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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR03 緋越彩乃
7/47

PR03 (02)


 気づけば、舞子は空中でレイアに抱えられていた。

「重っ…」

「そっ!そんなことないっ!」


 クスッと、レイアは。

「大丈夫そうね。にしても舞子、魔力使いすぎよ」

 

 飛ぶぐらいの魔量は残しておけばいいのに、と言いたげな。珍しく心配そうな表情を見せる、その優しげな琥珀の瞳に。

「うん、ごめん…ありがと、でも…ハァ…お腹すいたぁ」


 クスクス…と。

「これ終わったら、特0経費(もち)餡蜜(あんみつ)パーティーに付き合ってあげる」


 くすっと返して、舞子はスッと厳しい表情に直る。

「それで、乗客の避難は?」


「おかげでどうにか終わったわ。後片付けは珊瑚と千葉の落花生(ピーナッツ)(むすめ)に押し付けてきたから、もう大丈夫」


 千葉のピーナッツ娘…?

「そっか、(ゆかり)ちゃんも来てくれたんだ」


 レイアが鬼神(きじん)(ごと)く大半の蟲鬼を蹴散らした後で、千葉の御子、九十九里縁(くじゅうくり ゆかり)が駆けつけた。

 というより、(ゆかり)が舞子の助けに向かって飛んでいたところをレイアが強引に引き止め。「あと、よろしく」と、残った蟲鬼を縁と珊瑚に丸投げし。それでギリギリ間に合ったカタチ。


 晴れない黒紫の霧を見下ろしながら、レイアの表情も厳しい。

「でも、まだ…」

「うん。まだ本体があの中に隠れているはず」

 塵に返したのはあの厄介な硬節触手だけ。鬼魔ノ衆(キマノス)禍殃(かおう)な気配はこの一帯にいまだ強く残ったままだ。


「なーに、イチャイチャしてんだか…」

 高層ビルの狭間に浮いて、緋越彩乃はニヤニヤと東京の二人を眺めていた。

 彩乃は間に合っていた。

 でもレイアが超低空ですっ飛んでくるのが視界に入り、その役を譲った。美味しいところをレイアに持っていかれた気もするけど、まあ、よかった。

 

 パリパリとプロペラのローター音が近づいてきて、ビルの角から緋色の狼がその機体を現す。スカーレットファング機だ。

「彩乃様〜!大丈夫ですかー?」

 かの若い隊員が、機体の横の扉から呑気に手を振っている。


「バカ…離れてろって言ったのに…」

 まだ来ちゃダメだ、と彩乃がジェスチャーした時だった。

 まるで地対空ミサイルのように黒紫の霧から硬節触手が伸びてきて、スカーレットファング機に迫る。

 !!…

 彩乃が声を上げる間もなく、その爪先が機体の尾翼をズンッと貫いた。直ぐさまコントロールを失った機体は、竹トンボのようにクルクルと水平回転しながらビルの間に落下していく。


 …しまった!!


 一瞬の油断。

 まだ硬節触手が隠されていた。

 彩乃の脳裏に、かの若い隊員の屈託のない笑顔が浮かぶ。

「くっ…そ!」

 間に合うか…?と、空を蹴る構え。

 その隙を狙われた。

 落下する機体に気を取られた彩乃に、槍のような硬節触手が高速で伸びてくる。

 ポジショニング最悪。かわせば背後のビルに…

「チィッ!」

 だからド正面に受け止めた。

 咄嗟に縦に構えた緋色の神ノ起剣(かむのき)ごと防護障壁(シールド)を張り。そこに爪先がガツン!!と突き立つ。

「ゥ…アッ!」

 そのまま凄まじいパワーもろとも後ろに吹き飛ばされ、背後の高層ビルのガラスにドンッ!と叩きつけられる。

「グフッ…ァッ!」

 その衝撃に背の骨とガラスが、ミシリ…と嫌な音を立てた。


「ぐ…ぬぬぅぅっ…」

 防護障壁(シールド)ごと押し返そうとしたが触手の爪はピクリとも動かない。どころか、ビキ…ビキッ…とわずかに貫通してくる爪先に、少しでも気を抜くと一気に串刺しにされかねない。

 …何て…力だ、コイツ…

 ピシッ…ピシッ…と彩乃の背を受けたガラスに放射状の亀裂が走り始め。

 マズい…

 首を捻ってガラス越しに中を見やると、広々としたオフィスにはまだ多くの人が残っていて。この事態に青褪めた表情で慌ててガタガタと逃げ始めている様子。

 彩乃は歯噛む。

 とにかく、このまま触手(コイツ)ごと突き破られるのだけは避けないと。でも、どうする…?


 墜落したスカーレットファングからだろう。きな臭く立ち昇る黒煙を見て、怒り心頭、彩乃のネジがブチッと外れた。

「てっめー…よくも…」

 ブワッ…と湧き上がる魔光の粒子に緋色の髪が逆立つ。

 

 ピシ…ピシ…とガラスの亀裂はさらに広がり、もう持ちそうにない。だから今すべきはひとつ。スゥ…とひと息を入れて彩乃は静かに目を閉じた。

 すると…

 緋色の神ノ起剣(かむのき)の刃渡りに魔光の粒子が渦巻くように吸収される。

「…消えろ……」

 振らずとも、斬った、ように見えた。

 紅玉色(ルビー)の刃状の閃光がカッターソーのようにドッ!と放たれ、炎風の鎌鼬(かまいたち)のごとく硬節触手を縦に真っ二つに切り裂いた。

 パラパラと、黒塵と化す触手。

 と同時に、ついにはその背を預けていたガラスがパァン!と砕け散る。その勢いで彩乃はデスクやら椅子やらをガンガンと弾き飛ばしながらオフィスの最奥まで派手に転がっていった。


 しーーん…と静まる広々としたオフィスで、そこにいた誰もが声を上げられない。


 先ほどまで、テレビやネットで何やら東京駅が大変なことになっていると。そして御子が現れ怪獣と戦っていると。錯綜するばかりの情報は流れていたが、そこに肝心の御子も怪獣も映っておらず。駅から避難する人の波ともうもうと立ち上がる粉塵の映像だけを見せられていた。

 そこに避難誘導のアナウンスが入り、だが高層からフロアごとの順次避難のため待機していると。

 突然、ドン!と窓ガラスに強い衝撃音が。

 目を疑った。

 高層ビルの、ここは23階だ。そのガラス窓の外で緋色の髪の女の子の背中が貼り付いているのが見え。

 誰もが唖然と、そして誰かが「…御子だ……」と呟いた。その向こうに何かの脚か、得体の知れない白く長いモノも見え、それがおそらくテレビで言っていた怪獣なのだろうと、にわかに信じられずにいると。

 ピシピシ…とガラスに亀裂が入り始めて、こいつはヤバい、危険な事態だと瞬時に察した。

「にっ…逃げろっ!」

「きゃぁぁっ!」

 ガタガタと席を立ち。とにかく散って左右の壁際に逃れたところで、眩ゆいばかりの紅い閃光がガラスの向こうでカッ!と光った。

 直後…ガラスが木っ端微塵に。

 どーんと少女が一直線に吹っ飛んできて。整然と並んでいたオフィスデスクが盛大に蹴散らされ、今は天地がひっくり返されたようなこの有り様だ。


 ガタっ…と。


 パソコンモニターがケーブルにつながったまま斜めになったデスクから滑り落ちた。

「…ぃ…痛っ……っっ……」

 苦悶とともに半身を起こす緋色の髪の少女。

「…ぇっと……皆さん、生きてます?」


 ぃ…いや…

 あなたの方こそなぜ生きている。誰もがそう思ったに違いない。


 そこから彩乃はぐるっとオフィスを見渡し。

 左右の壁際にぴたりと背を合わせたサラリーマンやOLがざっと30人ほど。青褪めた表情(かお)で立ち並んで、じっと注目を浴びているのがわかった。


「…は…は……はいっ!…ぃ…生きてます!」

 50代と思しき白髪まじりの。このオフィスの職制だろうか、裏返る返事があり。


「…そう…よかった…」

 ふーっ…

 彩乃はグッタリ首を垂れ、先ずは安堵の息を吐いた。


 でも、まだだ。まだ終わってない…

 墜落したスカーレットファング機は?

 乗っていた隊員たちは?

 それにまだ鬼魔ノ衆(ヤツ)(つら)を拝んでいない。


 んっ…と片膝を立て。そこから立ち上がろうとして、ビリッ…と裂けるような背の痛みに顔をしかめる。

「…っ!」

 防護と身体能力アップの効果がある巫女装束に身を護られているとは言え、彩乃が受けたダメージは少なくない。

 肋骨が何本か。折れたか、ヒビでも入ったらしい。


 …た…立てるのか?

 きっと噂の御子に違いない。テレビでは、緑だ赤だ紫だ、と興奮したレポーターが散々喚いていたばかり。じゃあ、この少女が赤い御子なのだろう。

 だがその実在を、初めて目の当たりにしたオフィスの人々の戸惑いは隠せなかった。

 自在に空を飛び、光を放つ時点で、もはや同じ人間とは思えない。しかも普通なら死んで、あるいは大怪我を負ったとしてもおかしくないこの状況。

 しかもあの長剣は何だ、紅玉(ルビー)の輝きを放つ抜き身の刃。

 …が…不思議と恐怖(こわさ)はなく。

 逆に、アイドルばりの緋色の美しい髪の少女に魅了されてしまっていた。

 声をかけてもいいのだろうか…?

 意を決した30代の課長が恐る恐る歩み出た。

「…あの…?…大丈夫ですか?」

 す…すげぇ美人。近くで見るとなおさらだ。


「…ぁ…ありがとうございま…」

 差し出されたその手を、彩乃が取ろうとしたところで。


「彩乃ちゃん!!!」


 なっ!


 割れたばかりのガラスの外から別の女の子が、すごい勢いで転がるように飛び込んできた。

 いや、本当に転がってる。

「きゃぁぁっ!!」

 そのままフロアの上をゴロゴロと二転三転したあと。横倒しになっていたデスクに、ガンッ!と頭を強く打ちつけた。

「くぅぅッ…」


 あれは痛い。人々もつられて顔をしかめる。


 こちらは白地に翠玉色(エメラルドグリーン)のスカート衣装の女の子が、へたっと座り込み、頭を両手で抱えてうずくまって。


 御子が、もう一人!!

 オフィスの人々は目を丸くする。

 つまりこの女の子が緑の?

 

 編み込んだ長い黒髪を後ろに結えて、瞳も翠玉(グリーン)で。高校生ぐらいだろうか、やはりアイドルばりの可愛さで。嘘のように思えてくる。


「痛ってて…彩乃ちゃん、大丈夫?」


「ちょ…舞子、何してんの?」

 彩乃はクックッ…と笑いをこらえた途端、背中の激痛に「…っ!……」と顔を歪めた。


「…怪我…したのね?」


「大丈夫よ、これくらい。でもお腹すいた…シュークリームの気分」


「ふふっ、それは、わたしも同じよ」


 人々はキョトンと顔を見合わせる。

 腹減った?…シュークリーム?…何の話か?

 課長はキョロキョロと。

 …確か…昨日の北海道土産がこのあたりに。

 無事だった。

「クッキーですが…どうぞ…」


「わぁ…ありがとうございます。お一ついただきますね。皆さんお怪我は?」


「…ぁ…大丈夫です」

 人々は壁際で固まったまま、うんうんと頷く。


 舞子は彩乃を引き起こし。二人してロイズのチョコクッキーを美味しいそうにもぐもぐと。割れた窓に向かって歩き出す。

「それで…本体(ヤツ)は?」

「レイアが見張ってくれてる。飛べる?」

「ええ、何とか」

 などと。

 窓際まで来たところで、舞子は「あっ!」と何かを思い出したように人々に向き直った。

「みなさん、お騒がせしました。ここは危険ですので早く避難して下さいね」


「…ぁ…はい」

 クッキー缶を手に課長が答える。


「それでは…」

 舞子は丁寧にお辞儀をひとつ。

 彩乃はバイと手を上げて。


 翠玉の御子が緋色の御子の肩を支え。二人揃ってガラスの割れた窓からひょいと身を投げ出し。さも当たり前のように悠然と、23階の高さから比翼(ひよく)の鳥のように飛び去って行ってしまった。

 残されたオフィスの人々は呆気に取られて。

「…すごい…アレが御子さん?」

 壁に身を寄せていたOLたちもやっと口を開く。

「なんか…想像してたの違う」

「うん、普通に可愛かった…」

 それは畏怖というより、どこか親しみやすい、崇拝に近い感情だった。



 新幹線の先頭車両のその先の線路上。

 いまだ黒紫の霧を纏う鬼魔ノ衆の正面を見据えて、レイアは神ノ起双剣(かむのき)を両手に、いつでもいける構え。

 彩乃が6本目の触手を斬り飛ばしたあと、不気味なほどに沈黙したまま。つまり、あれが最後の1本だったのかしら…?


「レイア!…お待たせ」


 舞子の声に振り返り。彩乃も無事で。レイアは、ほっと安堵する。

 フワリと二人が降り立ち、それぞれの神ノ起具(かむのき)をすっと構える。疲労と怪我もあるけれど、まだ終われない。そう、まだ…


「どう…?」

「静かよ…」

「本体はあの中か…」

「そろそろ終わらせたいわね」

「そうね、これ以上好きにはさせない」


 すると…

 満身創痍の御子たちを嘲笑うかのように、黒霧の中からさらに2本の硬節触手がヌーッと現れた。


「チッ…いったい何本あるんだよ。あれ」

「再生してるのかも」

「なるほど…つまり、厄介ね」

「珊瑚と縁は?」

雑魚蟲(ザコ)が駅前にも湧いて、手一杯みたい」

「そう…」


 魔力がほぼ限界の舞子と怪我を負った彩乃。

 レイアは思った。

 わたしが何とかしなきゃ…

「…舞子…彩乃…」


「だめよ、レイア。わたしは引かないわよ…」

「同じく。わたしは夏休みの貸しをつくるためにわざわざ馳せ参じたのよ」

 フフッ…とレイアの口元に笑みが浮かぶ。

「…そう言うでしょうね」

 それがーー御子の本質。命を賭しても鬼魔ノ衆からこの地を護る、呪いのようなもの。


 変わらず、うねうねと気味悪く。蟹が(はさみ)を振りかざすかのように硬節触手の爪先が狙いを定める。

 !!……来る!


「おっ待たせー」

 …と……

 臨戦態勢の御子たちの背後から聞き覚えのある声が。

 振り返る間もなく、続けざま。

「電雷円舞!!!」

 えっ?…

 驚く御子たちの頭上で大気がビリッと電気を帯び。髪がフワリと逆立つ、その一瞬、蒼白の稲妻が光龍のごとく放たれる。

 バリバリッ!と凄まじき雷電の閃光。

 鬼魔ノ衆の硬節触手は2本もろとも焦がされ、黒塵と化す。

 線路脇の電灯までもパリンパリンと炸裂し。


 レイアが激怒。

「ちょッ…危ないでしょ!みらい!」


「ごめんごめん。でもフルパワーじゃないよ」

 悪気はない笑顔は。

 神奈川の御子で稲妻の申し子、箱ヶ咲(はこがさき)みらい。


「当ったり前でしょ!そんなのここで使ったら」


 みらいの顔がビクッと引きつる。

「うわっ!何か、来るよ…」


 言われるまでもなく背筋がゾクッと(おのの)いた。

 その尋常じゃない妖気。御子たちは絶句する。

 みらいの稲妻浄化が黒紫の霧が晴らした、その先で、大きな白く丸いものがヌッと現れた。


 …白い……顔…?


「…何?……アレ……」

 御子たちの頬からゾッと血の気が引く。白い能面のようにも見えるソレは、どこまでも蒼白く、不気味で無表情で。どんどん大きくなっていく。

 最初はソレが風船のように膨らんでいるのかと思えたが、直ぐに間違いだと気づく。

 …ガタン…ガタン…

 足元の線路に重々しい金属の振動が。

 新幹線そのものがこちらに向かって動き出しているのだと知って。だが強大な禍圧(まがあつ)に圧倒され、御子たちは金縛りにあったようにその場から一歩も動けず。


 (わら)っている…

 その能面の口元が頬までぱっくりと裂け、不気味な薄ら笑いを浮かべているように見える。


 散々苦しめられた硬節触手は、短く千切れた根元だけを残し。能面の裏側でまるで海星(ヒトデ)のようだ。いまだウネウネと活動しながら凄まじい邪気を放っている。

 しかもそれが、千切れた箇所からボコボコと再生され始めていた。その数8本。

「…そ……そんな……」

 少しずつ長さを取り戻していくその様子を、御子たちは信じられない思いで。ただ唖然と魔に魅入られたように見つめていることしかできずにいた。

 迫り来る能面の口がさらに大きくパックリと裂け開くと、その奥に深淵の赤黒い闇が見えて…

 吸い込まれるような錯覚。


「そこから逃げて!早く!」


 リングからの声に、御子たちは、ハッ…と我に返った。

 トンっ!と。

 それぞれ急いで、空に昇り散った。

 一気に100メートルほど離脱したところで、線路上を走り始めた新幹線を改めて見下ろす。


「まずいわ…」とレイアが。

「あれは何なの?」

「さあ…新幹線丸ごと一本、取り憑かれたってこと?」

 舞子とみらいが顔を見合わせる。

 

 鬼魔ノ衆は、人や物に取り憑くこともあった。それを総称して「憑き物」と呼ぶ。

 取り憑く対象の大きさと、その鬼魔衆の妖力は(おおむ)ね比例すると言われている。

 これまで、電車、しかも16両編成の新幹線に取り憑いて、さらにそれを自走させるほどの妖力を持った鬼魔ノ衆など誰も想像すらしたことがなかった。


 どうやら再生し始めていた硬節触手はまだ完全体ではなく、空に散った御子たちを襲ってくる気配はない。


 憑き物にされた新幹線が徐々に速度を上げて行く。

 どこに行くつもりなのか、このまま線路上を移動されたらきっと大変なことになる。


「ああ…行っちゃうよ…」

 みらいが焦りを見せる。

 そのリングが菫色(パープル)に光った。

「みらいちゃん、追っかけられる?」

「もっちろん!…我がホームを護らなきゃ」


 司令部からの要請も入って、みらいを乗せてきた神奈川県章のSMT914がヘリモードで御子たちに接近し、その場でホバリングする。


「待って、わたしも!」

 機内に乗り込むみらいに続こうと、手を上げたレイアだったが。リングの声に制止された。

「レイアちゃん、待って。もうそんなに魔力が残ってないでしょ?」


「でも…みらい一人じゃ…」


「レイアちゃん、大丈夫。MFCの仲間は、まだいますから」


 そうだった…

 

 レイアに、うん、と頷く舞子と彩乃。


 みらいを乗せたSMT914がツインローター音を響かせながら、陽の傾き始めた西の空に向かってもう小さくなっていく。

 それを3人の御子たちは、あとはお願い、と祈るような眼差しで見送っていた。



 公安部特務0課司令本部中央司令室のメインモニターに、「憑き物」新幹線を追跡する神奈川みらい機からの映像が映し出されていた。

 はっきりと鬼魔ノ衆の姿がそこにあるのは、開発されたばかりで初の実戦投入となった特殊MFレンズの効果。


 その左右にサブモニターが並び。その一つに民間テレビ局の報道画面が流れている。

 破壊された新幹線のホームやガラス割れた高層ビルや避難中の群衆も。生の(ライブ)映像がめまぐるしく切り替わっている。

 とあるキー局の人気の女子アナウンサーの声で。

「…本日午後2時頃、東京駅に突然現れた大型の鬼魔ノ衆(キマノス)は、その後、博多行きのぞみ**号に取り憑いたまま。現在、時速約150キロほどの速度で神奈川県内の下り線路上を移動しているとの報告が寄せられています…」


 報道合戦を繰り広げる民間のTV放送局。


「…現場からお伝えします。鬼魔ノ衆に取り憑かれたとされる、のぞみ**号”は、ただいま神奈川県平塚市を通過中。これが先ほどここを通過した新幹線の映像です…」


 線路から遠く離れた高台から望遠カメラで捉えたか。新幹線が画面の右から左へ走り抜けていく映像。

 だがそこには取り憑いているはずの鬼魔ノ衆の姿は映せず、白い車体が西日に反射を見せているだけ。


「…えー……補足しますと、この映像では鬼魔ノ衆の姿は見えていません。ですが、私のこの眼でハッキリと視認できました。いまだ鬼魔ノ衆は巨大な白い顔のような姿で新幹線に取り憑いたままです…」

 

 バツが悪そうにレポーターの声のトーンが下がる。


 ライブ映像を受けたTV局の緊急特設スタジオでは、アンカーとコメンテイターが並ぶ。

「…皆さんご存知のように鬼魔ノ衆は映像に映りません。ですが、ただいま入った情報によりますと、すでに公安部特務0課は、鬼魔ノ衆を映像に捉えることに成功しており。その特殊レンズで捉えた、先ほど東京駅で起こった事件の映像が間もなくこちらに届くとのことです…」



「ついに鬼魔ノ衆(キマノス)が映像公開されるか…」

 特務0課の司令長官、引波五郎はTVモニターに呟いた。

 その横で肩を並べるのは副司令官の二條いちみ。

「御子も…ですね」


「二條はどう思う?」


「変に隠蔽するよりいいんと違います?もう現場で何万人もの人に見られてますし。この際、全国民にも知っておいてもらった方がいいと思います。今、この国がどんな危機と向かい合っているのかを…」


「そうだな…」と引波五郎は頷く。


 TVモニターからの音声が続く。

「…今のところただ移動しているだけに見えます。しかし全く止まる様子もみられません。鬼魔ノ衆は一体どこに向かっているのでしょうか? これに対して政府は非常事態宣言を発令。新幹線全線の運行停止と運行中車両の避難をJR各社に要請し、同時に沿線住民への避難勧告と各駅の封鎖を…」


 ホームを半壊させたその強大さだけでなく。150キロの速度で移動する鬼魔ノ衆など、特0にとっても初めてのこと。

 先の展開が全く読めないこの事態に、司令室内ですら混乱を極めていて、オペレーターたちが各方面の機関と連絡を取り合う声が飛び交っていた。


「…しかし…新幹線に取り憑き、さらにそれをあの速度で走らせるとは…」

 引波五郎は驚きと感心を同時にみせる。


「ええ、ごっつい妖力ですね。あんなん見たの初めてです…」

 二條いちみ。

 22歳の若さで副司令を務める、その理由は、その出自にある。

 いちみは、かつて、京都の御子の一人であった。

 その能力を失うほぼ同時期に、特務0課にスカウトされ。設立時の課長を経て現在に至る。

 つまり経験豊富なアドバイザー的な立場でもあり、いまだ特A級の結界師の能力も持つ、全国に数えるほどしかいない手練れのひとり。

 できるだけ標準語で話そうとしているが、つい京言葉が顔を出す。


「なあ二條…アレはどこに向かってると思う?」


「さあ、目的地なんかあらへんのと違いますか?…武器を…あの厄介なウネウネを御子たちもぎ取られ。たまたま線路がそこにあって逃げ出しただけ。そしてどこかで妖力が尽きて止まる」


「止まらなかったら?」


「博多でドッカンですね。どこかで線路を切り替えられないのですか?」


「たしか三島に車両基地があったな…」


 東海道新幹線の車両基地は全部で4箇所。東から品川大井、静岡県の三島、名古屋、そして大阪の摂津。

 五郎がオペレーターに向く。

「三島への到達予想時間は?」


「このままのスピードですと…約30分後です」


「30分か…避難もバリケードも間に合うかどうかだな。となると次の車両基地は…」


「名古屋ですね」


「それは避けたいな。いっそ熱海から三島の間のトンネルにミサイルでもぶち込んで塞ぐか…」

 五郎は冗談のつもりだったが。


「それは、アリかも…司令、意外に大胆ですね」

 いちみは、真顔で反応をみせる。


「おいおい…」


「ん…まあ、ミサイルは別として。止めるだけならトンネルを崩落させて塞ぐのは悪くない考えだと思います。けど、その後で掘り起こすのがしんどいですね。復旧にもそれなりに時間がかかりますし、それに…」


 すぐさまJR側に確認したオペレーターが声を挟む。

「ダメです、引波司令。三島、名古屋ともすでに退避した車両ですし詰めだそうです」


「そうか…二條、続きを」


「…それに、鬼魔ノ衆に土の中を逃げられたら追跡不可能になります」


「なるほど…残る手は…」」

 線路を爆破して脱線させるしかないか…しかし…どこで…

 悩むと、ポリポリと頭の後ろを(かく)のが五郎の癖。


「五郎ちゃん、富士川っていうのはどう?」

 この場に似つかわしくない女の子の声が、二人の背後から上がった。


「富士川?」

 五郎は、モニターの衛星地図を注視した。

「…なるほど、橋か…河幅もある、それなら……」


「引波司令、松本国務次官からです」


「つないでくれ」


 一連の鬼魔ノ衆事件担当の国務次官、松本の、低く太い声音が通信回線に乗る。

「引波くん、松本だ。まさか白昼堂々と東京駅にあんなモノが現れて。散々暴れて、その挙句、新幹線ごと走り出すとはな…」


「我々も、走り出すのは想定外でした」

 五郎も認める。


「このまま博多まで走り続けると思うか?」


「正直、分かりません」


「では、富士川の橋を落とす」


「奇遇ですね。今まさに、そう進言しようと考えていたところでした。では、できる限りの特0ユニットを富士川に集めます」


「そうしてくれるか。付近の避難誘導はすでに各機関を通して始まっている」


「自衛隊は?」


「陸、空ともスクランブル中だ」


「松本国務次官、二條です。一つ進言してもいいですか?」


「やあ、いちみくん。どうぞ」


「地上部隊は距離を置いて頂けますか?、そうですね、少なくとも3キロ以上は必要かと…」


「ん?…理由は?」


「相手は新幹線に取り憑くほどの妖力を持った鬼魔衆です。今は、御子の攻撃で多少なりとも弱っているとはいえ、再生能力も持ち合わせているとの報告も上がっています。不用意に近づいた戦闘車両や重火器に、乗り換えられないとも限りません」


「なるほど確かに。そいつは厄介だな…んーー」


「そこで、MFCに数名の御子を要請して富士川の手前で迎え討ってもらいます。橋を落とすのはそれが突破されてからでも遅くないのでは?」


「しかし、しちみくん。御子の力を信じていないわけじゃないが、150キロで走っている相手を浄化するのは決して容易ではないぞ。先ず止めないことには…」


「速い…ですが相手は線路上しか動けません。動く方向が限定されている状態であれば迎え討てるはずです」


「むぅ…なるほど。分かった。その作戦でいこう、時間がない…で?その御子さんたちの準備は?」


 五郎といちみが同時に振り向く。

 その視線の先には単独のコンソールに座る一人の少女がいた。

 無邪気な表情で、五郎といちみに向かって指でOKサインをつくっている。


 引波(ひきなみ)紫兎(しと)

 この緊急事態に学校から直行したセーラー服に、小柄でクリクリとした丸い瞳が愛らしい16歳の少女。

 しかしその可愛らしい容姿からは想像できないほどの天才であり、ウィザード級のハッキング技術も併せ持つ。


 特0司令長官、引波五郎の一人娘でもある。


 紫兎は御子ではなかった。

 が、彼女だけが持つ特殊な能力があり。

 色々あって現在、マジカル・フレンド・チャンネル、通称MFC(エムエフシー)と呼ばれる御子コミュニティーを取り纏める立場。

 対鬼魔ノ衆戦略の主力で、かつ(かなめ)でありながら特0司令部をサポートする。その肩書きはMFC代表。


「御子のスタンバイはOK、だそうです」

 五郎が松本に伝える。


「松本のおじさん、紫兎でーす。お久し振り」


「…ば…馬鹿もの……」

 国務次官をおじさん呼ばわりする我が娘を、五郎が睨みつけた。


「やあ、紫兎ちゃんか、元気そうでなによりだ」


「富士川の手前10キロ地点に見通しのいい田園地帯があります。そこで迎え討ちますので付近住民の退避を急いで下さい。座標を送ります…」


 ポップアップしたコンソールに指を走らせながら、紫兎は、オペレーターチーフの小日向守(こひなた まもる)とアイコンタクトを交わす。


「…現在、目標(ターゲット)を追跡中の神奈川の御子に加えて、静岡、山梨、長野の御子が要請に応じ、間もなく配置についてくれる手筈となってまーす」


「4人も。そ…それは、ありがたい。ちょっとそのまま待ってくれ。各機関に今の情報をもとに指示を出す」


 松本との通信が一時遮断された。


 いつの間に…

 我が娘ながら、この先読み感覚と手際の良さにいつも感心する、と五郎は思った。

 松本を待っている間、五郎はオペレータに指示を送る。

「時間までに富士川に向かえる結界師は何人いる?」


「ざっと20名ほどです」


「よし、全力で御子をバックアップする。全て富士川に回してくれ」


「了解」


 再び松本との回線が繋がる。

「松本だ。手は回した。紫兎ちゃん、東京駅での御子さんたちの活躍にお礼を言いたい。彼女たちは、守りながらの難しい戦いをしてくれた」


「そのお礼は駆けつけて戦ってくれた御子さんたちに言って下さい。…でも、ごめんなさい、全部救えなかった…」


 その犠牲者は多く。

 紫兎は、くっ…と唇を噛む。


「いや、それでも沢山救ってくれた。御子さんたちがいなかったらもっと壊滅的な被害がでていただろう。MFCの支援のおかげだ、ありがとう」


 特務0課の司令室内に、MFCと表示された一角があり、情報端末を操作するパネルとモニター画面がいくつも並んでいた。

 そこが引波紫兎の専用席。

 間借りしている席だったにも関わらず、司令室内のほぼ中央を陣取る。

 マジカル・フレンズ・チャンネル。

 通称MFC(エムエフシー)


 特務0課の所属ではなかった。それどころか、こんなトップシークレットが詰め込まれた室内の一角を占めながら、国や県、警察など、どの公的機関にも所属していなかった。

 完全に独立した、御子たちだけのコミュニティ。


 国務機関である特務0課とMFCの関係は、一言で言えばーー相互支援ーー。

 実は、この曖昧極まりない関係が築かれた背景に、御子でもない引波紫兎が大きく関わっていた。


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