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神の裁き

 開けた土地に出ると、ソロンは男たちにキーオーを籠から降ろすように指示した。キーオーは乱暴な手つきで腕を掴まれると、手錠をかけられて強引に外へと連れ出された。アステュンクやムバイルの木々が描かれた祭祀の装飾が四方を取り囲み、目の前には人一人がギリギリ入るくらいの縦穴が口を開いている。これがムクヌンク(神の裁きの場)だろうか。

 ソロンは両腕を広げ、縦穴の中へ問いかけるように叫んだ


「偉大なるムバイルの神々よ。終末の光が放たれ、異分子たちが我が地に迷い込んだ。この者たちに裁きを!」


 キーオーはおどろおどろしい雰囲気に驚きながら、目の前の縦穴をじっと見つめた。半径は大人の腰回りほどあり、さほど大きくはない。しかし穴は垂直に開いているため、突き落とされれば真っ逆さまに落ちていくだろう。底は全くみえず、風を吸い込んでいる。

 ソロンが合図をすると、男たちは儀式の準備をはじめた。まず赤と青の塗料を自分たちの顔に塗りこむ。これは死を意味する赤と、生を意味する青であり『神の裁き』を行う時のユニフォームのようなものだ。ソロンを除く全員がこの色をまとうと、一人の男が縦穴へと近づいていった。男は松明を4本、縦穴を取り囲むようにして立てた。その炎は風に煽られ、まるで息を吸うように縦穴へ吸い寄せられている。


「松明の煙が貴様のほうへと流れれば、神が貴様をお認めになった証じゃ。逆にムクヌンク、縦穴へと流れれば、神は異分子として貴様を処刑せよと仰せになったことになる」


 ソロンの言葉にキーオーは戦慄を覚えた。この縦穴はおそらく温風穴のようなもので、地下空間との温度差により常に空気を吸い込んでいる。つまり今まで一度も煙が罪人のほうへ流れたことなどないはずだ。しかしソロンたちはそれを分かったうえで、形だけの『神の裁き』をしている。


「何が神の裁きだ! こんなの初めから結果が見えているじゃないか」

「何を言う! これは神の裁きじゃ。わしらは決して自分たちの手では殺生はせぬ。神が悪い命だとお認めになった時だけ、神に代わって処罰を下すのじゃ」


 ソロンは嫌味たらしくキーオーに反論した。そうやって神の裁きを利用して、逆らう者たちを何人も処刑してきたのだろう。キーオーは矛盾にまみれたソロンの考えを許せないと思った。


「さあ、神の裁きの時間じゃ……」


 ソロンが両手で三角形を作るムバイル伝統のお辞儀をすると、一瞬、炎の流れが止まった。全員が松明に注目し、煙の行方を見守る。やはり微妙にムクヌンクへと風が流れている。キーオーはそれを見て死を覚悟し、目を瞑って処刑の合図を待った。そしてソロンが笑みを浮かべ、男たちに処刑を下そうとしたとき、突然強い風が縦穴から外へと流れ、松明の煙がキーオーの顔を包み込んだ。


「なんだと?!」


 ソロンと男たちは驚き、ざわついた。キーオーは煙の中で目を開き、予想外の出来事に困惑した。


「こんなことはこれまでなかったぞ。神は本当にこやつを生かせと仰せになるのか……」


 ソロンは悔しそうにキーオーを睨んだあと、唸りをあげて考え込んだ。部下の男たちが長老からの命令を待つ。しばらくするとソロンは諦めたようにため息をつき、男たちにキーオーの拘束を解くよう指示を出した。


「……処刑は中止じゃ。はるばる遠方より来たこやつをもてなしてやれ」


 キーオーはその言葉に安堵し、一人の男によって手錠を外される。これでアーサにもまた会える。そう思った時だった。


「ソロン様! 危ない!」


 突然、銃声が響き、屈強な男がソロンを庇って蜂の巣になる。ムバイルの男たちは弓や剣を取りだし、不意の襲撃に慌てふためいた。ソロンは男の血を浴びながら、


「何事じゃ!!」


と叫んだ。しかしその声をかき消すような銃声が静かな森の中を穢していく。

 キーオーはうずくまり、地面を這うようにして縦穴から遠ざかった。ムバイルの男たちは戦闘体制もままならないまま、どこから飛んできているか分からない銃弾に倒れていく。ムクヌンクの周りは粉塵が巻き上がり、血が飛び散った。前も見えず、耳も爆音でやられそうだ。キーオーはいつ終わるかわからない戦闘から逃げるように這いだすと、いきなり腕をつかまれて粉塵から森の中へと助け出された。


「こっちだ! 走れ!」


 腕をつかんだ男はそう言ったが、キーオーには答える余裕などなかった。ムバイルの男たちとは違い、左胸に国旗のついた黒いベストを着ている。それに禍々しい武装と深緑色の短髪。すぐにキーオーはその正体がわかったが、その時は黙ってこの男についていくことしかできなかった。


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