乾季のはじまり
悲しみのなかにいたキーオーを勇気づけたのは、ミュートの成長だった。リスルが孤児院を離れ、キーオーが将来の希望を失っても、変わらず朝日は昇り続け、いつも通りの孤児院の一日がはじまる。
はじめは怯えて部屋に閉じこもっていたミュートが、3日経つころには大広間でみんなと一緒に食事ができるようになった。ただまだガスマスクが外せないらしく、食事の時は口元までマスクを上げ、器用にスプーンを口に運んでいる。催涙ガスに怯えているという悲しい経緯こそあるが、その光景はなんとも可愛らしいものだった。
キーオーは叔父さんからもらった石について、ドーソンに買い取ってもらわずに手元に置いておくことに決めた。あの石は叔父さんの形見みたいなものだ。それにいつか戦争が終わってジークへ自由に行けるようになれば、フクロー王に宝石を渡すことができるかもしれない。そうなれば叔父さんとの約束も果たせる。
そしてキーオーは、夢や目標が見つかるまで孤児院でバンクスやみんなのために生きることにした。アムチャットを離れてから悲劇しかなかった自分の人生に、幸せを与えてくれたのはここの人たちだ。だから少しでも恩返しがしたい。
孤児院に新しい仲間も増え、キーオーの生活が充実しはじめたころ、長い雨季が終わった。ゼ・ロマロの日差しは一層強くなる。乾季が始まろうとしていた。
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「オードラス・ジグス」
キーオーが再びその名を聞いたのは買い出しを任されて市場へ来ていた時だった。麻袋に青い宝石を入れ、今日は買い取りを断るためドーソンの店にも寄るつもりである。しかし聞きなれた叔父の名が、異国の地で声高に呼ばれているのを聞いて、キーオーはその場に足を止めた。
「号外、号外! 号外だよ! オードラス・ジグス、連邦最高裁判所にて最高刑が決定!」
そう叫びながら新聞売りの男は慌ただしく駆けていく。キーオーは彼が紙吹雪のように撒かれた号外を手にとると、そこに書かれている見出しの内容に驚愕した。
『オードラス・ジグス スライノア行きが決定』
それは紛れもなく死んだと思っていた叔父の名だった。さらに詳しく読み進めると、キーオーにとって衝撃の事実が明らかになった。
『ジグスは約半年前。連邦領、ラザール帝国飛地の御神陵に忍び込み、保管されていた《神々の心臓》の一部とされる宝石を盗みだした。《神々の心臓》は連邦の国防上、最も重要な『兵器遺構』であるが、現在でも盗まれた宝石は見つかっていない。ジグスは宝石のありかと侵入の目的について黙秘を続けており、昨日、最高裁判所にて終身労働刑の判決が下された』
『盗まれた宝石の特徴は深い青色、手のひらに乗るくらいの大きさで、どの鉱物とも似ていないという』
叔父さんは生きていた。しかし連邦軍に捕まり、犯罪者として終身刑にかけられようとしていた。そしてもう一つ、キーオーにとってとてつもなく重要な事実がわかった。彼が叔父さんから託されたこの青い宝石は、ただの石ではなく連邦の国防に関わる重大な兵器遺構の一部だったのだ。
キーオーは怖くなって、買い出しを終えるとすぐに孤児院に戻った。宝石は警察だけでなく、連邦一のエリート軍人集団である特別捜査軍部(通称:特捜部)が血眼になって探しているという。もし自分が宝石を持っているとバレたら、逮捕されて刑に処されるかもしれない。
連邦の人々のためには宝石を返したほうが良いのだろうか。あるいは叔父さんの頼み通り、ジークへ届けたほうが良いのだろうか。キーオーはわからなくなった。ただ一つ言えるのは、叔父さんが生きているのならもう一度彼に会いたいということだった。
ここが連邦だから犯罪者扱いされているだけで、叔父さんは正義を信じるジャーナリストだったはずだ。それならば宝石を守り抜いたほうがいいかもしれない。キーオーは再び、世界を揺るがす災厄の中へと足を踏み入れようとしていた。




