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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR02 神薙舞子
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PR02 (2)


「レイア!」

 心強い御子仲間の登場に、舞子は涙目のまま破顔する。


 水天宮(すいてんぐう)レイアは、舞子と同じく東京を守護する御子で17歳。

 御子に変身してもそのサラッと艶やかなショートヘアーは変わらず、色が江戸紫に変わるだけ。瞳の色は深みのある琥珀(アンバー)を美しく放つ。

 御子の覚醒は舞子より少し早かったらしく、同学年だが言わば先輩で。昨年の代々木運動場崩落事件では、ひょんなことから共に戦った仲でもある。


「うーん…遅刻ってわけじゃないわよね?これ…」


 レイアはクールな面持ちで淡々と、撃ち漏らした蟲鬼に閃光を畳み掛ける。

 神ノ起具(かむのき)は白金色と黒曜色の双剣だ。

 もともと無口で、初対面では少し怖い印象を持たれてしまうが、こう見えても優しく真面目で責任感も強い。


「…ん…舞子だけ?…珊瑚(さんご)は?」


「ここよ!」

 舞子の背後からタッタッタッと駆け寄る足踏みが。

 膝に両手でハァハァと息を切らし、すでに疲れ切っている様子。

「ごめん、迷っちゃって…」

 神津(かみつ)珊瑚(さんご)は現時点で覚醒している3人目の東京の御子。

 同じ17歳。御子の覚醒は舞子と同じぐらいの時期だったらしく。東京と言えども奥多摩の山育ちで浄化の経験もまだ少ない。

 珊瑚も、昨年たまたま舞子とレイアに出会った。というより代々木運動場崩落に巻き込まれた。右往左往しながらも3人の力を合わせて、とんでもない化け物だった鬼魔ノ衆を何とか浄化し。この春から舞子を(した)って都内の同じ高校へ編入してきたばかりで、未だこの大都会に慣れていない。

 巫女装束は海への憧れが象徴されたのか、なぜか青緑色(アクアマリン)で、その名を模した珊瑚のピンク模様が可愛らしい。


「この人に案内してもらっちゃった。えへへっ…」


 フワッと横に広がる向日葵色(サン イエロー)の髪で、屈託なくポリポリとその頬を指先で()く。


見ると、その後ろで駅職員の斎藤がボーッと突っ立っている。

「サイトーさん!?」

 まだいたの?…という舞子の裏返る声に。


「ぁ…いや…ちょうど下に降りたところで、この()が迷子になってたみたいだったので」


「…ぁ…それはそれは、ありがとうございました」

 とんだご迷惑を、とばかりに舞子が珊瑚の代わりに深々と頭を下げる。まるで妹を庇うお姉さんのよう。


「でも、ここはまだまだ危険です。サイトーさんも早く避難を…」


「し…しかし、中の乗客と乗員の安否が知りたい」


 舞子の顔が曇る。

「残念ですが…ここから先はもう…」

 その悲愴に満ちた翠玉(エメラルド)の瞳が向けられた先に。

「…そう…、ですか……」と斎藤は察した。


 博多行きのぞみ**号は予約で満席だった。その半分以上が次の品川駅で乗車するとはいえ、乗員乗客5車両分、ざっと200人以上の犠牲者が出たのは間違いないという事実を突きつけられ。斎藤は、舞子と同じように肩を落とす。

 事故ではなかったが、それは東海道新幹線史上、最初にして最大の犠牲者数だった。ホームで倒れている人を含めると更にその数は増えると思われる。


「キリがないわね…」

 マイペースでサクサクと、さらに2車両ほどの蟲鬼を撃ち祓ったレイアが、舞子の横にフワリと舞い降りてきた。


(うえ)から見ると、ホーム全体が真っ黒い雲ですっぽり包まれているみたいだったわ。まるで巨大な黒クジラよ。本物は見たことないけど…」


 この()も御子さんか…

 これで3人。

 知的に雰囲気の美人顔。舞子や珊瑚とはタイプの異なるどこか近寄り難い氷麗としたオーラだった。

 魔法少女にしてアイドルのような容姿が揃って3人も、SNSもまんざら嘘ではないとわかって。いったい何人いるんだろう?…とさらなる疑問も。


「どうかしましたか?」

 齊藤のボーっと眺める視線に気づいたレイアが、どこか無機質な声音で琥珀の瞳を刺し返す。


「…あ、いえ。何でもないです」

 ドキリと慌てる斎藤に。

 誰?…とレイアが舞子に目で訊く。

「駅員のサイトーさん」

「見れば分かるわ」

「色々と協力して下さったのよ。それより、レイア。ここから後方を珊瑚ちゃんと二人でお願い。13号車の中にたまたま乗り合わせたらしい特0の人がいるの。結界もそろそろ限界かも…」

「結界師?…運が良いのか悪いのか…分かったわ。さっさとコイツら片付けちゃいましょう」


 レイアは再びフワリと浮き上がり。

 さっそく後ろの車両の裏側に向かって浄化の閃光を連射し始め、淡々と滅紫色(けしむらさき)の蟲鬼を撃ち祓っていく。


「珊瑚ちゃんもホーム側から手伝ってあげて」

「うん、分かった。それならわたしにもできそう。でも舞子ちゃん、何でこいつらモゾモゾ張り付いているだけなの?」

「さあ…何でかな?…とにかく、反撃してくる気配のない今がチャンスよ。手分けして一つ一つ、地道に祓いまくるしかないわね。ここから前をわたしが…」


 レイアと珊瑚も加わって。毒霧の浄化されたラインまで特0部隊に先導された救急隊と自衛隊員が続々と上がって来て。テキパキと担ぎ上げた人々を階下に運んで行く。

「子供を優先しろ!」

「おーい、こっちにも担架を」


 そんな彼らに「頑張って下さい」と声をかけながら、ふわりと浮いて珊瑚もレイアの後を追う。


 なんだ…やっぱりあの()も飛べるんだ…


 空飛ぶ珊瑚をジーっと目で追う斎藤の横顔に、舞子は。

「…あの…サイトーさん?…そろそろ避難を…」


「あっ…すいません。珍しくて…つい…」

「色々と驚かせてごめんなさい」


「あ、いえ…そんなつもりじゃ…」

 ここで斎藤は、普段の自分らしからぬ言葉がスラスラと口をついて出ることに驚いた。

「…あの…俺も手伝います。この駅を預かる身として一人でも多くの乗客を助けたい」

 

「でも…」


 涙ぐんでいたのだろう。潤みを帯びたその翠玉色(エメラルド)の瞳に、ぐっと強く拳を握って見せる。

 可憐な御子さんを前にしてカッコつけたいし、興味津々でもある、と不純な動機を認めつつ。

「この駅に誰よりも詳しいですし」


「なる…ほど…」

 熱意に押された舞子は、まだ数百以上は残っているだろう蟲鬼の動きを伺いつつ。

 うん…大丈夫そう…

 今のところこちらを襲ってくる気配もないし、特0も自衛隊も駆け付け、いまだ混乱は極めているが体制は整い始めている。


「では、サイトーさんも要救護者を運ぶのを手伝ってあげてください。わたしも一人でも多く助けたいです」


「分かりました」


「でも、危険だと感じたら真っ先に逃げてくださいね」


「それも、分かりました」


 言って斎藤は、さっそく近くに倒れていた重そうな中年男性を「よいしょ」と担ぎ上げ、階段へと向い始めた。

 その背を見届けて、舞子も前方車両に張り付いている蟲どもに向き直り。今一度、銀杏桜の神ノ起双槍(かむのき)を左前半身でスッ…と構える。

 

 さて…と…


 大きな物ノ怪が一鬼なら、それが多少手強くても、それなりの浄化の力をそこに集中することができる。

 けれど、これほどの数多くを相手するとなると、それはそれで厄介だった。ましてや車両の中まで入り込んでいる蟲鬼をいちいち浄化するのであればそれなりに時間もかかるだろう。

 ふと気に掛かり、舞子は、もう一度窓を通して5号車の乗客席に目を凝らす。

 すし詰めになった蟲鬼が蠢く中で、そんな人がいるわけないのだけど。それでも万が一の生存者がいるかどうかを、もう一度この目で確認する意味で。


 あれは…何だろう…?


 この時初めて、車両の中に何か神経網のようなものが張り巡らされていることに気づく。

 もぞもぞと触手のように動いていた。

 それが蟲鬼を縫うように串刺しにしているのが分かって、危険を知らせる警鐘が舞子の全身に鳴り響いた。


 見誤った!!

 ゾクッ…と全身が総毛立つ。


 これまで感じていた禍々しい気配の大きさは蟲鬼の数の多さからだけじゃない。


 何かーー別のモノがいる!!


 その瞬間、とてつもない妖気と殺気が舞子を襲う。


 ……ッ……!!!…

 来るッ…上から?!


 ホームの屋根を見上げた舞子は、御子の本能に押され、跳ねるようにバックステップした。

 すると…

 いきなりだった。


 ゴオンッ!!

 大音響とともに屋根がバラバラに割れ砕け。

 ゴウッ…!

 空気を割り裂くような風切り音が鳴る。


 それが何かわからぬまま、舞子の眼前で巨大な鞭のようなモノがホームの上に叩きつけられ。

 ゴッ!!と地響(じひび)く炸裂音が(とどろ)くいた。


 ……な…ッ!!


 一瞬で、待合室ごと自動販売機は吹き飛び、ガラスは木っ端微塵に。

 そして地割れたコンクリートの破片が粉々に飛び散り、ブワッと重い風圧とともに弾丸のように舞子の頬横をかすめていく。


「くっ……!」

 咄嗟に神ノ起双槍(かむのき)を回しながらの防御。


 

 それはーー

 東京駅全体を震わすほどの大きな揺れだった。

 ちょうど階段の下までたどり着いた斎藤は、担いできた男性を救急救命士に引き渡すところで、その激震に足を取られて前のめりに転がった。

「うわぁ!!」

 地震か?!

 あるいは何かが爆発したのか、と思った。


 拳大のコンクリートの破片が幾つもごろごろと、上のホームから階段下まで勢いよく転がりながら飛んできて、ガツガツと構内の壁に食い込むように当たる。

「ぐあっ!」

 その一片が斎藤の右肩に当たって衝撃と強い痛みが走った。足を取られて転げながらも降りてきた階段を返り見ると、モウモウと煙のような土埃(つちぼこり)が舞って視界が遮られる。

 ーー何だ?…何が起こった!?



 くっ…!

 文字通り、間一髪。

 反射的に後ろに跳んで、ソレをかわした舞子。


 崩壊するスレート屋根の破片がガラガラと降り注ぐ中。

 翠玉(エメラルド)の瞳が辛うじて捉えたものは、太く白い巨大な烏賊(イカ)の触手のようなものだった。

 

 来る!…もう一つ!!


 ゾクッ…と、今度はソレが斜め上の方向から降ってくるのを察知し。

 もう前後左右では避けきれない。

 逃げ道を探し、砕け割れた屋根の隙間に見えた青空に向かって一気に飛び上がった。


 ゴウッ…!!

 

 重々しい風切り音を乗せて、再び烏賊(イカ)の触手のようなものがちょうど新幹線の上を掠めながら襲ってきた。

 バキバキバキ!と。

 その第二波で、支えていた鉄骨の柱ごと屋根が薙ぎ払われ。崩壊の大音響を伴いながら、(めく)れ上がるように全てが裏返されていく。

 咄嗟の判断で上空に飛び出していた舞子は、粉々になって潰れていくホームの屋根を見下ろしながら驚愕するしかなかった。

 

「何て…」

 (パワー)


「舞子ちゃん!後ろです!」

 リング通信でいきなり警告が届く。


 ……ッ……しまった!!


 第一波の触手だろう、空で舞子を待ち構えていたらしい。


 もはや避けきれないと判断した舞子は、鉄棒のように横にした神ノ起双槍(かむのき)をがっちりと握り込み。

 それを支点にクルッと頭向きを下げ、逆さまになったまま防御障壁(シールド)を瞬時に展開。


 間に合え…ッ!!


 ドラム缶ほどの太さがあるだろ白き鞭のような触手が、(またた)く間もなく一瞬で迫る。

 衝撃に備えて奥歯をギリッ…と噛み合わせた。


「ぐ!…っぁ!!」


 ギンッ…!!

 かなり硬質な手応えが防御障壁(シールド)にめり込み。その盾ごと衝撃(インパクト)をまともに受けた舞子の華奢な体は、軽々とそして高々と、まるでホームランボールのように空へとかっ飛ばされた。


「キャぁぁ…っ!」


 ま…まずい、ぶつかる…

 東京駅には隣接する高層ビルがところ狭しと建ち並ぶ、その一つに。

 クルクルと宙で回りながら、飛行ブレーキを掛けつつバランスをとる。迫るビル壁まであと10メートルほど、というところで。

 ふぅ…

 何とかピタリと宙に留まった。


 

 また一つ大爆発でもあったか。ガラガラと、いまだ破片が転がり落ちてくる階段の下から斎藤はホームを見上げ。

 …待て…嘘だろ…?

 どうやらホームの屋根ごと崩壊したらしい。それが潰れて階段の入り口を蓋するように暗く塞いでいた。

 代々木運動場並みの崩落もあり得る、と言っていた御子さんの言葉は嘘ではなかった。


 くっ…

「おい!大丈夫か!?」

 一緒に吹き飛ばされた救急隊員が「…ぐぅ…いったい何が…」と膝を起こす。

「わからん…とにかくここを離れるぞっ!」

 昏倒したままの中年男を二人で担ぎ上げ。うぐ…と肩が痛むが今は我慢だ。

 斎藤はチラッともう一度階段を見上げ。

 御子さんは…

 神薙さんたちは…どうなった…?



「きゃあぁぁ…舞子ちゃん!!」

 突然の轟音に。そして、崩れ落ちる前方車両側の屋根を見て、後方にいた珊瑚が悲鳴を上げた。


「うぁぁ…何だ?」

 地揺れに続いた二度の轟音に、頭を(すく)めた特0の隊員たちは、銃火器を構えて腰を低く落とし。

 

 東京駅一帯は騒然となる。


「MF映像出ます!」

 対鬼魔ノ衆(キマノス)公安部特務0課の中央司令本部。

 最新の情報モニタリング機器を装備した、宇宙戦艦さながらの近未来的な作戦司令室には実用化されて間もないホログラムモニターのスクリーンがいくつも並ぶ。

 その中央の、メインモニタースクリーンに東京駅上空からの映像が映し出された。


 特0隊員を送り届けたヘリからのライブ映像。

 見ると、水天宮レイアの報告の通り、新幹線ホームは巨大な(クジラ)のような黒々とした雲海に包まれていた。

 そこから立ち昇る土煙の柱は、爆弾でも投下されたか、無残に破壊された屋根は抜け落ち、その一部が紙のように捲れ上がっていた。

 そして…

「なっ!…んだ?…アレは?」

 天を()くように伸びる2本の紐状の物体に、司令室のオペレーターたちは騒然となった。



 いったい何が…?

 アレをまともに食らっていたら、御子と言えども無事では済まなかっただろう。

 はぁ…はぁ…と肩で大きく息を継ぎながら、舞子は上空から東京駅を見下ろし。その破壊の規模の凄まじさに言葉を失くした。

 舞子がいた5号車辺りだろう、捻じれた屋根が見事に裏返しにされている。

「…ぇ…うそ……」

 穢れた黒紫の霧雲の、その一部がポッカリと穴が空き、まるで何かが爆発したかのような粉塵が立ち昇って。

 舞子を襲った巨大な2本の触鞭は、ちょうど新幹線の先頭辺りから伸びていて、クジラというより巨大なナマズの髭のようにウネウネと気持ち悪い動きを見せている。


 あんなところから…


 防御障壁(シールド)ごと弾かれた感覚では、その表面は硬質な外殻のイメージ。烏賊(イカ)のように白いが、軟体生物の触鞭というより蟹のような甲殻類の節足に近い。


 先頭車両だ…

 そこに鬼魔ノ衆(キマノス)の本体がいる。


「舞子、生きてる?」

 レイアの声がリングを通して舞子に届く。


「うん、ヤバかった」

「よかった…」

 レイアの安堵の息も伝わる。


 すぐさまリングの色が菫色(パープル)に変わる。

 司令室から。

「舞子ちゃん、大丈夫?」


「うん、さっきは助かった。ありがとう紫兎(しと)ちゃん」

 あの警告がなければ、今ごろ気絶したままビル壁に叩きつけられていたかもしれない。

 ゾッとする。


「後方の乗客が救出されるまで、ソレを引きつけられる?…できればちょん切って」

 時間を稼ぐ、という意味だ。


「うん、やってみる」


 東京駅に隣接する高層ビルの中でオフィスワーカーたちが地震のような揺れと落雷のような轟音を耳にして、何事か?と窓際に集まってきていた。

「何だ?あれ…」

 黒い雲に覆われている眼下の東京駅と、噴煙が立ち昇っていることに、まず驚き。さらにそこから巨大な白い大蛇のような、得体の知れないモノが空に向かってウネウネと踊っているのを見て言葉を失った。

 そして…

 ガラス窓のすぐそこで、少女が空に浮かんでいるのを見て思考が停止した。

「うそ…」

「マジか…浮いてるぞ…」

「女の子?」


 ふと背後に視線を感じた舞子は、ん?…と振り向く。

「…ひゃ…っ!」

 ビルのガラス窓に、びっしりと人の顔が並んであって、ビクッ!と身じろいだ。


 ぇっと…何これ?…すっごい注目されてる…

 当たり前だけど。


 でも、手を振るのも変だし…

 強張った作り笑顔で、どーも…と頭をペコリ。

 するとガラス窓に並んで頭も一斉にペコリと返してくれる。

 日本人の習性。

 ともあれ、なんだか恥ずかしい。とっととその場から逃げるように、新幹線の先頭車両に向かって滑空した。


「…まさかアレが噂の御子さん?」

「そうみたい…」

 ビルの中から人々は、巫女装束というよりアイドル衣装の少女が飛行していく姿を目で追いながら、信じられないと顔を見合わせる。

「本当にいたんだ…」

 ちゃっかり写メを撮っていた人もいたが。

「あれ?…写ってないな…」

「俺のもダメだ…残念…」

 撮影機器に写らないという話はどうやら本当のようだ。



「舞子、一人で大丈夫かしら?」

 心配そうに空を見上げるレイアに、特0隊員が声をかける。

「レイア様、後方車両の救助はもう少しかかりそうです。ですが前方は…」

 破壊されたホームの方に視線を走らせ、今は救助出来ないと無念そうに首を横に振る。

「そうね…」

 あれではどうしようもない。

 と…

 そこで隊員が声を張り上げる。

「うぁ…レイア様、あれを!」

 見ると、どこから沸いたか蟲鬼が群れで後方へと向かってくる。その数ざっと100鬼は下らない。


「撤収!!…後退だ!総員後方に向かって走れ!」

 タンタン!と合図の銃声を空に響かせながら、退避する自衛隊員たちの判断は正しい。


「チッ…」なんで今ごろ…

 前方にまだあれほどの蟲鬼が残っていたのか、レイアは苛立(いらだ)ちを隠せない。

 早く舞子の援護に向かいたい。かと言ってこの数の蟲鬼を相手にするには珊瑚一人では荷が重い。

「珊瑚…」

「は…はい!」

「速攻で大掃除するわよ」

 両手に神ノ起双剣(かむのき)を構えた本気のレイアから、魔光の粒子がブワッと舞い上がる。



 新幹線ホームの崩壊が起こる少し前、東京駅周辺はそれなりに騒然とし始めていた。

 突然の鬼魔ノ衆騒動で駅構内から追い出された数万にもおよぶ人々は、発着もままならない別の電車に乗り換えることも出来ずに、いまだそのほとんどが駅周辺に留まっていた。

 警官隊が警察車両でバリケードを築き始めると。

 最初はそれを見て、大げさだな、と笑い飛ばしていた人々もいたが。続々と自衛隊や特務0課の特殊車両が到着し始め。防毒マスクを付けた武装隊員が駅構内に雪崩れ込んで行く様子を見て、次第に、ただ事じゃない空気を感じ始めていた。

 そして、毒気で意識を失った被害者が次々と担架に乗せられて運び出され。方々から駆け付けた何台もの救急車に搬送されるのを見て、少しずつ言葉数を減らしていった。

 その光景はもう、ある種の毒ガステロとなんら変わりがない。


 そこに突然、轟く崩壊音が続けざまに2つ、ズゥゥン!!…と空気を震わせるほどに響き渡った。

「ひぃっ!」と頭を抱える人々。

 地震?…いや爆発か…

 その発信源の方向に立ち昇る土埃の柱を見た。

 そしてその中から不気味な触手のようなものが2本。うねうねと、それはまるで空を泳いでいる巨大な太刀魚(たちうお)のようにも見える。

 その時、誰もが特撮怪獣映画のセットの中に放り込まれたような気分になった。

 …違う。これは現実(リアル)で。アレが鬼魔ノ衆(キマノス)!?

 あんな巨大な怪物だなんて聞いてないぞ!

 ヤバイ…ヤバイ…ヤバイ…

 いまさらながら身の危機を感じ、「逃げろッ!」とパニックへの号砲を叫んだのは誰か。我先にと、てんでばらばらへと駆け出し始める。

 だが、しかし。

 既に東京駅周辺は夏の花火大会以上の混雑に身動きが取れない。さらに進入封鎖されている車道には、いまだ進めない車が詰まっている。

 それでも強引にガードレールを飛び越える人々が車道にも溢れ出すと、群衆は一気に恐怖の連鎖反応を起こし、人波が決壊する。

 そうして東京駅周辺は、あっという間に未曾有(みぞうう)の大混乱に(おちい)った。


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