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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR21 月の御子
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PR21 (4)


 鴨宮の回復の血があずきの砕けた骨を、傷ついた内臓を緩やかに修復していく、がーー

 それをのんびりと待っている猶予はない。

 ーー動け!!…と己を鼓舞するが、あずきはズルズルと地を這うことしかできない。


 蒼白い能面の顔がすでに瀕死の大和路紅葉(やまとじ もみじ)の直上に達し、その赤黒い口をパックリと開いていた。


「てめえぇ……や…やめろぉぉ…!」


 もうダメなんか……もう、あかんのか……

「くっ!…そっ…!」

 あずきは、力なく握った拳で弱々しくぽそっと地面を叩く。


 ポツン、ポツン…と降り出した大粒の雨が一気にザァッと音を立て始めた。

 冷たい雨粒があずきの頬を濡らしていく。


 ぁぁ同じやんか…あの時と…


 土肌を乱れ打つ雨音を聞きながら、あの時…初めて会った紫兎の姿を思い出していた。

 あの…世界の全ての色を失った紫兎の瞳を。


 その責任は、力足らずだった自分にあると感じていた。そして今ここで、神祓天(かみはら そら)だけでなく、大和路紅葉(やまとじ もみじ)まで失おうとしている。


 ウチに…力がないばっかりに…

 ーーごめん…紫兎ちゃん…


 秋時雨を落としていた雲の切れ目から、煌々(こうこう)と輝く銀輪の月が姿を現す。


 ―――諦めないで…あずきちゃん…


 あずきには、はっきり聞こえた。

 その声が。


「…紫兎…ちゃん…?」


 あずきだけではなかった。

 全国各地で、疲弊し、傷を負い、瀕死になりながら、それでも必死に鬼魔ノ衆(キマノス)という穢れから護りたいものを護る。

 そんな御子たち全てにその声は届いた。


 ちひろが、煉花が、彗月が、桃渼が、楓子が、ランが…そして瑠璃が…雪音が…

 同じ月を仰ぎ見る。


 ―――諦めないで……みんな……



 そして…

 ―――諦めないで、五郎ちゃん!

 …?

 五郎にもその声が聞こえた。

「…紫…兎……」…なのか…?


 二條いちみにも。

 !?…

「…紫兎ちゃん?」


 五郎と舞子をまとめて喰らおうとしていた能面がピタリと動きを止めた。

 そして…

 急に何かに怯えたようにゆらゆらと後退りを始める。


 直後、五郎たちは信じられない光景に出会った。



 

 あずきの目に、能面が動きを止め夜空を見上げまるで何かに怯えたように後退るのが映る。

 と同時に、大気を包み込むような大きな大きなうねりが地の底から湧き上がって来るのを感じた。


 ーーいったい何や…?


 突然のことだった。

 浄化の魔光がゲートからドッ…!と噴き出し、夜空に高く立ち昇った。

 仄かに紫色を帯びた青白い魔光の柱。

 あずきには、それが誰の仕業なのかすぐに分かった。


「…ぁぁ…紫兎ちゃん…や……」


 遥か遠いあの場所から…

 月から届けられたその祈りと願いを乗せたその神々しい閃光はーー

 開いてるゲートだけに留まらず、これから開くはずだったゲートからも次々と噴き出し始めた。


「うぁ…!…な…なんだ!?」

 戦域で待機していた特0ユニット。

 鬼魔ノ衆を待ち構えていた空自のヘリ部隊。

 避難誘導に手一杯な警察や消防隊。

 そして…

 避難所で怯えている人々にも、これから避難を急ぐ人々にも…

 誰も彼もがその閃光に瞬き、驚き、夜空を仰ぎ見る。


 すると…

 噴き上がった魔光の柱は雲に届くあたりで花開くように弧を描き、まるで流星のように地に降り注ぎ始めた。


 ーーぁぁ…すごい…

 

 あずきは、その奇跡を目の当たりにして呆気にとられる。


 紅葉に喰らいつこうとしていた能面の鬼魔ノ衆は、矢のような閃光に撃ち抜かれて穴だらけになり。あっという間に灰塵(かいじん)と化して浄化されてしまった。


 全国規模でそれが起こる。


 遠く連なる信越の山々の裾野からも、光の柱が次々と夜空に昇り花咲くのを、あずきは、溢れ出る涙とともに眺めていた。


 ーーなんて。力強く…優しいんや…


 ふわふわと薄紫の光の粒子が蛍火辺りに漂い。それが瀕死の紅葉に集まっていく。

 あずきにも。傷ついた体が癒されていくのを感じた。

 そして思った。これは慈愛に満ちた光だ…と。


 月の御子、引波紫兎の願い、祈り、そして慈愛を纏った奇跡の魔光。



「…す…ごい……」

 いちみは、まるで光の雪が降るような夜空を見上げて感嘆をあげた。


 いきなりゲートから噴き出した魔光の柱は夜空で花咲くように折り返し、動きの止まった能面を呆気なく撃ち抜いた。

 そして今、煌河石の魔光の粒子が雪華(せっか)のごとくふわふわと夜空から降り注いでいる。


 それらが傷付き倒れた御子たちに集まり、レイア、珊瑚、そして、五郎の上で血だらけの舞子の体を優しくいたわるように薄紫色に包み込んでいた。


「…おい…これはいったい…」

 と(ほう)ける東雲に。


 いちみが答える。

「紫兎ちゃんよ…」ーーこれが月の御子の力…


 舞子の指先がピクリと動く。


 ーーありがと…紫兎ちゃん…




 ーーせや…寝てる場合やない…

 迎えにいかな…


 あずきは、ヨロヨロと立ち上がりそのまま飛ぼうとした。

 が、前のめりに転んで雨でぬかるんだ泥に顔を打ちつけた。

「くっそ…!」


 あかん…まだ飛ぶのは無理か…


 再び立ち上がったあずきは、フラフラと歩いて紅葉に向かい。

 そこで膝を折り、その様子を伺う。

 魔光の粒子がその背の深い傷口のあたりでフワフワと踊っている。

 スヤスヤと眠っているような横顏の紅葉が、何やら「…もう…食え…ん…」と寝言らしきを(さえず)るのを耳にしてホッとした。

 

「クク…しぶといやっちゃな…」


 上空からSMT914が降りてきた。

 広島県章、カエデ葉のロゴマークの紅葉機。


 着陸した機体から飛び出した特0隊員がドカドカと紅葉の横に駆け寄る。

「紅葉様!」


「…大丈夫や、生きとる」


「あずき様、お怪我は?」


「ウチも何とか大丈夫や。それより、頼みがある」


「何なりと」


「今すぐウチを、あれでゲートの上まで運んで欲しい」

 あずきは紅葉機を指差した。



「…ぁあ…ぐ……っ…紫……兎……」

 五郎は、光の雪華が降る月夜の空に右手を伸ばしていた。

 確かに声が聞こえた…紫兎の…


 行かないでくれ…

 俺を置いていかないでくれ…


 ーーふふっ、五郎ちゃん、わたしはどこにもいかないよ…


 そうか…

 ずっと俺のそばにいてくれるか…


 ーーうん、あたりまえでしょ。だって、五郎ちゃんは、わたしのお父さんなんだから…


 そうか、そうだったな…


 五郎は夜空に浮かぶ紫兎の幻影を見ていた。


 初めてヨチヨチと立った小さな紫兎を…

 初めて自分のことを声に出して呼んでくれた紫兎を…

 ははっ、思い出した。

 おばあちゃんが俺のことを五郎ちゃんと呼ぶもんだから紫兎も最初からそう呼び出したんだっけ…

 まあ、直さなかった俺にも責任があるが…


 ランドセルを背負って嬉しそうにはしゃぐ紫兎…

 運動会で、見ててね一番になるから、と一生懸命走る紫兎…

 …足…速かったなぁ……


 中学校の入学式、校門で一緒に写真を撮るのを恥ずかしいと嫌がって…

 …でも、小さな声で、ありがと、って言ったのは聞こえたぞ…


 ーーふふっ、そうだっけ?…忘れた。

 と夜空の紫兎が無邪気に笑う。


 …なあ、紫兎?


 ーーん?、なあに?…五郎ちゃん。


 …俺の娘で良かったか?


 ーーふふっ、知りたい?


 …ああ


 ーーじゃ、迎えにきて…


 ああ、任せろ…

 俺はお前のためならどこだって行くぞ…

「ぐっ…!あっ…ッ……」

 身を起こそうとした五郎の全身に激痛が走る。


「司令!!」

「五郎!!」

「引波司令っ!」


 ぁぁ…

 …二條…東雲……小日向も…無事だったか…


「司令!…動かないで!」

「救護班!!何してる!大至急飛んで来い!引波司令が重症だ!」


 降り注ぐ魔光の粒子は御子を治癒する力しか持たない。


 …お前ら、何をそんなに騒いでる?

 俺が?…そうなのか?…重症なのか?


 吐いた血でもうほとんど見えぬ目で、まだ上に折り重なっている舞子のかたちを確かめる。

「…五郎さん……ありがと…」

 そんな囁きが耳元で聞こえた。


 …舞子か……生きてたか…よかった…


 さて…

 俺は紫兎を迎えにいかなきゃ…

 あいつが待ってる、あそこで…


 五郎は微かに見える銀輪の月に、血まみれの手を差し伸ばす。


「…ゲ……ェ……ト……ま……ひぁぃ…て…」


 五郎はがふっ…血を吐いて訊いた。

 ゲートは…?

 ーーまだ開いているか?…と。



 ゲートはまだ開いているのかーー?

 あずきは、焦っていた。


 あの能面はここ長野駒ヶ根だけじゃなく、各地にも現れていたと知り。他の御子も瀕死に近く。

 そしてゲートの閉まりが思いのほか早く、誰もまだゲートに間に合っていない。


「あずき様、あれです!」

 紅葉機の横扉(ハッチ)から、まだポッカリと口を開けたままのゲートを遠目に見てホッとした。

 だがそれは束の間で。

 すぐにその深穴の入口を覆うようにフワッとした膜が張り出すのを見た。


「なっ!…待て、待て!閉まるん早すぎや!」


 機体はまだゲートの直上に達していない。


「あっ!あずき様、まだ!」

 呼び止める隊員を無視して、あずきは機体から身を投げた。


 間に合え!

 フラフラだった……が、何とか飛べる。

「くっ…!」……いける…はずや!


 ゲートはみるみると外周から地面を形成し始め、その中心に向って閉じていく。

 それより早く飛び込もうとしたあずきだったが、思うように上手く飛べない。


 くそっ…!


 最後は落ちてゴロゴロと転がって着地したそこは、すでに復元されてしまった土肌だった。

 すぐさまグッと立ち上がり、ゲートの中心だった所に向ってヨロヨロと歩き出す。


 ………なんでや…!?


 何事もなかったように土色を見せる地面に向って吐き捨てる。


「なんでや…ッ!!」


 怒髪したあずきの体から、怒りの色を帯びた魔光の粒子がふつふつと沸き立つ。


 うそやろ…

「……そんなん…おかしいやろ!?」


 ザッ…と神ノ起蛇腹剣(かむのき)を具現化し。

 その刃の先を夜空高くに伸ばし切ったあずきは、鬼の形相で地面に叩きつけた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおーーー!!!」


 ドンッ…!!と土砂がもろもろ豪快に吹き飛ぶ。


 が…しかし…

 大きな窪みを作っただけだった。


「…まだ…まだや……」


 うぉぉぉ!っと阿修羅の(ごと)()える御子を、特0隊員たちは遠巻きに黙って見守るしかなかった。

 神ノ起蛇腹剣(かむのき)が、二度、三度と地面を穿つ。

 …が、もう、ゲートはその存在そのものを消してしまったあとだった。


 そうして魔力を使い果たし、あずきは、その場に力無く座り込んだ。

「…ぅぅ………」

 ついには子供のように泣きじゃくりながら両手で土を掘り始めた。


 月が雲に隠れ、再びザァ…と雨足が強くなる。


「ううっ…なんでや?…なんでや?…なんでや?…」


 びしょ濡れたあずきは、泥になった土をそれでも掘り続ける。


「…こんなん…おかしいやろ?… なんで今さら閉じるんや!」


 爪が割れ、指先が血に染まっても掘り続けた。


「……お願いや、ウチの何でもくれてやる!…せやから、紫兎ちゃんを返せぇぇ!!…開け!開け!開けーーーー!!!!」


 あずきは懇願し泣き叫んだ。

 泥水の土にその拳を何度も何度も叩きつけながら。




 両の手で高々に頭上に掲げた御盆の神ノ起具(かむのき)

 ーーー月神の鏡…

 そこから放たれた浄化の魔光の最後の一条が、天壁の穴に吸い込まれていき。

 大空洞は、一転、夜の(とばり)が下されたように暗くなる。


 そして、シン…と静寂に包まれた。


 1800年もの長きに渡って蓄積されていた月の霊脈のパワー。

 それが全て放出され、輝きを失った煌河石たちは、その中心に(ほの)かな灯火だけをひとつ残した。


 生まれて初めて神ノ起具(かむのき)を使い、全ての魔力を一気に解放しきった紫兎は、もう立っていられなくなり、ひんやりとした祭壇の上で大の字に転がった。


「ははっ…こんなに力が抜けちゃうんだ…」

 お腹すいたなぁ…


 ほの暗くなった空洞内でたったひとり、ごろんと見上げ、思う。

 ーー果たして間に合ったのだろうか?…と。


 御子のみんなは?

 五郎ちゃんは?

 おばあちゃんは?

 いちみさん、東雲さん、松本のおじさん…

 そして人々は?


 わたしの願いと祈りは無事に届けられたのだろうか?…と。


「ぁ……綺麗……」


 こうして祭壇の上で仰向けになっていると、まるで無限の宇宙の空間に投げ出されたみたいだった。


 ほんのりと淡く、消え入りそうな光をひとつだけ仄かに灯す煌河石たち。

 まるで銀河を彩る無数の星たちのように見え、優しく輝いていた。

 またいつしかその輝きを取り戻すのだろう…


 …ありがとね……みんな……


 そう微笑みを浮かべ、紫兎は、掴めそうにも見えるそれら光の粒たちに両手を差し伸べる。


 (ここ)は、わたしの故郷(ホーム)


「ただいま…」


 そして…

 紫兎…月の御子は、そのまま祭壇の上で深い深い眠りについた。


読んで頂きましてありがとうございます。


次回エピローグ(最終話)です。

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