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兄と弟

(そろそろ、チェクとバリオがコックピットを眠らせているころだろうか)


 リータは腕時計を確認しながら、ライクン、ユーアと共に2等客室の廊下を抜けていた。シュライダ大佐に次いで階級が高く、今年29歳になったリータは、隊長代理として若者たちが集うシュライダ小隊をまとめていた。痩せこけた頬に深緑色の短髪。そして黒縁の眼鏡をかけた顔つきは、まさに参謀と呼ぶにふさわしい。


「ここか」


 やがて3人は2等と3等の間にある客船らしからぬ空間に至った。椅子の上で眠りに耽っている軍人を、ライクンは音もなく始末する。


「見張りの制服さんだな」


 リータはすでに事切れている年配の連邦軍人を見て言った。ライクンは身軽な上に剣術が巧みだ。彼に殺された者は痛みなくあの世へ行けるだろう。

 看守の死体から鍵を奪い錆びた鉄の扉を一枚開けると、少し開けた空間があった。


「拷問部屋か?」


 リータがあたりを見渡すとさらに奥に檻があり、そこから人の息が聞こえてきた。そしてその息が次第に小さく枯れた声へと変わる。


「おせぇ……じゃ、ねえか……」


 声の主は苦しそうに顔をあげた。暗闇の中で赤い目が光る。その赤い髪の毛は固まり、所々白いふけが出ていた。さらに顔の半分をひげが多いつくし、頬には固まった血が付いている。


「兄さん、助けに来たよ!」


 ボロ切れのような服を着て、両手両足鎖でつながれた兄の姿を見て、ライクンは鉄格子の向こう側から声をあげた。隊長と部下ではなく兄と弟として。ライクンはシュライダを助けにきたのだ。


「ライクンか……」


 シュライダは少し笑みを浮かべて、ボロボロになりながら言った。


「兄さん、何をされたの?」


「電流にムチ打ち……、他にもあったがもう覚えていねえ。あいつら、俺が『神のなんとか』とかいう連邦の軍事兵器の盗難事件に関わっているんじゃないかと疑って、拷問にかけやがった。知らねえって何度も言っているのに、あいつらはやめなかったよ。お前たちが来てくれなきゃ、俺は死んでいたかもしれない」

「許せない……」


 ライクンは静かに怒りを爆発させた。ここまで痛々しい兄の姿は今まで見たことがない。すぐにリータとユーアが牢を開け、鎖からシュライダを開放する。


「酷い傷です。筋肉も痙攣している」


 傷だらけのシュライダを見て、ユーアが言った。彼は優秀な衛生兵でもある。


「なに、この程度。ジークの同胞たちが受けてきた仕打ちに比べれば……」


 シュライダは目を瞑り、立ち上がろうとした。しかし全身に激痛が走り、うまく立つことができない。


「しばらくはお休みになったほうがよろしいかと。船にいるシオンたちにすぐ氷を用意させます」


 ユーアはリータとともにシュライダの肩に手を回すと、二人がかりで彼を持ち上げた。


「すまない、お前たち。俺はいい部下を持ったな」

「何を言っているんですか。俺たちには大佐が必要です」


 申し訳そうにしているシュライダに対して、リータは笑顔でそう言った。彼にとって大佐は憧れであり、誇りのような存在なのだ。


「兄さんをこんな目に遭わせた奴らは今どこにいる?」


 ライクンは心の中で、憎しみの炎が燃え滾るのを感じていた。


「もうこの船にはいない。ゼ・ロマロで降りていった」


 シュライダの一言に、ライクンの中で怒りが爆発する。彼は剣を振り回すと、鉄格子や拷問器具を滅茶苦茶に破壊した。しかし、しなやかな剣裁きのためエンジン音より大きな音は出ていない。


「やめろ、ライクン……。また次の機会にその力をとっておくんだ」


 シュライダは怒りに任せて剣を振るう弟を諫めた。二人は20歳近く歳の離れた兄弟だったが、固い絆で結ばれている。

 ライクンが生まれた時、シュライダはすでに軍人だった。ほどなくして連邦軍の空爆で両親を失い、シュライダは幼い弟を戦場に連れていかざるを得なくなる。銃声をでんでん太鼓代わりに聞き、血と火薬の臭いの中で育ったライクンは、いつしか生粋の戦士へと成長していた。弟には敵を殺す際に迷いがない。それは彼が連邦の兵士たちを人間だとは思っていないからなのだろう。

 戦場で名をあげていくライクンと、順調に昇進していくシュライダ。いつしか二人はその功績と見た目から「ジークの赤い兄弟」と呼ばれるようになった。やがて連邦の特捜部は二人を恐れ、執拗にマークするようになる。戦場でも紅白の兵隊たちが二人に対して集中砲火を浴びせてくるようになった。

 シュライダが特捜部に捕まったのは、ジーク軍が連邦との国境付近の街に催涙ガスを撒いたときだ。彼は子供をおとりにした連邦軍の罠にはまり、捕虜となってしまった。ライクンは必死に兄を助けようとしたが、多勢に無勢だった。結局、シュライダは尋問のため、王都へ護送されることになる。

 ライクンとリータたちはシュライダを救出すべく奔走し、護送ルートを突き止めた。特捜部はカモフラージュのため軍艦ではなく、旅客用の定期便で囚人を護送していた。王都にいるスパイからの情報がなければ、ライクンはこうして兄を助けるチャンスにも恵まれなかっただろう。


「兄さん。俺は憎い。俺たちのすべてを奪おうとした連邦が憎い……」

「俺も同じさ。あいつらはどんな手を使ってでも、戦争を終わらせようとしている……。そういえば、イャスの要人は見つかったか? そいつが連邦の新兵器の開発に携わっている。王都にいる情報屋が言っていた」


 シュライダは痛みに耐えながらリータに尋ねた。


「まだです。おそらく一等客室にいるかと。あとでバリオたちに始末させます」

「一等? 奴は一等ではない。2等か、3等に乗っているはずだ。そこにある顧客名簿にイャスから一等に乗っている乗客はいない」


 シュライダは顎で死んだ看守が持っていた顧客名簿を指した。すぐにライクンが手にとり、パラパラと名簿をめくる。


「いた。3等、1100号室に三人」


 リータたちは驚いた。まさか連邦の要人ともあろう人間が3等客室とは。ライクンは続けて言った。


「バリオたちでは間に合わない、俺が行く」

「ライクン……」


 シュライダは何かを言おうとしたが、喉に血の混じったタンが絡み、言葉にならなかった。ライクンは兄の声に頷くと、背中から剣を抜いた。あの時、兄さんは何を言おうとしていたのか? これが最後の別れだとも知らず、ライクンは駆け出していた。


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