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地底湖の畔

 鍾乳洞をしばらく歩くと小さな地底湖に出た。暗いその畔に微かな明かりが見える。チェクはそこを指さすとキーオーを連れて歩き始めた。


「私の仲間たちよ」


 明かりのまわりには3人が眠っていた。スキンヘッドの男と小柄な老婆がそれぞれの横に座り、彼らを寝かしつけている。寝ているのは幼い子供2人と包帯で覆われた傷だらけの男だった。


「チェク、無事だったか」


 スキンヘッドの男が立ち上がって言った。チェクは緊迫した表情で尋ねる。


「シュライダ大佐とリータは?」

「まだ戻らない。後ろの彼は?」

「ムバイル領民に殺されかけたところを助けたの。連邦の子よ」

「キーオーです」

「そうだったのか。僕はユーア。怪我はないかい?」

「はい。大丈夫です」


 チェクはキーオーを仲間たちの元へ迎え入れ、明るいランタンの近くに座らせた。


「キーオーはゴウロン号の乗客だったの」


 チェクの言葉を聞いたユーアは悔しさと申し訳なさから顔をしかめ、キーオーに言った。


「そうだったのか。本当に申し訳ないことをした。僕たちが責任をもって安全な連邦の街まで送ろう」

「ありがとうございます……」


 キーオーはユーアにお礼を言いながら、ミュートや叔父さんのことを考えていた。幼いガスマスクの少女は無事に王都へたどり着いたのだろうか。襲撃に遭わなければ今ごろ二人で王都に降りて、アバンチュール弁護士の事務所にいるはずだった。叔父さんの拘留もまもなく終わり、あと何日かでスライノア監獄に移される。キーオーの頭には様々な不安が巡ったが、どうすることもできなかった。とにかく今はジーク軍に助けられてここにいる運命を受けいれるしかない。


「顔に疲れが出ておる。ここまで、さぞ大変だったじゃろう」


 キーオーの悩みはリト婆さんに見抜かれていた。暖かい飲み物をいれたカップをキーオーに差し出してリト婆さんは続ける。


「わしはリト。ほれ、カリアの実のお茶じゃ。飲みなさい。身体が温まる」

「あ、ありがとうございます」


 その味は緊張で縮んだキーオーの血管をゆっくりと広げていった。このお婆さんも軍人なのだろうか。


「連邦のどこからきたんだい?」

「ゼ・ロマロです」

「そうかい、ゼ・ロマロかい。あそこはいい港だね。空気は澄んでいるし、魚はうまい。おまけに賑わしい」

「知っているんですか?」

「ええ、知っているとも。戦争がはじまるまではジーク人でも普通に行けたからね。あの頃はまだ珍しかった機械式時計を扱う店があって、そこ目当てによく通ったものさ。確か若い夫婦が店を切り盛りしておった」

「それってまさかバンクスさんのお店ですか?」

「そうじゃ。なぜ店主の名を?」


 キーオーの問いにリト婆さんは目を丸くした。


「俺の、育ての母みたいな人です。時計店はもう営業していませんけど」

「不思議なことがあるもんだねえ。二人は元気かね?」

「バンクス夫人は元気です」

「そうかい……。いつか戦争が終わったら彼女に会いたいのう」


 そう話すリト婆さんの顔は悲し気だった。バンクスの夫の死を悲しむ気持ちと終わらない戦争への思いが滲み出ている。キーオーは話題を変えようと思い、さっきから気になっていることを尋ねた。


「あの、みなさんも戦士なんですか?」


 みなさんとはリト婆さんと、その膝で眠る幼い姉弟のことだった。ジークは国民総動員で戦争をしている。アムチャットにいた時、母から聞いた話だ。


「とんでもない。わしらは戦場には行かんよ、みんなのサポートをしているだけじゃ。それも志願してな」


 幼い姉弟の頭を膝にのせ、リト婆さんは微笑んだ。


「この子たちはシオンとリオン。女の子がシオンで、男の子がリオン。双子の姉弟さ。今は寝ておるが、二人がいると賑やかなんじゃよ」


 シオンもリオンも安心しきったように眠っていた。その寝顔はここが戦場に近いことを忘れさせる。その寝息と地底湖の透き通るような静寂に誘われて、キーオーも少しずつ目蓋が重くなる。

 こうした安らぎの空間から少し離れたところで、チェクとユーアは薬草を石でせっせと潰していた。キーオーが聞き耳を立てると、どうやら仲間の一人が負傷したらしい。彼らがいつ帰ってきてもいいように、薬を準備しているらしかった。

 この人たちは今も戦っている。キーオーはさっき戦争が嘘のようだと思ったのが恥ずかしくなった。それにこの時間もまた、安らぎではないような気がしてくる。安らいではいけないような……。

そんな中、不意にリト婆さんの膝の上にいる女の子が目を覚ました。小さな手で眠そうに目蓋をこすっている。


「起きたかい、シオン」


 リト婆さんは優しくそう語りかけた。するとシオンはキーオーを見つめ、「だれ?」と言わんばかりの顔をする。キーオーはそんな彼女に微笑み返すと、シオンは


「お……、おうじさま……?」


とだけ言ってまた眠りについた。寝ぼけていたのだろう。あとでリト婆さんが言うには、キーオーの青い髪と瞳がジークの童話に出てくる王子様によく似ているらしい。

 キーオーはシオンから目をそらし、地底湖の暗闇を見つめながら思った


(俺は王子様なんかじゃない。助けられてばかりいる、弱い人間だ……)



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