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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR05 引波紫兎
9/47

PR05


 黒スーツの男たちが京都の鴨宮家を訪問してから、新しい年が明けた冬空の1月。

 政府筋は、鴨宮家の仲介で引波紫兎との会談を取り付けた。


 その日を待つまで、政府筋は独自に引波紫兎なる人物を調査した。その結果、その少女がとんでもなく政府筋の身近にいたことが分かり。関係者は呆気にとられた。


 数ヶ月前の記者会見で公けにされた公安部特務0課の設立。その実務計画に向けて、司令長官の選定に入っていた時期だった。

 水面下で、鴨宮はしらにその役職を依頼していたのだが。当の鴨宮はしらは、現場から退(しりぞ)き隠居する、という理由でその(オファー)を辞退した。


 代わりの候補として数名の名が挙がっていたその中の筆頭に、引波五郎という人物がいたのだが…

 そう、引波紫兎は、なんと、その引波五郎のひとり娘だったのだ。ただし引波五郎には婚姻歴がなく、独身だったので。正確に言えば、引波紫兎は養子ということになる。


 結局のところ、鴨宮はしらに一杯食わされた感もあったのだが。それなら話は早い、ということで引波五郎もこの会談に同席する運びとなった。


 会談がセッティングされたのは、東京都内のとある高層ビル。

 その展望素晴らしい高層階の一室の、大きな楕円テーブルの片側に。鴨宮はしら、鴨宮あずき、引波五郎、そして引波紫兎が案内されて、政府側の入室を待っていた。それぞれ和装、スーツ、プリーツスカートの制服と、正装には違いないがてんでばらばらの格好だったりする。


 お茶とジュースを運んできた秘書官らしき女性が、「少しお待ち願います」と退室すると。

 席を立った紫兎が、「ふーん……」と物珍しそうにキョロキョロしながら部屋の中をウロウロし出した。


「こら、紫兎。勝手に動き回るな」

 五郎が注意するのだが。


「見て見て、五郎ちゃん。この壺すごく高そう…本物かな…?」

 スルーして、部屋の奥に飾られていた白磁な壺をジロジロと眺め始める。


「なあ、あずきちゃん。なんで俺もここにおるんやろ?」

 鴨宮の重鎮がここでも和装で腕を組む。


「何言うてんねん、保護者やから一緒に行く言うたの、おとんやろ」


「いや、俺は紫兎ちゃんと一緒にアキバに繰り出したかっただけなんやけど」


「ちょっ…キモイわ。おっさんのくせにオタク丸出しなこと言わんといてや」


 紫兎が会話に割り込む。

「ふふっ、はしらおじさんの推しフィギュアリストから、最適なお店をいくつかピックアップしてありますよ」


「推しフィギュアリストって何や、いつの間に…」


「おお、さすが紫兎ちゃん、仕事が早い。おおきに」


「何が、おおきに、や……はぁー…疲れるし…」


 コンコンとドアノックされ、五郎がスッと席を立った。

 合わせて席を立つあずき。

 重鎮はデンと腕組み座ったままで、紫兎はウロウロしていたので立ったままだ。

 

 開いた扉から4人の政府役人がぞろぞろ入ってきた。

 先月、鴨宮家を訪れた黒スーツの二人もいたが、あずきが先ず驚いたのは、二條(にじょう)いちみがそのメンバーの中にいたことだった。


「よっ、あずき、久し振り」

「いちみさん…」


 京都の元御子だった二條いちみは、およそ2年前、あずきが御子に覚醒したばかりの時に一緒に、鬼魔ノ衆と戦ったこともあった。

 言わば先輩後輩である。

 東京に出て公務員になったと聞いていたが、まさかここで顔を合わせるとは思ってもいなかった。


 一方、五郎は、政府側に国務次官がいたので驚きとともに、反射的に敬礼をした。

 当時、五郎は国防省管轄の情報部に所属していたのでなおさらだった。


「松本です。本日は御足労頂き、ありがとうございます」

 開口したのは、その松本国務次官だった。


「いえ、とんでもございません」

 ピンと背筋を張ったままで五郎が返す。


「まあ、そう固くならずに、引波さん。ああ、鴨宮さんも、お久し振りです」


「国務次官とは、えらく出世したもんやな」

 重鎮は席についたままで腕組を崩さない。


「そういう鴨宮さんもお元気そうで。本日わざわざ出向いて頂いたということは、特0の司令長官の席を引き受けて頂ける、ということですか?」


「それは前に断ったやろ。もう隠居の身やし。今日はただの保護者や」


 松本は、鴨宮あずきに向き、手を差し出す。

「こんにちは、あずきちゃん。よちよち歩きだったのがこんなに大きくなられて…現役の御子さんにお会いできるとは光栄ですな」


「はぁ…こんにちは」

 ピンとこない表情で、あずきは、その大きな手を握り返した。

 なんや。おとんの知り合いやったんか…


 次に、松本は五郎に向き直る。

「実はその司令長官を。引波さん、あなたにやって頂くことになりそうだ」


「えっ?私が…ですか?…しかし、私は、はしらさんほどに鬼魔ノ衆(きまのす)に精通しておりませんが」


「特務情報部での経験もあり、各方面の機関に顔の利くあなたにならお任せできるかと。それに、鬼魔ノ衆と御子のことを独自に調査されておるようだし、実際に遭遇されたことがある、とも…」


「そ…それは、そうですが…」

 確かに過去二度、引波五郎は、鬼魔ノ衆に遭遇したことがある。

 松本がそんなことまで知っていることに驚きが隠せなかった。


「近々、正式な辞令が出る」


「はあ…まあ、そういうことでしたら」

 正直なところ、この日は、鴨宮はしら同様、紫兎の保護者として出向いただけのつもりだった。

 突然、特0の司令長官と言われても実感が湧かない。


「なに、心配はご無用だ。サポートの副官には、こちらの二條いちみくんが()く。すでにご存知かも知れぬが、現在は特0の課長で、以前は京都二條家の御子さんだった方だ」


 鬼魔ノ衆との実戦経験のある元御子が副官ともなれば、確かに心強い。

 それに…若くて、美人だ…

 黒いタイトスカートスーツに胸の大きさを主張してくる白いブラウス。ストレートな黒髪の似合う京美人を前に、五郎は少しばかり心が踊った。


 そんな下心が顔に出ないよう気を引き締めながら、五郎は、いちみに歩み寄る。

「引波です。お噂はかねがね、(よろ)しく」

「二條いちみです。こちらこそ宜しくお願いします。引波司令」


 五郎といちみが握手を交わしたところで、松本は、五郎の後ろの少女に目を向けた。

「…で、こちらのお嬢さんが?」

「娘の紫兎です」


「松本です。こんにちは」

 差し出された手に目もくれず。

 紫兎は「ふーん…」と、鼻の下をのばした五郎の横顔をニヤニヤと覗き込んでいた。


「おい…紫兎…」


「…ぁ…失礼しました!引波紫兎と申します!五郎ちゃんをよろしくお願いします!」

 真似をして敬礼をする紫兎に、五郎は、「はぁっ…」と疲れた嘆息を()らした。


 その横で鴨宮あずきは、可笑しくて吹き出しそうになっている。


「ははっ、面白いお嬢さんだ。まあ、お気楽にして席にお掛け下さい」


 促されて席についた面々に、松本が前置く。

「では、まず始めに。今からお話することは国防に関わる重要機密ですので、決して関係者以外に口外しないことをお約束願います」


 松本、つまり政府側からの話を要約すると。

 公的に設立されたばかりの公安部特務0課を本格始動するにあたり、その司令長官に引波五郎を、副官に二條いちみを任命。

 特務0課の実働部隊は主に結界師で構成され、実弾装備の部隊もそのサポートに加わる。そこに全国の御子を主戦力として加えたい。

 と、いうのが政府筋の思惑だった。


「…そこで、すでに全国の御子と交流のある紫兎さんに、その橋渡しのご協力をお願いしたいと考えたのが、本日わざわざ御足労願った次第です。いかがでしょうか?」


 先に、五郎が口を開いた。

「しかし、鬼魔ノ衆を浄化する能力を持つ御子といえども、ご承知かと思いますが、普段は未成年の少女ばかりです。それを国防に関わる仕事に就かせてもよろしいのでしょうか?それに、彼女たちの意思もあります」

 五郎は、紫兎を通じて既に幾人かの御子と面識があった。


「なるほど…では、紫兎さんは、どう思われます?」

 

 オレンジジュースを飲み切って、ストローでズズッっ音を立てた紫兎に、一同の視線が集まった。


「おい…紫兎……」

 小声で、五郎が肘で小突く。

「んっ?…わたしより、現役の御子さんとして、あずきちゃん、どー思う?」


「せやなぁ…ウチら御子は、もともとそれぞれの地脈のご加護を受け、生まれ育った大切な地を鬼魔ノ衆から護るためにおるんです。地元が最優先なんです。ウチの場合それが京都ということになります…」

 うんうんと頷く政府の顔触れにあずきが続ける。

「…せやから、その大前提が崩れるような任務や命令には、従うことができしまへん、ちゅうことです」


「なるほど…では、御子さんからのご協力は得られない。そういうことですか?」


「そうは言うてまへん。あー、もう、紫兎ちゃん、助けてや。早うアレ出し」


「ふふっ、あずきちゃん、ごめんごめん」

 紫兎は、リュックからガサゴソと紙の束を取り出し、テーブルの上に置いた。


「それは?」


「はい、これはですね。昨日、御子さんたちと話し合って作った企画書?みたいなものです。どうぞお目通し下さい…あと、ジュースお代わり欲しいな…」


 ざっと50ページほどのA4サイズの紙の束が1部。

 表紙に『MFC(仮)からの提案書』とプリント文字で打ってあった。


 こんなものいつの間に…

 五郎は、紫兎から何も聞いていなかった。

 鴨宮はしらに視線で訊いてみたが、重鎮も、知らない、と首を横に振った。


「ふむ…MFCとは?」

 松本が尋ねる。


「マジカル・フレンズ・チャンネルの頭文字です。御子ネットワーク、あるいはコミュニティとでも言えば分かりやすいかも」


 紫兎の前に、オレンジジュースのお代わりが運ばれてきた。


「失礼…」と松本が紙の束に手を伸ばし、表紙をめくり始めた。

 政府側が顔を寄せてページをめくっていきながら、時折、(うな)り声をあげ。チラッ…チラッ…と紫兎に視線を走らせる。


 五郎が紫兎の耳に顔を寄せ、ひそひそと小言を吹き込む。

「…おい、紫兎……あんなものいつの間に作ったんだ。聞いてないぞ」


「ふふっ、ごめん、言ってなかったっけ?」


 松本たちは信じられない面持(おもも)ちで、『MFC(仮)からの提案書』の内容に目を走らせていた。


 最後のページに差し掛かったところを見計らって、紫兎が口を開く。

「つまり、御子さんは、お国のどの機関にも部隊にも束縛・拘束されず、相互支援という形式をとるのがいいのではないか、と考えます…」


 先ほどからの無邪気さと打って変って、堂々とした大人のような語り口調だった。


「…雇用契約は、労働法規や政教分離の観点からもよろしくないか、と……もちろん双方に機密保持の義務は生じますけどね。

 まだまだ未知の部分が多い鬼魔ノ衆です。今後この国にどんな災厄が降りかかるのか、誰にも分かりません。そして現在、これほどの数の御子さんが全国各地で覚醒していること自体が異常…と、鴨宮のおじさんからも聞いてます。つまり、近い将来起こり得る危機は、御子さんの数に比例するのではないかと考えられ、わたし自身もそう予感しています。ですので、現時点では、その提案書に沿って対処するのが良いのでは、と考え…」


「ちょ!…ちょっと、待ってくれ。これを全部?…紫兎さん、あなたが(まと)めたのですか?」


「はい。そうですけど?」


「昨日…たった一日で?」


「はい。正確には、昨夜、一晩ですけど」


 昨夜?…と、五郎は思い返した。

 昨日の夕方、鴨宮はしらとあずきは、引波家にやってきて前泊していた。

 五郎とはしらは酒を酌み交わし。下らない大人の話で盛り上がった後、早々に(いびき)をかきながら寝てしまっていた。

 そう言えば、夜中にトイレに行った時に、紫兎の部屋からあずきちゃんとの話し声が聞こえていたな…


 政府側は、再び最初から紙のページをパラパラと(めく)りながら「むぅぅぅ……」と唸り声を上げた。


 『MFC(仮)からの提案書』には、政府側が把握していなかった、そして喉から手が出るほど欲しがっていた情報までも記載されていた。

 ここ近年の鬼魔ノ衆の発生件数とその分布。鬼魔ノ衆のタイプとその対処方法。さらに各地の御子の守備範囲の分布図までも、実名ではなくナンバリングされてはいたが、図解でこれ以上ないほど分かりやすく説明されていた。


 51だと…!御子はそんなに覚醒しているのか…

 

 さらに、政府と相互支援した場合の利点や問題点。これからの課題と対処方法に至るまで簡潔にわかりやすく言及(げんきゅう)されていた。

 驚くことに、その中には、政府側しか知らない機密情報も含まれていた。

 最終的にそれらを総合的に分析した結果、相互支援という結論までの道筋が立てられている。


 これを…

 目の前の小柄な少女が、一日、いや、たった一晩で作成したとは、彼らにはとうてい信じられなかった。

 松本は、バックに手を貸す人物がいるに違いない、と疑ってかかり。引波五郎と、そして、鴨宮はしらに視線を飛ばした。

 が、双方とも横に首を振る。


「ぁ…あの…いくつか質問させてもらいますが、(よろ)しいですか?」


「いいですよ」


「紫兎さん、あなたはこの情報を、どこで、どのように手に入れられたのですか?」


「どの情報ですか?」


鬼魔ノ衆(キマノス)と御子に関する部分です。こんなに詳しく…」


「それ、ほんの一部ですけど…今は、お答えできません」


 きっぱりと言い放つ少女に、政府側の大人たちは豆鉄砲を食らったようにキョトンとした。


「…ぁ…で…では、この我々に関する情報は?…これはまだ機密事項扱いのはず」


「それも、今は、お答えできません。でもそれが事実だと、たった今、認められましたね。ふふっ」


「…ぁ……」

 してやられた…

 松本がそんな顔を見せた。


 鴨宮あずきは口元を、ふっ…と緩める。

 16歳の女子高生に翻弄されるお国の役人たちを見て、なんとなく痛快な気分だった。


 昨夜、紫兎からこの提案書の原案を見せられた時は、あずきも驚いた。

 もっと驚いたのは、今、目の前にいるお役人たちが言ってきた事が、昨夜、紫兎が予想した通りの内容だったこと。

 きっと、お国の大人たちは、お役人はこう考えてる。だから御子の皆んなは、それに利用されないようにしなければならない、と。

 そうかと言って、ただ大人たちを拒絶するだけでは、御子の存在もつらくなる一方。だから、御子と国、お互いが力を合わせられる環境が必要なの、と。


 そしてその根拠には。この先、近い将来、個々の御子では太刀打ちできない、あの禍抓(まがつ)のような強大な鬼魔ノ衆が、これまで以上に多く現れるはず、とも。


 全国の御子たちと、LINEとMCリングを併用して夜遅くまで語り合った。

 いつの間にか、部活の部長が選出されるみたいに、紫兎が御子たちの中心になっていた。大人たちと対等に渡り合えるのは、紫兎しかいない、と皆が認めた。


「…でも、わたし御子じゃないし……」

「何言うてはるんや。紫兎ちゃんも御子みたいなもんや。ウチらは紫兎ちゃんにお願いしたいんや」

「みんながそう言ってくれるなら。うん、がんばる」

 そう嬉しそうに、紫兎は微笑んだ。


 こ…これは……相手が子供だと思っていると、足元をすくわれるぞ…

 松本は、ゴホンと一つ咳払(せきばら)いをしてスイッチを切り替えた。

「今は…と強調されましたが、では、いつなら?」


「あなた方が、国と御子との相互支援関係を認めて下さるなら」


「なるほど…では、契約書は必要ですか?」


「そんなもの要りません。そういったものにも縛られない、という意味での相互支援関係です」


「ふむ…それは、つまり、御子は鬼魔ノ衆と戦うことも、あるいは、逃げ出すことも自由だ…と?…」


「なッ!…」

 松本の言葉にカチンときたあずきが、思わず声を上げ、ガタッと椅子から腰を浮かせた。


「あずきちゃん、大丈夫よ」

 紫兎があずきの腕に手を置き、落ち着かせる。


「…ぁ……せやな……ごめん…」

 あずきは、渋々座り直した。


 紫兎が松本に向き直る。

 テーブルに両肘をついて口の前で指を組み、真っ直ぐな眼差しで語りかける。

「あなた方の責務は国民の安全を保障することですよね?」


「その通りだが…」

 ……何だ?…

 いつの間にか様子が変わってきているぞ…

 松本は身構えた。


 紫兎の低く落ち着いた声音が、深く重く、松本たちの耳奥に浸透していく。

「鬼魔ノ衆の厄災が、国民の安全を脅かす存在として看過(かんか)できなくなった。だから公安部特務0課を立ち上げた……強引に、でも公的に……」


「それも正しい」


「御子は……〈御子の本質〉は、鬼魔ノ衆から大切なものを護ることです。神使ノ獣(しんしじゅう)が選んだ御子は、命を()してでも、その責務を(まっと)うします…」


「なるほど…」


「ここで一つ、大きな勘違いがあります…」

 紫兎は、あえて一拍おいてから、ゆっくりと言葉を繋げた。

「神使ノ獣が選んだ者が御子になるのではなく……御子の本質を持った者だけが神使ノ獣に選ばれるのです」


 シン…と静まる会議室。

 政府側の大人たちは、紫兎の静謐(せいひつ)な迫力に圧倒された。


 神使ノ獣がランダムに御子を選ぶのではなく、御子の本質を持った少女の下にだけ神使獣が現れる…つまり見える。だから、鬼魔ノ衆を前にし、御子はその本質に(あらが)えない。


 鴨宮あずきは、心底驚いた。

 当の御子であるあずきですら、その考えはなかった。

 神使ノ獣が御子に引き寄せられる…やて?…

 そして思った。

 そうであれば、紫兎ほど〈御子の本質〉を理解している人はいないのではないか、と。


 元御子の二條しちみも、あずきと同じことを考えていた。

 この子は…いったい何者…?


 あずきは頭の中で、そうなん?、と、フワフワ浮いている神使ノ獣のコンさんに訊いてみる。

 コンさんですら、そうやったんや、と驚いていて。何やそれ、とツッコミたくなった。


 松本が、ゴホンと一つ、わざとらしい咳払いをした。

 間を取り直す気だった。

「なるほど、よく分かりました。ただ、〈御子の本質〉は仮にそうだとしても。紫兎さん…あなたは御子ではない…そうですね?」


 やはり、痛いところを突いてくる…

 あずきは思った。


「…はい……それは……その通りです」

 表情は変わらなかったが、その事実を指摘され。紫兎の返答から、これまでの力強さが失われていた。


 松本が主導権を取り戻そうと、追い打ちをかける。

「我々が、あなたにここまで足を運んでもらった元々の理由は、全国の御子と面識のあるあなたに、お友達の御子さんたちを紹介して頂きたい、という事。ただそれだけだったはずなのですが?」


「…はい…そう聞いています」

 弱々しい返答だった。


「その件は、ご了承頂いたと思って良いのですかな?」

 やはり虚勢を張ってもただの女子高生だな…

 松本は勝った気でいた。


 あずきが嘆息し、呆れ返った。

「はぁ…紫兎ちゃん。もうええで。この人ら紫兎ちゃんを信じてへん。協力する気ゼロや」


「うん、そうみたい。でもね、あずきちゃん。ここで信じてもらわないと、ダメなんです」


 あずきは、そう言い放つ紫兎の瞳に、力強い意思と決意を感じた。

 と同時に、昨夜の紫兎の言葉を思い出す。

「…この先、御子と国は手を取り合わないと大変なことになる。わたしは(そら)さんの時のような思いを、あんな悲しい思いを、もうしたくないんです」

 そう涙ながらに訴えた、その切実な言葉を。


「…ぁぁ…せやったな…」


 松本は、ここでこの少女がNo(ノー)と言ったとしても、失うものは何もない、と考えていた。

 これまで同様、地道に御子を探して、見つけて、上手く懐柔(かいじゅう)していけばいいだけの話。

 51もの御子がいるというこの情報が真実なら、その中の数人をうまく囲えば、当面は事足りるはず。

 この提案書の情報がほんの一部というのは惜しいが、それはそれ。また作戦を練り直せばいいだけだ、と。


「どうですかな?」

 松本は、紫兎の返答を待っていた。

 と同時に、この少女がどんな切り返しをするのかワクワクし始めていることを認めた。


 スーッ…と息を整えて、紫兎が松本に向き直る。

「その前に一つだけ」


「どうぞ…」


「全国の御子さんたちは、この場の、この話の関係者、ということでよろしいでしょうか?」


「ん?…それは、どういう意味ですかな?…関係者と言えば、もちろん、そういうことになるが…」


 ここで黒スーツの男たちが、紫兎とあずきの手首のリングに気づく。

「…ぁ…まさか……」

 最初から淡く光っていたので見落としていた。


「ふふっ、気がつきました?」


 あずきが追い込む。

「黒いお兄さん方、気いつくのが遅いんちゃいます?…せや、そのまさかです。こいつは電話以外の使い方もできたりする、って言うたら分かります?」


「ん?…どういう事だ?」

 松本が、話が見えん、と黒スーツの男に詰め寄る。


「松本国務次官…筒抜けです。これまでの会話が、あのリングで全て。恐らく、全国の御子に…」


「せや。そういう事です。ウチを含む全国の御子は、始めから、たった今も、このテーブルについているっちゅうことです」


「…ぁ……」

 松本もその意味をようやく理解し、唖然とした。


 その不思議なリングについての報告は既に受けていた。が、とうてい信じられることではなかったので軽視していた。

「そうなのか?」と黒スーツを睨む松本に。

「あり得ます…」と黒スーツが頷き返す。


 鴨宮あずきは、続ける。

「まあ、おたくらが信じるかどうかは、どーでもええです。なんなら今から東京の御子さんたちに飛んできてもろて、その見晴らしのええ窓の外で歌って踊ってもらいましょか?

 とにかく、ウチが言いたいんは。紫兎ちゃんが作ってくれたその紙の束は、ウチら御子の総意であって、ウチら御子は〈御子の本質〉をもって、すでに全員一致で、引波紫兎をMFCの代表として認めとるっちゅうことです。

 紫兎ちゃんが御子かどうかなんて関係あらへん……お分かりどすか?!」


「あずきちゃん…ありがと…」


「………………」

 松本は(しば)し沈黙した。

 そして、低く(つぶや)いた。

「〈御子の本質〉を以って…か……」


 松本は、これほどまでに御子の信頼を得ている眼前の少女の、不思議な魅力に興味を持ち始めていた。


 その紫兎が沈黙を破る。

「でもね、御子さんたちは、体が一つしかないし。学校もテストもあるから、とっても大変で、デートすることもできないほど疲れてるの。松本のおじさん」


 松本の眼球が、ポンと飛び出すほどに丸くなった。


「し…紫兎……馬鹿、コラ!…なんてことを…」

 肝を冷やしたのは五郎だった。

 まさか我が娘が自分の直属の上官となる人物、国務次官に面と向かって、おじさん呼ばわりするとは。


 …が、しかし。

「わははははっ…」

 おじさん呼ばわりされた当の松本は、いきなり大声で笑い出した。

「…ま…松本さん…」黒スーツたちがオロオロする。

「ぷっ……ふふふふっ…」

 二條いちみも、つられて吹き出す。


 続いて、鴨宮はしらが。

「うははっ…松本さん、やられましたな」


「ああ、完敗です。鴨宮さん」


 現役の御子、それも鴨宮の御子に、ここまで言わせるとは…

 きっと他の御子も同じだろう。

 引波紫兎、この子の魅力は本物だ…


「紫兎さん…」


「紫兎ちゃん、でいいよ」


「うははっ、では、敬意を持って、そう呼ばせて頂く。紫兎ちゃん、あい分かり申した。我々、日本国政府は、全面的に御子を支援させて頂く、もちろんMFCを通して…これでよろしいかな?」


「わーい、やったぁ。ありがとうございます。松本のおじさん、やっぱりいい人ですね」


「嬉しいことを言ってくれるね。紫兎ちゃんから見れば、おじいちゃんと言われてもおかしくないが」


「そんなことないですよ、まだまだ元気ハツラツですよね」


 おいおい、何だ何だ?…一転してこの緩い会話は?

 五郎は、ひとりだけ置いてけぼりを食った気分だった。


「引波さん、いい娘さんをお持ちで」


「は…はぁ、ありがとうございます」

 どう答えていいものか、と五郎は頭の後ろをポリポリと()く。


 松本が紫兎に向き直る。

「では、(あらた)まって。相互支援を前提に、この提案書の中身についてもう少し尋ねたいのだが、いいかな?」


「はい。どうぞ」


「先ず、単刀直入に。報酬は?…この案で進めるとした場合、御子は拘束・束縛されない代わりに、無報酬、つまりタダ働きということになるのだが」


「問題ないです。もともとタダ働きですから。ただ、鬼魔ノ衆の浄化活動はすごくお腹が空きますので、地元の方々から供物(くもつ)としておいしい食べ物を提供して頂ければ、みんなが喜ぶと思います」


「食事?…お腹がそんなに()くのですか?」


 代わりに鴨宮あずきが答える。

「せやな、御子の能力を使うとメッチャお腹が空く」


「そうね、その通りだわ」

 二條いちみも同意してくれる。


「いいでしょう、前向きに検討します。続いて、MFCの活動資金は?…アテがあるのですか?」


「MFCは学校の部活動みたいなものなので、ほとんど不要かな。必要なものがあればお借りする、ということで大丈夫かな」


「ふむ、まあ、そう言うことなら、後でリストアップするなり考えましょう。では、相互支援とは?…具体的に言うと?」


「文字通り、お互いに協力し合う、ということですけど。現時点でMFCからの具体的な要望は大きくは、2つ」

 紫兎は、2本の指を立てる。

「まず実務について。遠方の鬼魔ノ衆の浄化活動においては、政府機関の乗り物、例えば速くて機動力のあるヘリなど、無償で使わさせて頂けると助かります。

 御子は空を飛べますけど、長距離移動にはそれなりにかなりの魔力を消耗します。それに、今後、複数の御子が同時に、地元以外の場所で対処しなければならない場面(ケース)も出てくると想定されます」


「言葉は悪いが、タクシー代りということですな…」


「はい、その言葉はかなり的を得てます。ふふっ、個人的にはSMT194(ワン ナイン フォー)が各都道府県にあるといいなぁ…なんて…」


「おい…紫兎…調子に乗るな」

 五郎は、紫兎の大それた要望に釘を刺した。


「うははっ…最新鋭の戦略輸送航空機とは驚いた。そんなものまで必要なのですか?各地に配備となると莫大な予算が必要だな」


「問題は、お金じゃなくて、理由(いいわけ)なのでは?」


 ジッと見据える紫兎の瞳に、松本はドキッとした。

 むぅ…この()は鋭いな…


 確かにお金の問題ではなかった。

 もともと政府は抑止力としての防衛力を高めたい。問題は国内外の世論だ。戦略輸送航空機の全国展開など、国民や近隣諸国から猛反発を食らうことは必至。

 やれ税金の無駄遣いだの、日本は戦争の準備をしているだの。


 松本は、ゴホン、と一つ咳払いをする。

「なるほど…〈物の怪〉がその理由付けになると…」

 ただそれには議会や国民を納得させるだけの材料が必要不可欠。いるかどうかも示せない現状では、厳しいと言わざるを得ない。


「そこは、わたしの出る幕じゃありません。けど、近い将来、その機動力が必要な事態が訪れると確信してます。もし、昨年の代々木運動公園のようなことが全国規模で同時多発的に起こったとしたら…」


「その根拠は?」


「一つは、先ほども言いましたけど、全国各地で、過去類を見ないほどに覚醒している御子の数です」


「確かに、それ自体が異常だという報告は、我々の耳にも届いている…あとは?」


「これは、根拠とはかけ離れますけど…わたしの直感です」


「 直感…ですか……んー、正直なところ、それを我々はどう捉えていいのか分からない。何度も繰り返して申し訳ないが、御子ではない紫兎ちゃんの直感を信じるに(あたい)するほど、我々は、まだあなたのことを良く知らない」


「うーん、まあ、わたしはおっしゃる通り、御子ではありませんが…」

 まただ…

 さっきよりやんわりとした言い方だけど、やっぱり御子ではないわたしの直感を、やすやすと信じてくれるほど大人は甘くはない。


 あずきが口を挟んだ。

「御子のわたしから言わせてもらうけど、紫兎ちゃんの危険察知能力は半端ないレベルや。御子のそれより凄いかもしれへん」


「ありがと、めぶきちゃん」


「ふむ、なるほど。まあ、この件については、一考しておきます。相互支援の2つ目は?」


「わたし個人に、政府の研究機関へのフリーパス」


「ほう…研究?…何の為に?」


「これです…」

 紫兎は、リュックから拳大の石をひとつ取り出した。


 宝石の原石のようにも見えるそれは、蒼い氷のように透き通っていて、まるで夜空の星々のような光の粒子を内包していた。


 コト…とテーブルの上に置かれた美しい石の(かたまり)を、松本たちは興味深そうに眺めた。

「それは?」


煌河石(こうがせき)…と、わたしが名付けました」


 紫兎が、(てのひら)をその石の上にかざすと…


 内包されている光の粒子が、まるで蛍のような発光体となって、フワフワと石の表面から立ち昇り始めた。


読んで頂きましてありがとうございます。

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