デッキの明かり
恐怖に震えたキーオーを落ち着かせたのは、綺麗な二つの月の姿だった。
ゴウロン号はゆっくりと、雲ひとつない星空の中を進む。今は大海を離れ、連邦の東と西を分ける山岳地帯の上空だろうか。山脈の山肌が近くにみえる。
息を思いっきり吸うと、冷たさが体中に広がった。船内とは違い、空気が澄んでいる。
ゴウロン号の両脇には、ゼ・ロマロ出発時にはいなかった護衛船が2隻飛んでいた。ゴウロン号よりはるかに小型の船で、コックピットと見張り台以外の光は消えている。このあたりの山岳地帯は人があまり住んでおらず、反連邦勢力がよく定期便を襲撃するとラッセルが言っていた。そのためこの山岳地帯の上空だけ連邦軍の護衛船が警護してくれるのだろう。
しばらくすると明るいほうの月「ルクルクシアル」が雲にかかってしまった。それにさすがに標高が高いこともあって寒い。それでキーオーがそろそろ部屋の帰ろうかと思った時、護衛船の見張り台の明かりが消えたのが分かった。「見張り」なのだから夜中付いていなければ不自然である。
(ん? どうしたんだろう?)
キーオーが疑問に思うと、今度は反対側の護衛船の光が消えた。その船のコックピットでは一人の男があわただしく動き回っている。なにかあったのだろうか。
そのときだった。一瞬、男の頭が激しく揺れ、人形のように崩れ落ちた。そしてコックピットの明かりが消えた。さらに同じタイミングで2隻目の護衛船のコックピットの明かりも消える。襲撃だろうか? キーオーは焦りながらも状況を整理した。とにかくゴウロン号の乗員に護衛船がやられたことを報告しなくては。
キーオーが階段に向かって走り出した瞬間、突然強い風が吹いた。彼は目を覆い、足を止める。すると空から何かが降り落ち、「スタッ」という静かな音が聞こえた。
(何の音だ?)
キーオーが不審に思ったのも束の間、今度はその音が連続して聞こえた。何かが降ってきた空を見上げると、そこには星が無く金属の壁が一面に広がっていた。ゴウロン号の真上に小型の船が飛んでいる。その船から奴らは降りてきたのだ。
やがてキーオーの瞳が暗さになれると、すでにデッキの上にいる奴らの姿をはっきりとみることができた。灰色の月明りに照らされたおぞましい4人の人間たちが、キーオーを取り囲んでいたのだ。
「民間人だ。殺すな」
一人の男がそう言った。全員が手に短機関銃を持ち、背中に剣をさしている。服装はまちまちだが、全員が同じ黒いベストを着ていた。その左胸には白と黒が混ざり合うジークの国旗がある。彼らが何者なのか、キーオーはアムチャットでよく知っていた。
(ジークの兵隊だ……!)
キーオーがそう思った刹那、目の前に男がもう一人、音もなく降りてきた。まるで猫のように着地すると立ち上がり、キーオーをにらみつける。その目は赤く獣のようだった。
(さっきと同じ眼!?)
キーオーが動くこともできずにいると、赤い目の男は静かに剣を抜いた。そして呟くようにキーオーに言った。
「民間人だったか。残念だ……」
おぞましい見た目でありながら、その声は優しく、少年のようであった。
「おっ、俺たちを殺すのか?」
キーオーは震える声で彼に尋ねた。
「安心しろ。この船の乗客で殺すのはたった一人だけだ」
赤い目はそう言い残すと、他の4人を連れて階段から船内に入っていった。キーオーは殺されるかもしれなかった恐怖で一度その場に座り込んだが、すぐに自分を奮い立たせて立ち上がった。
このままではこの船の人たちが危ない。ジークの兵隊たちをキーオーはよく知っている。あいつらは嘘もつくし残酷な作戦も使う。今の言葉はキーオーをデッキに置いておくための方便なのかもしれない。それにあの赤い目。あの目はさっき船内で見た「何か」の目と同じだった。
考えるよりも先に、キーオーの足は動き出していた。




