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アルダ孤児院

 キーオーの傷が治るまで、ジャックが面倒を見てくれた。彼は部屋に来るたびに孤児院のことをいろいろと教えてくれた。

 ここには12人の孤児がいて、バンクスと合わせて13人で暮らしている。月に2回ほど、遠くの街からお金持ちや軍人の一家がやって来て、孤児たちを「採用」するために視察にくる。その中で気に入られた子供は高いお金で買われて、使用人や妾となって豊かな暮らしを手に入れる。そしてそのお金でこの孤児院は成り立っているのだという。

 キーオーはその話を聞いて、子供をお金で買うなんて酷いことだと初めは思った。しかしジャックも他の孤児たちもお金で買われて孤児院を出て行くことを望んでいる。キーオーの思ったことは綺麗事で、そうでもしなければ孤児たちもバンクスも死んでしまうのだ。叔父さんが伝えたかった残酷な世界の現実がここにはある。


「僕もいつか軍人の養子になって、ルーク様みたいに特捜部に入るんだ」


 ジャックは目を輝かせて言った。


「ルーク様?」

「うん、僕の憧れのお方さ。ルーク様はラザール皇族でありながら連邦軍人になられた。それも一番難しい特捜部の試験を18歳で突破されたんだ」


 ジャックの話し方と、連邦軍人という言葉を聞いてキーオーははっとした。ここは連邦だったんだ。

叔父さんはゼ・ロマロという地名は教えても、それがどこの国なのかということは一度も教えてくれなかった。

 キーオーのすべてを一瞬で奪い取った連邦。キーオーはジャックに見えないようにシーツの中で拳を握りしめた。怒りと恐怖で体中の震えが止まらない。

 周り人間はすべて連邦民。もし自分がアムチャットの出身であることがばれたら、ジャックもバンクスも本性を現すかもしれない。


「そ、そうだったな。川に落ちた時に記憶が飛んでいたみたいだ」


 キーオーは頭を押さえながら、必死にジャックと話を合わせた。


☆☆☆


 夜、孤児院が寝静まるとキーオーはザックから宝石の入った麻袋と地図を取り出した。今自分がいるゼ・ロマロとアムチャット、ジーク王国の位置を確認する。


「おい、嘘だろ……」


 キーオーは地図を見て絶望した。ゼ・ロマロは連邦のほぼ真ん中、ジークはおろかアムチャットすら、はるか遠い彼方だった。道路も鉄道も航空便もなく、道なき道を歩いた先で戦闘が続く国境地帯を抜ける必要があった。

 唯一の希望だったジークへの道が絶たれ、キーオーは途方に暮れた。二つの月の明かりが無情に海上でただ揺れている。


 キーオーは急に眠れなくなって部屋から抜け出した。静まり返った廊下を踏みしめると床がきしんで小さな音がする。その音に混じって、屋上へと伸びる階段のほうから誰かの泣き声が聞こえてきた。

 不規則にすすりをあげて泣くその声は、どうやら女の子のようだった。キーオーは気になって階段から上を見上げると、踊り場で黒髪の少女が壁にもたれて座り込んでいた。暗くてよく見えないがキーオーと同じくらいの年にみえる。痩せてすらっとしていたが、なぜか彼女にセイルの姿が重なった。


「あの、どうかしたの?」


 少女は答えなかった。しかしキーオーは彼女が泣いている理由をなんとなく察した。

 今日の昼、遠くの街から貴族たちが視察にきた。彼らは何人かの少女を面接し、採用を決めたようだった。明日にはもう孤児院を出て、妾として働かなくてはならない。年頃の少女にとって知らない男性たちに買われるのは想像もつかないほど辛いはずだ。キーオーは何とかして彼女を助けたくなった。


「もしも辛いんだったら、断ってもいいんじゃないかな。あんな場所で働かなくても、生きていく方法はいくらでもある。俺の女の子の友達は野菜を育てて暮らしていた。身体を売らなくたって、幸せに生きられる道はある」

「うるさい!」


 キーオーの言葉を遮るようにして、少女は声を絞り上げた。


「あんたに何がわかるの……? 出てって、早く私の前から消えて!」


 キーオーの胸には少女の言葉が棘のようにささった。そしてキーオーは少女に言われたように何も言わずにひっそりと部屋に戻った。彼が去ったあとも、少女の泣く声が止むことはなかった。


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