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神陵にて

 オードラス・ジグスは急いでいた。両足が鉛のように重い。それでも強い意志と使命感を持って、暗闇の中を駆けていた。


(何としても、この発見だけは奴らの手に渡らないようにしなくては……)


 麻で出来た手提げ鞄の中で、「それ」は重々しく跳ねた。ジグスは大事そうに鞄を抱え込むと、目を凝らしながらゆっくりと足を止めた。色がにじむように視界が明るくなり、削り取られ黒い岩肌が顔を出す。予想通りだ、とジグスは安心した。

 ただ闇雲にここまで逃げてきたが、侵入した時と同じ道を引き返している。


「ガコンッ」


 不意にどこかで岩が転がる音がした。ジグスは足を止めていたので、その音がはっきりと聞こえた。これは足音だ。2人か、もしくは3人。追手で間違いないだろう。ジグスは息を殺して、ゆっくりとそのまま岩肌伝いに歩き出した。


「貴様、自分が何をしたか分かっているのか?!」


 今度は大きな声で、後ろから誰かが言った。追手の一人が足を止めて、ジグスを説得しようと試みていたのだ。この真っ暗な巨大遺跡で、一人の泥棒を捕らえることは不可能だと判断したのかもしれない。しかしジグスは声にかまうことなく、忍び足で歩き続けた。


「これは連邦への反逆だ! 貴様だけでなく、家族も全員死刑じゃすまないぞ!」


 返事がないとわかると、追手は語気を強めた。その声が少し震えているようにも思える。連邦最大の国家機密を警備している軍人だ。もし「それ」が泥棒に盗まれでもしたら、彼らも死刑は免れないだろう。だが、もちろんジグスは情に屈するつもりなどなかった。私にだって使命が託されている。


「馬鹿め、ここには出入り口が一つしかない。どこまで逃げたって、貴様は暗闇の中を彷徨うだけだ!!」


 追手の声は次第に遠く、そして弱くなっていった。まるで泣き言を並べるようにその後も何か言っていたが、距離が離れたこともあってよく分からなかった。ジグスは鞄を胸元でしっかりと抱え、岩壁の隙間を這うように進んだ。連邦の人間は気づいていないが、この遺跡には裏口がある。暗闇の中を大人一人がやっと通れるような狭い道だ。ジグスは必死の思いで這い歩き、前方に星のような微かな光を見つけると、ほっと胸を撫でおろして安堵した。

 あと少しだ。両脇には硬い岩盤があり、今にも押しつぶされそうである。前後に開いた僅かな隙間は風すらも通さない。屈強な体のジグスが、大きな手提げ鞄を抱えて通り抜けるにはあまりにも狭すぎる空間だった。もし何かの間違いで岩が崩れたら。あるいは体のどこかが引っかかって前に進めなくなってしまったら。ジグスはこの狭い隙間に永遠に閉じ込められてしまうだろう。

 そんな恐怖に襲われながら前に進んでいたジグスに、ふと「それでもいいのかもしれない」という考えがよぎった。


(こんなもの、ここで私と共に永遠の眠りについてしまえばいいのだ)


 今、胸の中に抱えている「重み」は、やがて世界の形を大きく変えることになる危険な産物だ。ならば連邦なんぞの手に渡る前にいっそ私の手で……。

 しかしそこまで考えて、ジグスは得策ではないと首を小さく振った。


(駄目だ。「これ」がなければ、どのみち私たちは戦争に負ける。それに故郷に帰らなくては……大切な約束がある)


 ジグスの脳裏には、たった一人の肉親である甥のキーオーの顔が浮かんでいた。淡い青髪に、父譲りの紺碧の瞳。目鼻立ちを際立たせる骨格は、柔和にほほ笑んでもなお、凛々しさが残る。彼は本当にいい青年に育ってくれた。将来のアムチャットを背負って立つ彼のために、自分がこんなところで死ぬわけにいかない。


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