ルークの決意
アイリスとルークを乗せた4台の駆動車の車列は、キーオーのいるアルダ孤児院を目指して進んでいた。
「プロファイリングスタッフの報告によると被疑者は10代・男性。極北・極南地方出身の特徴的な髪色をしている模様。相手が子供だからって油断するなよ」
先頭車にいるアイリスは無線で後続の3台にそう伝えた。最近増えてきたとはいえ、ゼ・ロマロを含む連邦の内陸部で黒や茶色以外の髪色をみることはまだ珍しい。犯人は子供だしすぐに捕まえられるだろう。アイリスはそう確信した。
孤児院は海に面しており、逃走するには東西に伸びる道か、北側の山しかない。建物を包囲するように取り囲めば確実に逃げ場を塞ぐことができる。
『はい、少尉』
アイリスの命令に後続車の隊員たちはすぐに反応した。
運転しているアイリスの横で、ルークは地図を見ながら彼女のサポートを務めていた。いよいよ、孤児院が近づいてくる。彼は緊張を和らげるため深く息を吸いこんだ。悪になる覚悟。アイリスから言われた一言がまだ胸の奥にある。
「ルーク。これを渡しておく」
するとアイリスが胸から何かを取り出してルークに渡した。
「アイリス少尉、これって?!」
ずっしりとした重みと冷たい金属の感覚。それは紛れもなく短銃だった。
「被疑者が逃亡しようものなら迷わず撃て。士官学校で使い方は習っただろう」
「ですが……。相手はまだ子供ですよ」
「子供だから何だ? 国境地帯ではまだ15にもなっていないガキに千人以上殺されている。子供だと思うか敵だと思うかはお前の考え方次第だ」
「……わかりました」
ルークは先ほどのアイリスの話を思い出し、短銃を胸にしまった。アイリスはそれを見て少し落ち着いたような顔をして続けた。
「安心しろ、実弾は入っていない」
「えっ?」
「その見た目の方が被疑者は言うこと聞くからな。中には麻酔弾を入れてある。今回の任務は敵の殲滅ではなく被疑者の確保だ。ジグスが黙秘している以上、被疑者は裏で手を引いているはずの黒幕につながる重要な手掛かりになる。だから殺しはしない」
「なるほど」
「もちろん、殺す時には殺す。だが今回は違う。それだけだ。それと麻酔弾とはいえ絶対に外すなよ。逃がしたら今度こそ、その被疑者を撃たなきゃいけなくなる」
「わかっています。狙撃の腕は士官学校で一番でした。任せてください」
「それは知っている。期待しているぞ」
「はい!」
四輪車はスピードを上げて海岸沿いの道を進んでいく。途中でフードを被った少年と幼い少女の二人組が、車の横を通り過ぎていった。路肩からこちらを見つめる二人の顔はマントを深くかぶっていて伺えなかったが、不安そうな立ち姿だった。
貧しくも平和に暮らしているこの街に、自分たちのような軍人がくること自体が恐ろしいことなのだろう。ルークは素早く被疑者を確保し、すぐにこの街から立ち去る決意をした。それがゼ・ロマロや孤児院の子供たちを安心させられる一番の方法だと思ったからだ。
☆☆☆
孤児院を取り囲むようにして四輪車をとめると、アイリスは特捜部の兵士たちを車の間に配置させた。全員がスタンガンと麻酔銃を装備している。
車の音に気づいたバンクスが孤児院の扉を開けて現れた。
「何事でございますか?」
「連邦国直轄、特別捜査軍部。アイリス・クリスマフラ少尉である。貴殿が責任者か?」
「はい、バンクスでございます」
「キーオーという少年に会わせろ。連邦最高裁判所より捜査令状が出ている」
「申し訳ございません。キーオーはもうここにはおりませぬ」
「本当か?」
「はい。先ほどこの孤児院から卒業いたしました」
アイリスは仕草と口ぶりから、この養母が嘘をついていると直感した。
「そうか。念のため孤児院の中を調べてもいいか?」
「そ、それは……。特捜部閣下、大変申し訳ございませんが、小さな戦争孤児もおります。どうかお引き取りください」
「断る」
アイリスは迷うことなくバンクスの頼みを拒否すると、
「お前たち、調べろ」
と言って、銃を持った部下たちを孤児院に突入させた。突然の出来事に子供たちはパニックに陥り、鳴き声を上げる子もいた。ジャックだけが本物の特捜部に感動し、目を輝かせている。
大広間に突入したルークは、すぐさま子供たちにかくまわれている少年を発見した。連邦領民とは明らかに違う髪色。被疑者で間違いない。
「キーオーくんだね? 連邦国憲法違反および窃盗の疑いで君を逮捕する」
そう言うとルークは彼の両肩に手をかけた。




