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父と叔父

 それまで看過されてきた叔父さんの活動に、村の者たちが口を出しはじめたのは去年のことだ。その発端は叔父さんがジャーナリストとしてスクープした記事だった。連邦の「スライノア監獄」で行われている人権侵害について公表した内容が、連邦政府から「事実無根である」と訴えられたのである。

叔父さんの記事によると、スライノア監獄では罪人やジーク軍の捕虜を特殊な方法で洗脳し廃人に変えているらしい。幸い叔父さんが逮捕されることはなかったが、この事件を機に連邦の特別捜査軍部(通称:特捜部)から執拗なマークを受けるようになった。

 叔父さんの出自がアムチャットだと知られれば、村全体に危機が及ぶかもしれない。そう考えた両親は、去年の雨季に帰省した叔父さんを深夜に居間へ呼んだ。キーオーはその様子を自分の部屋からこっそり盗み聞きしていた。


「オードラス。お前のしていることは理解できなくもない。だが村のみんなには迷惑をかけないでくれ。頼む」

「じゃあ兄さんは虐げられている人たちを見殺しにしろというのか?!」

「仕方のないことだ。自分や家族、村の者たちの命がまず大事で。その次に彼らの命がある」

「そんなの間違ってる……」


 叔父さんは悔しそうに声を絞らせた。すると少しの沈黙の後、父が言った。


「お前の生き方を否定するつもりはない。しかし露命の教えを守れないのなら、この村に帰ってくる資格もない。悪いがお前と家族としての縁も切る。明日からは、もう私とお前は兄弟ではない」


 実の弟にこんなことを言うなんて、父も辛かったはずだ。それでも村人を守るための苦渋の決断だった。叔父さんは静かに


「わかった」


と言って家を出て行った。


 キーオーは叔父さんを追いかけて、夜のあぜ道を裸足で進んだ。村の出口に差し掛かったところで、叔父さんの影を見つける。


「叔父さん! いかないで!」

「キーオーか?」


 キーオーの声に気づき、叔父さんは足を止めた。


「父さんたちは反対するけれど、俺は叔父さんのやっていることは立派なことだと思う。父さんや母さんから縁を切られたとしても、俺はいつまでも叔父さんの甥っ子でいたい」

「ありがとうキーオー。そう言ってくれるのはお前だけだ」

「父さんだって本当は、叔父さんのことを」


 すると叔父さんはキーオーの言葉を遮って言った。


「いや、これでいいんだ。心のなかで突っかかっていた重荷を兄さんがとってくれた。これで心置きなく、仕事に向きあえる」


 少しばかり寂しい顔をして叔父さんは言った。叔父さんだって故郷のアムチャットを去るのは辛いはずだ。


「じゃあもうこの村には戻ってはこないの?」

「残念だがそのつもりだ。村のみんなも私が戻ることを望んではいない」

「そんなの嫌だ」

「キーオー……」

「だったら俺も叔父さんと一緒に行きたい!」


 誰にも言えなかった思いをはじめて叔父さんに打ち明けた。小さな村を出て世界中を見て回りたい。そんな好奇心がキーオーの胸には巡っていた。


「そうか。キーオーはいくつになった?」

「15歳」

「そうか。もうそんなに大きくなるのか。でもまだ学校があるな」

「だけどあと数か月で卒業だし……」


 叔父さんはキーオーが村のみんなとは違った思いを抱えていることを感じていた。凛々しくなった甥の姿を見て、叔父さんは話し始めた。


「わかった。だが、とりあえず今は一緒に行くことはできない。キーオーには学校をちゃんと卒業してほしい。その代わり来年の今日、黄昏(こうこん)の時(20時ごろ)に必ずお前を迎えにここへくる。その時は一緒に行こう」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。約束する」


 その時の叔父さんの顔をキーオーは一年間忘れたことはない。父と似た顔つきだが、風貌から目元に至るまで何もかも違っていた。叔父さんは聡明で精彩なのだ。

 キーオーはこんな村で一生暮らすより、この人と旅に出たいと心から思った。そうして一年が経ち、ついに叔父さんと約束した雨季の日を迎えた。

 キーオーは朝から叔父さんとの世界をめぐる旅のはじまりに胸を躍らせていた。しかしそれは同時に安全な故郷と決別し、露命なまま渦の中に飛び込むことを意味するとはこの時は知る由もなかった。



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