反撃開始
横になって氷嚢で火傷を冷やしていたシュライダに、もう一人の小隊の仲間、リト婆さんが駆け寄ってきた。
「チュウゴの葉で入れたお茶じゃ。痛みが少しは紛れる」
リト婆さんは水筒から小麦色の液体を取り出すと、シュライダに飲ませた。
「ありがとう、婆さん。美味しいよ。沁みるなあ」
シュライダは目を瞑ってお茶を味わい、痛みと不安を誤魔化した。火傷の治療をしていたユーアがリト婆さんにお礼を言う。
「チュウゴのお茶か、その発想はなかった。鎮痛剤を打つとどうしても眠くなってしまうから助かったよ。お婆ちゃん、ありがとう」
「なあに。こういう時は年寄りの知恵の方が役に立つってもんだ」
リト婆さんは得意気に笑ってみせた。白髪交じり頭に皺でくしゃくしゃの顔。優しい雰囲気のリト婆さんは小隊みんなにとって母のような存在だった。腰が曲がってはいるが機敏に動き、その姿は若い兵士たちと何も変わらない。
彼女とシュライダは10年以上の付き合いだった。かつてはジーク王国の宮殿で侍女として働いていたが、連邦との戦争で夫と子供たちを失い、60歳を過ぎたころリト婆さんは自ら兵隊に志願した。見るからに足手まといな老婆のことを、どの小隊長も採用したがらなかったがシュライダは違った。戦場じゃなくても活躍できる場所はいくらでもあると考えていたからだ。そうしてリト婆さんはシュライダの小隊に入隊し、シオン・リオン姉弟と同じくサポート役として働いている。だがサポート役以外にも、幼い姉弟の面倒をみたり、昔ながらの知恵を若い兵士たちに教えたり、彼女もまたこの小隊にとってかけがえのない存在になっていた。
「シュライダ、ライクンの坊主はどうした?」
リト婆さんも英雄の不在を不思議がった。しかしシュライダもユーアも顔を伏せたまま答えない。まさかよりにもよってライクンが帰ってこないとは。その事実だけが小隊の雰囲気を重くしていた。
☆☆☆
ユーアが小船へ無事に登ったのを見届けるとリータとバリオはライクンを迎えにいくべく、階段の方へと歩き出した。しかしその瞬間、再び『あの光』が放たれた。
「伏せろ!!」
リータは咄嗟にバリオをかばい、彼の身体に覆いかぶさった。真夜中とは思えない明るさがデッキを包み込む。光線はジークの小船をかすめ、小さな右翼の先端は跡形もなく消え去った。
「なに、なんなの?!」
ものすごい衝撃が小船に広がり、チェクは慌てて操縦桿を握った。船が上下左右に揺れ、中にいる仲間たちを混ぜ込む。体が小さく軽いシオンは、みんなが知らないうちに外に投げ出されそうになった。シュライダは咄嗟に目を開け、その瞬間をはっきりと見ていた。
「まずい! シオン!」
彼は痛みを押し切ってシオンの小さい体を受けとめ、船外に飛ぶのを防いだ。シュライダは床に倒れこみ、激痛から悲鳴をあげる。なんだ、今の攻撃は? 銃でも大砲でもない。
(ちっ、外したか!)
ラッセルは光線がジークの小船をかすめたことを悔しがった。暗い廊下を抜けてデッキに登り、船を見つけた瞬間に思わず撃ち抜いてしまった。発光石は黒焦げとなり、彼は新しい石を装填する。横にいた発光石の袋を持っている乗客が感嘆の声をあげた。
「すげえよ、旦那! これならジークの連中も人捻りだ!」
「いくらこちらの一発が強いからといって油断はできない。あいつらは銃を持っているんだ。くれぐれも気をつけるんだ」
ラッセルは調子に乗っている乗客を咎めた。彼と3人の乗客たちはジークの船を落とすべく、デッキへとやってきたのだ。ラッセルが試作品の銃を持ち、他の乗客たちは『弾』となる発光石を持っている。最悪、船は落とせなくても時間を稼げればいい。ラッセルはそう考えていた。
コックピットにはすでに操縦ができる乗客が向かい、電報で助けを呼んでいる。しばらくすれば連邦軍が救援にくる。小船のジーク軍はひとたまりもないはずだ。ラッセルは自身に満ち溢れ、闘争心を燃やしていた。
(キーオー、バスケス。お前たちの仇は俺が必ずとってやる!)
リータとバリオはラッセルが装填している間に、急いでロープを駆け上がった。相手がどんな武器を使っているか分からないが、衝撃の大きさから考えて携帯できる短機関銃の類ではないはずだ。それならば小船の機関砲を使うしか勝機はない。2人は物凄いスピードで小船まで登りきると、リータは傷だらけのシュライダに代わって小隊に指示を出した。
「チェク、急いで船を出せ!」
「わかったわ!」
「バリオ、右舷の機関砲を使え。俺は左舷の機関砲に入る!」
「了解!」
「ユーア、みんなを頼んだぞ!」
「かしこまりました!」
「さあ、反撃開始だ!」
船の中は緊迫感に包まれた。チェクはエンジンを全開にし、全速力でゴウロン号上空から撤退を試みる。しかし右翼の一部が欠けたせいか、操縦桿が驚くほど重い。
「くそっ! しっかりしなさいよ」
チェクはポニーテールをなびかせ、船と自分自身を鼓舞する。普段は凛々しい彼女も、腕に筋肉の筋が浮き上がり、歯を食いしばって顔が引きつらせる。
「上がれ!」
チェクの努力もあって、小船は右上方向にゆっくりと浮き上がる。このまま急旋回し、山岳地帯まで戻れれば連邦軍を撒くことができるはずだ。
(片翼だけでも連邦領空から抜け出してみせる!)
チェクの覚悟は船に安定した飛行をもたらし、リータとバリオは機関砲の準備を整えることができた。闇と霧に包まれたデッキに銃を構えるような人影が映る。ジークのエリート部隊と、最強の武器を手に入れた連邦の民間人。お互いが睨みをきかせながら、引き金を引くその瞬間を伺っていた。




