連邦の鬼と聖人
キーオーの手配書が連邦全土へと撒かれたのは、ちょうどゴウロン号が襲撃されたあとのことだった。アイリスとルークたち特捜部はゼ・ロマロから王都ラッツァルキアへ呼び戻され、約二日の旅路を終えて王都にある連邦軍総本部へと帰った。すぐにアイリスとルークは報告のために特捜部長官であるグランディオーゾ中将のもとへ向かう。
任務は失敗に終わった。発光石の結晶《神々の心臓》は取り返すことができず、手掛かりを握っている被疑者も逃がしてしまった。アイリスとルークの間にも気まずい空気が流れる。
冷たいコンクリートで作られた廊下を歩きながら、ルークはアイリスに言った。
「アイリス少尉。今回の失敗は私にも責任があります。アイリスさんの言う通り、少々手荒なことをしても被疑者を捕まえるべきでした」
アイリスはルークの言い方に子供時代のような優しさを感じた。
「いや。責任はすべて私にある。お前はただ黙って私の指示通りに動いたと言えばいい」
どんな思いを抱いていても、上官と部下には変わりはない。アイリスはそう決意すると、グランディオーゾ中将のいる特捜部長官室の扉を叩いた。
「アイリス・クリスマフラ少尉。ただいま戻りました」
アイリスとルークは姿勢を正し、椅子に座っている男に敬礼した。
「ご苦労だった……」
男は小さな声でそう言うと、手にとっていた資料を机の上に置いた。その声そのものが岩のように堅く、しゃがれていた。
「今回の失敗は私に全て責任があります。申し訳ございません」
アイリスは緊張を保ったまま、中将に謝罪した。鬼のグランディオーゾ。中将は特捜部の隊員たちからそう呼ばれている。顔中についた傷と眼帯に、痛んで重くなった長髪。その風貌のすべてが紛れもない歴戦の猛者の雰囲気を醸している。
「もはや一刻の猶予もなくなったな」
グランディオーゾは渋い顔をしてアイリスを睨んだ。すると彼の後ろにいた白い軍服の男がアイリスを擁護するように言った。
「仕方ないさ、グランディオーゾ。彼女だって全力を尽くした。さあ、次の手を考えよう」
男はグランディオーゾの前に回り込むと、アイリスとルークの前に立った。禿げかけた頭に、顔の半分を覆う髭。グランディオーゾと違う優しい声と風貌は、特捜部隊員から彼を聖者と呼ばせている。
「しかしエドカ。発光石の危険性はお前もよく分かっているはずだ」
「だからこそ、アイリス少尉の失敗を責めている時間はないだろう。特捜部全員で協力して、被疑者を捕まえなくては」
エドカ元帥。優しく軍人離れした見た目にも関わらず、彼は連邦軍の最高司令官を務めていた。特捜部は連邦軍の一組織にすぎないため、エドカの方がグランディオーゾよりも階級が上だ。しかしエドカとグランディオーゾは若い頃からの盟友であり、二人は同列の権限を持って連邦軍を動かしていた。
「分かっている。アイリス少尉には今後、発光石の捜査から外れてもらう。代わりにハロルド准尉を捜査指揮官とする」
「承知、いたしました……」
アイリスはグランディオーゾの決定を黙って受け入れた。すると後ろからルークが口を挟んだ。
「恐縮ですが中将、アイリス少尉は捜査に長けており、私も一番信頼しております。発光石を早く見つけるためにも、少尉を欠くことはできません」
「黙れ!!」
ルークの言葉を遮って、グランディオーゾ両腕を机に叩きつけた。ものすごい迫力だ。
「アイリス少尉。俺はお前が石を取り返せなかったことを責めているのではない! お前がオードラス・ジグスを逮捕した時に、アムチャットで仕出かしたことを責めているのだ。特捜部長官として看過できる問題ではない!」
アイリスはグランディオーゾの叱責に歯を食いしばった。アイリスにとっても切迫した中で、苦渋の決断だった。オードラス・ジグス以外の村民をすべて殺害するなんて。
「すまない、グランディオーゾ。その件は私が彼女に命令したんだ」
エドカが申し訳なそうな顔で、グランディオーゾに言った。確かにそれは事実だ。アイリスはエドカからの命令で村民を皆殺しにしたのだ。
「なんだと?!」
グランディオーゾは立ち上がり、エドカにつかみかかろうとした。しかしエドカは冷静に話を続けた。
「お前も知っての通り、ジーク軍との戦いで我が軍はかなり消耗している。それは国境地帯に古代文明の遺構である『ジークの長壁』があって、やつらはそれを盾にジーク王国への侵入に抵抗しているからだ。あの長壁はとても強固で、我が軍の火器をすべて跳ね返してしまう。私もお前も、戦場に出ていたころはよく苦しめられたな。しかし最新の調査でアムチャットと接しているジーク国境だけ、なぜか長壁がないことが分かった。つまりジーク攻略のために、アムチャットは連邦にとって必ず手に入れなければならなかったんだ」
「だからと言って、無抵抗な民間人を殺してもいい理由にはならん!」
「なるさ! 今までいったい何人の連邦軍兵士たちが戦場に散っていき、さらに今なお危険にさらされている兵士が何人いると思っているんだ。すでに8000万人近い兵士が、連邦の未来に命を捧げている。戦争が終わらなければ、その数はもっと増えるだろう。数百人のアムチャット人の命で連邦の若者たちが救われるのなら、それは尊い犠牲だ。致し方ない……」
エドカは悔しそうな顔をしてそう言い切った。国境地帯の惨状を二人はよく知っていた。だからこそエドカに対してグランディオーゾなにも言えなかった。
戦争に大義などありはしない。だが強いて言うならば、子供たちが平和に暮らせる未来へと変えるために戦っている。グランディオーゾはそう信じていた。連邦領民だけじゃない。ジーク人もアムチャット人の子供たちも、将来手を取り合って暮らせる世界にできたなら……。そう思うがゆえに、連邦領民の未来しか考えていないエドカの言葉に賛同はできなかった。
「エドカ、お前の言いたいことはわかった。だが特捜部の長官は俺だ。決定通りアイリス少尉には発光石の捜索任務からは外れてもらう。代わりにアイリス特捜少尉、それからルーク特捜軍士。お前たちに特別任務を与える」
アイリスとルークは任務発表に際し、再び姿勢を正した。
「罪人、オードラス・ジグスをスライノア監獄まで護送せよ」




