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戻らない英雄

「今の衝撃はなに?!」


 同じころ、コックピットでパイロットを眠らせて操縦を行っていたチェクとバリオも異変に気づいていた。チェクの問いかけに実戦経験豊富なバリオも首を傾げる。


「分からないねえ。凄い音だったけど爆弾とは違う感じだ」

「連邦軍に私たちの作戦がバレたのかしら?」

「いや、それはどうだろう。ずっとレーダーを見ていたけど、それらしいものはなかったし」

「特捜部はレーダーに映らないタイプの飛行機も開発しているって話よ。油断はできないわ」

「おお、そいつは初耳だ。まあ、とにかく真相を確かめるにも一度デッキに戻ったほうが良いんじゃないか? 作戦終了時刻も近づいているし、ライクンたちとも合流せねば」

「そうね、戻りましょ。あの子たちなら大佐の救出と要人の暗殺なんてとっくに終わっているころだろうし」


 チェクは操縦桿から手を離すと、手際よく右手側の機器を操作し自動操縦に切り替えた。もう山岳地帯を抜け、ゴウロン号は高原の上を飛んでいる。自動操縦でも問題はなさそうだ。


☆☆☆


 2人がデッキに向かうと、すでにシュライダ大佐とリータ、ユーアが撤退の準備を進めていた。シュライダはユーアの応急手当を終え、すでに一人で歩ける状態である。しかし体中傷だらけで、両足に巻いた血の付いた包帯が痛々しかった。


「ライクンは?」


 3人だけの並びに違和感を覚えたバリオが言った。


「まだだ」


 リータが少し心配そうな声で答えた。


「もうとっくにここにいると思っていたわ」


 チェクもライクンがデッキにいないことに驚いた。いつもは撤退場所にいち早く到着し、血まみれの刀を片手に立ち尽くしているはずである。


「私が探しに行くわ」


 そう言って剣を抜こうとしたチェクを、リータは制止した。


「チェク。君とユーアは駄目だ。君に船を操縦してもらわなければ、俺たちはジークには帰れない。ライクンのことは俺に任せてくれ。バリオ、一緒にこい。大佐たちを収容したら、ライクンを迎えにいく」

「オッケー」

「二人とも気をつけろ。頼んだぞ」


 シュライダは痛みに耐えながら、リータとバリオを激励した。小隊の誰もがライクンの無事を祈っていた。


「船が来たわ」


 チェクがそういうと、頭上に錆びた鉄板が再び現れた。ジーク軍の小船は、ちょうどゴウロン号の真上を並ぶようにして飛んでいる。すると船の腹の部分が開き、そこから1本ロープが下りてきた。

 ユーアはロープを引っ張り、強度に問題がないことを確認するとシュライダに手渡した。


「大佐、一人で登れそうですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 シュライダはそう言って両腕でロープを掴んだ。そして


「すまんな、みんな。先にいく」


と言い残し、怪我をしている足を使うことなく綱を登っていった。続けて衛生兵のユーアが、さらにパイロットのチェクが続く。

 小舟の内部はゴウロン号とは違って物で溢れ、狭苦しい印象を受けた。残っていた小隊のメンバーがシュライダの治療のため慌ただしく動いていた。

 残りのメンバーとは言っても、この小隊には3人しかいない。それもまだ10歳になったばかりの幼い双子の姉弟と、70歳近い老婆だ。双子の姉のほう、シオンは氷嚢を冷感作用のある『ルスウの実』で作りシュライダに手渡した。


「大佐、だいじょうぶ?」

「ああ。ありがとう、冷たくて気持ちいいよ」


 シュライダは船の床にそのまま座りこみ、火傷した右肩に氷嚢をあてた。すぐに上がってきたユーアが体を支えるようにしてシュライダに寄りそう。そして傷の状態を見ながら、シオンにこう言った。


「シオン、悪いがもう3つほど氷嚢を用意してくれないか? これなら重症にならずに済むかもしれない」

「わかった! すぐに持ってくるね」


 シオンはそういうと急いで倉庫へ駆けていった。ちょうどそのころチェクも小船へと上がり、コックピットへと向かった。操縦席には小さな頭が座っている。


「リオン、腕を上げたわね」


 チェクが少年の頭を撫でると、彼はすぐに操縦席を譲った。


「どう? うまかったでしょ」


 彼は得意気になって鼻をこすった。双子の弟のほう、リオンである。彼はチェクから操縦を教わり、簡単な飛行程度なら一人でできるようになっていた。チェクがゴウロン号いる間、この小船を動かし、撤退のために真上につけたのもリオンだった。


「うん、完璧だったわ。ここはもういいからシオンを手伝ってあげて」

「オッケー」


 リオンはシオンのいる倉庫へと氷嚢を作るために急いだ。この双子の姉弟はジークで孤児だったところをシュライダに拾われ、皆の手伝いとして働いている。

 透き通るような美しい銀髪を持ったこの姉弟を、シュライダはライクンと同じ目には遭わせたくなかった。しかしまだジークには孤児のための施設がなく、二人を育てるには戦場に出るしかない。そこでシュライダは、彼ら戦士ではなくサポート役として使うことを決めた。弟のように戦場で人殺しをさせたくはない。そんな強い決意を持っていた。

 さらに読み書きが出来なかった二人に、リータやチェク、ユーアなどが先生替わりになって勉強を教えた。二人はこのシュライダ小隊にとって、実の子供の様に慕われている。

 10歳。ライクンなら初陣を飾った頃であろうか。兄であるがゆえに、シュライダはライクンの苦悩をよく知っていた。連邦にとっては殺人マシーンかもしれないが、俺にとっては大切な弟だ。


「ライクン兄ちゃんは?」


 氷嚢を持ってきたリオンが不安そうにシュライダに尋ねた。シオンとリオンにとっても、ライクンは歳が近く兄のような存在だ。シュライダは首を横に振ると、


「これからリータたちが探しにいく」


と答えた。


「迷ったのかな」


 リオンは安心したようにそう言ったが、シュライダはそうは思えなかった。迷う? あんな狭い旅客船で、あのライクンが迷うなんてありえない。それに以前から、特捜部との戦いで何度も連邦の軍用艦には乗り込んでいる。一時の沈黙、いや正確には船のエンジン音だけが聞こえる時間が訪れた。

 小隊の誰もがライクンが帰ってこない理由を考えていた。しかし誰も、納得のいく答えを見つけることはできなかった。


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