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墜落現場

 ジークの小船は3度の回転のあと、木々が生い茂る山肌に衝突し、小川の近くに墜落した。残骸は山の木々をなぎ倒し、機器からは煙が上がっている。チェクの操縦技術と山の木々のクッションが無ければ、小船は真っ逆さまに墜落し、全員が即死だっただろう。

 シュライダ、リータ、チェク、ユーア、それにシオンとリオン、リト婆さんはボロボロになった船の中で立ち上がり、お互いの無事を確かめ合った。シュライダは額から血を流していたし、他のみんなも所々外傷を負ってはいたが、かすり傷程度で済んだ。しかしバリオだけがうめき声をあげたまま、その場を動けずにいた。


「バリオ!!」


 チェクが真っ先に彼を見つけ、近くに駆け寄った。衛生兵のユーアもすぐに駆けつける。


「酷い傷だ! すぐに血を止めないと……」

「ああ、チェク、ユーア……。ちくしょう」


 ユーアが応急手当をしている間、バリオは掠れそうな声で唸った。チェクがバリオの手を握りながら言う。


「喋らないで!」


 バリオの脇腹には大きな傷ができ、そこから次々と血が溢れていた。さらに何か所か骨折もしているようだ。右舷の機関砲を任されたバリオは、発光石の光線を間近で受け、さらに船が右舷から墜落したために重傷を負ってしまった。ユーアは止血をすると、モルヒネを使いバリオを眠らせた。ユーアの迅速な処置のおかげで、ひとまず彼は一命をとりとめた。

 シュライダは心配そうな顔でユーアに尋ねた。


「バリオは助かるのか?」

「安静にしていれば2、3日は大丈夫です。しかしジークに戻ったらすぐに手術しないと、危険な状態ではあります」

「そうか。ありがとう」


 シュライダの一言には落胆と安堵が混じっていた。敵国の真ん中。しかもここは木々が生い茂り、山々が連なるシルーテル高原だ。バリオどころか、全員がジークへ帰ることができる保証なんてどこにもなかった。

 それでもシュライダは小隊のメンバー全員が墜落で死ななかったことに胸を撫でおろしていた。いや、全員ではないか。ここに出発のときに乗り込んだ、弟の姿がないのだから。

ライクンは死んだ。シュライダも他のメンバーも、少しずつではあったが、それぞれの中で彼が死んだという事実を理解していった。

 シュライダは早すぎる弟との別れを嘆いた。ライクンがいずれ連邦との戦争を終結させ、ジークに光を与えると信じていた。幼い頃から戦闘マシーンとして鍛え上げられ、10歳で戦場にでた神童。あまりにも中途半端で、あまりにもあっけない最期だった。

 リータやチェクは仲間を、シオンとリオンは兄を、リト婆さんは孫を想うようにライクンを想った。英雄の死としてではなく、仲間の死として悲しみがこみ上げる。はじめにリオンは膝から崩れ落ち、顔を伏せてすすり泣きはじめた。


「ううっ……ライクン兄ちゃん……」


 続けてシオンが立ったまま涙で濡れた両目を手で拭った。その涙は次第に小隊に伝播し、リータにチェク、ユーア、リト婆さんが次々と泣き始める。

 シュライダもついに涙を堪えきれず、表情を変えぬまま目を真っ赤に濡らした。その様子を部下に見せまいと必死だったが、やがて涙の量も増え、抑え切れなくなっていく。そんなシュライダの姿をリータたちも辛い思いで見つめていた。

 やがて言葉はなく、泣き声だけが船の亡骸に響いた。敵国の真ん中で涙を流し、目を瞑る。それがどれだけ危険なことなのか、誰もが十分理解していた。しかしこれはライクンへの弔いとしてやめるわけにはいかなかった。風と鼻をすする音しか聞こえない、流れの中での黙祷。そうしていつの間にか、風の流れさえも止まったようだった。


☆☆☆


 風が再び吹き始めたころ、シュライダは涙を拭い始めた。悲しみに暮れていても仕方がない。今は仲間たちと共に一刻も早く連邦領内から脱出しなければ。彼の決意に他のメンバーたちも呼応し、決心したように立ち上がる。

 通信機器は全て壊れてしまったため、ジークに助けを呼ぶことはできない。仮に通信できたとしてもここは連邦領のほぼ真ん中だ。ジークの国内から助けが来るなんてまずないだろう。地図を持つリータの元にバリオ以外の全員が集まった。みんなに見えるように地図を床に置いて、リータが話しはじめる。


「ジークははるか北だが、北に進んでも意味はない。ここも含めて全てラザール領だ。それならば南を目指そう。3日ほど歩いたところにシェラル公国との国境がある。シェラルも連邦だが小国だし、なによりジークのスパイが多い。ラザールよりはずっと安全だ」


 リータは地図を指さしながら言った。シェラル公国は『全海洋』(唯一の大洋)に面しており、この世の最果てにある国と言われている。彼らはイャスと同じく、大国3か国による連邦の独裁体制に不満を持っていた。そのためジークの協力者も多い。しかしそんなリータの提案にチェクが口を挟んだ。


「駄目、そのルートではスライノア監獄付近を通る必要がでてくる。連邦の中でも最も警備が厳しい地域よ」

「なんだと?!」


 リータは驚いた。スライノア監獄の位置は連邦内の最重要機密であり、地図に載っていないどころか、ほとんどの連邦領民がその場所を知らない。だが連邦特捜部出身のチェクにはその具体的な位置がわかっていた。確かにこの辺りには山岳地帯ばかりで何もない。なるほど、監獄を作るにはうってつけの場所だ。

 リータとチェクが悩んでいると、今度はシュライダが口を開いた。


「だったら一度、北にあるムバイルの領地へ迂回してみてはどうだろう。連邦領に囲まれてはいるが、中立のムバイル領には連邦軍も立ち入らないはずだ」

「それは名案ですね。それに中立のムバイルなら力になってくれるかもしれません」


 明るい表情になったリータをシュライダは一蹴した。


「まあ、そんなことはあり得ないけどな」


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