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新たな出会い

 男はキーオーをムクヌンクから離れた岩陰に座らせると、膝立ちをしつつ彼の肩に手を載せて言った。銃声はまだ鳴り止まない。


「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」


 キーオーは咄嗟に答えた。深緑色の短髪に見覚えのある黒いベスト。やはりゴウロン号を襲ったジークの兵士だ。自分はジーク人と風貌が似ているため、間違えて助けられたに違いない。


「無事でよかった。俺はリータ・モリエステル。ジークの軍人だ。3日前の夜、任務が失敗してここに落下した。君はどうしてムバイルの領地に?」


 キーオーは真実を話そうか躊躇した。しかし自分がアムチャット出身で連邦育ちだと知れれば、ジークに何をされるか分からない。ジークがいかに恐ろしいのか、赤い目の男に身をもって教えられた。


「俺は……」


 キーオーが言葉を探していると、後ろから凛々しい女性の声が聞こえた。


「リータ! シュライダ大佐がやられたわ!」


 黒く長い髪をなびかせながら、その声の主がリータへと駆け寄る。


「なんだって?!」


 リータはキーオーから手を離すと、彼女の方を振り向いた。


「2、3か所矢で射られたみたい」

「わかった。俺が応援に行こう。悪いがチェク、この子を連れて行ってくれ。あとでリト婆さんたちのいる洞窟で落ち合おう」

「任せて」


 リータはチェクにキーオーを預けると、弾倉を交換してムクヌンクへと戻っていった。銃声とムバイルの男たちの叫び声は止まない。


「さあ、こっちよ」


 チェクはキーオーの肩を叩くと、後方を気にしながら付いて来るように促した。彼女の瞳は褐色で、浅黒い肌が太陽に輝いている。保守的で移民を受け入れない、ジークの人間には見えなかった。


「私はチェク・スーン。こんな見た目だけど、リータと同じジークの軍人よ」


 チェクは走りながら自己紹介をした。キーオーの目の前でポニーテールが左右に揺れている。


「あなた、名前は?」

「キーオーです」

「キーオーか、素敵な名前ね」


 銃声が次第に遠くなっていく。キーオーはジークのチェクに警戒しつつも、彼女に続いて走り続けた。

やがて茂みに飛び込むと、山の植物たちが体に触れた。チェクは道なき茂みに道を作り、キーオーの顔に草木たちが当たっては消えていく。そんな車窓のような目まぐるしい景色のなかに、キーオーは一瞬、熊のような生き物の姿を見つけた。あれがアーサの言っていたアステュンクなのだろうか。緑色の森林の中で茶色と黒の毛皮が際立っている。しかしそれが本当にアステュンクなのかどうかを確かめる術はなかった。アーサともう二度と会うこともないかもしれない。

 戦闘から離れ、緊張感がゆっくりと薄れていくなかで、キーオーはアーサのことを考えていた。彼女の健気で美しい姿が今も頭から離れない。そう思うと、遠のいていく銃声さえ惜しいものに感じられた。


☆☆☆


 しばらく走ったあと、チェクとキーオーは小さな洞窟の入り口にたどり着いた。この辺りにはムバイル領民が住処にしている洞窟だけでなく、自然にできた多数の地下空間が森の真下に広がっている。


「足元、気を付けて」


 チェクは軍用のヘッドライトを頭に巻くと、優しい声でそう言った。二人は暗闇が支配する洞窟の中へと足を踏み入れていく。内部は巨大な鍾乳洞になっており、奥に進むほど空間は広がっていった。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


 キーオーは歩きながら、チェクにそう言った。とりあえずお礼を言わなければならないと思ったからだ。前を歩いているチェクは振り返ることなく答える。


「いいのよ。私たち、こういうことには慣れているから」

「やっぱりそうなんですね……」


 キーオーは戦場慣れしているジークの軍人たちが恐ろしくなった。本当は彼の手錠を外したにも関わらずムバイルを攻撃したジークに怒りを覚えていたが、その感情は胸にとどめておくことにした。しかしチェクはそんなキーオーの胸の内を察したようだった。


「……どうしてムバイルの人たちを撃ったのか? そう言いたげね」

「そ、そんなことはないですけど」

「私たちが無抵抗な彼らを撃ったなんて誤解をしてほしくないから、はっきり言っておくわね。ムバイルの人たちはあなたを開放したあと、殺す気でいたの。長老の男が部下たちに弓を引くように指示をしたのを見たわ。それで居ても立ってもいられず、私たちは引き金をひいたのよ」

「そうだったんですか」


 キーオーはチェクが嘘を言っているようには思えなかった。おそらくソロンは『神の裁き』が上手くいかなかったことに納得がいかず、キーオーを殺そうとしたのだろう。

 ソロンの思惑にキーオーは戦慄を覚えた。ジークの人たちがいなかったら、自分は死んでいたはずだ。しかし同時に複雑な気持ちにもなった。自分はジーク人に似ているから理由もなく助けられただけだ。連邦やアムチャットの人間だと分かっていたなら、見捨てられていたに違いない。だがキーオーを待っていたのは、チェクの意外な言葉だった。


「あなた、連邦領民でしょ?」


 キーオーは驚き、返答に困った。チェクは続ける。


「分かるわよ。あなたが青い髪と瞳を持っていたとしても、着ているのは連邦の工場で大量生産された服だもの。それに国境を出たがらないジークの民間人がこんなところにいるはずなんてない」


 チェクの言葉にキーオーは観念し、真実を話す決意をした。


「そうです。俺はアムチャットで生まれ、ラザール帝国のゼ・ロマロで育ちました。王都へ向かっていた途中で、乗っていた定期船がジーク軍の襲撃に遭って俺だけムバイルの領地に落ちたんです」

「やっぱりあの船の乗客だったのね」

「俺はどうなるんですか? 捕虜ですか、それとも……」


 ゴウロン号での出来事を思い出して、キーオーは恐ろしくなった。殺されたり、ムバイルの領地へ戻されるかもしれない。するとチェクは足を止めて振り返り、キーオーの肩に両手をのせて言った。


「心配しないで、キーオー。あなたが見るからに連邦領民だったとしても、私たちはあなたを助けたと思うわ。確かに私たちジークと連邦は戦争をしているけれど、民間人まで戦争に巻き込むことはできない。それに私たちはあなたのような子供たちを腐敗した連邦社会から開放したいと思っているの。だから必ず、安全な街まで送り届けると約束するわ」


 はじめて見せたチェクの笑顔には、なぜかそれなりに説得力があった。キーオーは心の重荷がとれ、この人についていくことを決めた。


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