらけのバリオを心配そうに見つめた。リト婆さんが二人の頭を撫でながら抱きしめる。
鎮静剤を打ったあと、ユーアは
「大佐、少しお時間いいですか? リータも来てくれ」
と言って、シュライダとリータを呼び出すと洞窟の岩陰に消えていった。キーオーは3人のやり取りに聞き耳を立てる。
「バリオは今、危険な状態です。本来は開腹手術が必要な状況です」
「まずいな。リータ、一番近い病院がある街までどれくらいある? そこが連邦領でも構わん」
「シェラル公国の街まで歩いて一日です。しかし洞窟を進んで、スライノア監獄の近くを通る必要があります」
スライノア監獄。聞いたことのある単語が出て、キーオーは驚いた。
「……別のルートはないか?」
「このままムバイル領を迂回するとなると、どうしても時間はかかります。しかもムバイル領民は我々を警戒しているはずなので、比較的開けているエリアを避けて進まなければいけません」
リータの言葉は小隊の面々を絶望へ包みこんでいった。すると突然、バリオが叫んだ。
「俺のことはもういいんだ!」
「駄目よ、バリオ!」
チェクが咄嗟に彼の胸を撫でる。
「チェク、それにみんな。俺の最期の願いを、聞いてくれないか……」




