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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR21 月の御子
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PR21 (3)


 大和路紅葉(やまとじ もみじ)神ノ起魔装槌(かむのき)に全魔力を注ぎ込み、箱型鬼魔ノ衆(キマノス)を打ち(はら)った。


 だが決死のノーガードで突っ込んだ代償に黒い暗器の攻撃に晒され、手足の肉が削られ骨が砕け、そのまま地面に倒れ伏していた。

「…痛っ、っ、っ…」

 致命傷と言うほどではないが魔力が尽きた。紅葉はもう飛ぶことも立ち上がって歩くことすらできないでいる。


「…くくっ…どんなもんじゃあ…」


 灰塵(かいじん)と化す鬼魔ノ衆(キマノス)を横目に見ながらやり切った笑顔を浮かべ。

 ゼー…ゼー…と息を切らしながらMCリングに声をのせた。


「…へへ…あずき…ウチが一人で仕留めたったで、褒めてや…」


 さすがやと思いつつも、はぁ…と呆れて。

「そんなことやと思うた…」


「……ノノちゃんは?」


「瑠璃ちゃんが来てくれた。きっと大丈夫や」


「よかっ…痛っ!」


「大丈夫なん?…ウチが行くまで気張りいや」


「もう一ミリも動けん、早よ来て…な…」


「またウチが怪我人を運ぶんか…ま、紅葉なら、紅葉饅頭(もみじまんじゅう)でも食うとけば治るか」


「…ハハッ…せやな……」


 その瞬間おぞましい邪気を感じて、紅葉は言葉を止めた。

 …な…何や?

 雲間から差し込む月明かりに照らされていた紅葉の横顔を、黒い影がスウッと(おお)った。

「……ッ……!!」

 …ぅ…嘘やろ?…そんなアホな……

 何でコイツがここにおるんや…?


 驚愕に見開く檸檬色の瞳に蒼白く無表情な能面の顔がヌゥ…と映った。


 ヤバイ……逃げな……


 かろうじて動く左腕を前に伸ばし、土を掴み、ズ…っと体を動かす。

 くっ…そ……

 数センチ。

 それが紅葉が動ける全力だった。


 白い能面にそんな感情があるのか知らないが、その口が頬までパックリと裂けクククっと蔑む(わら)いを浮かべているようにしか見えない。

「…てめ…ぇ……余裕…かましやがって…」

 紅葉は睨み上げる。


 ズッ…ぶっ!

 !!…

 背に激痛が走り。

「…ぐッふッ…ァァ…!!」

 紅葉の口の中に血の味が広がった。




 片翼を失ったパープルラビット機を護る盾となり。

 舞子、レイア、珊瑚…

 3重に張られた防御シールドにミサイル級の黒い槍がズンッ!と突き立つ。

 全魔力を注ぎ込みながら、その衝撃に吹き飛ばされないよう奥歯をギリギリッと噛み締め。

「ぐっ…!…ぅぅっ……ッ……」

 ーーお願い!…持ちこたえて…

 だが…1枚、2枚と貫かれて粉々に割れていく。


 そこへ、ドンッ!!…と。

 東雲が撃ち放ったテンガンの閃光の柱が、御子たちの頭上をかすめ。

 ヒュンッ!…と真っ直ぐ鬼魔ノ衆に命中した。


 その直撃を上面に食らった勢いで、箱型は背後の高圧電線の鉄塔をなぎ倒しながらごろんごろんと転がり。断末の百目がぎょろぎょろと裏返り、灰塵の粒子となって消えていく。


 最後まで防御シールドを貫けなかった黒い槍も妖力を失い。御子たちは唖然と、一瞬何が起こったのかわからない。


「馬鹿ッ!あの子たちに当たったらどないすんの!」

 いちみの罵声をよそに、撃った東雲はその反動で尻もちをつき。

「…は……はははっ…」と引きつった笑いを浮かべる。


「やったか…!?」

 ぐっと拳を握った五郎だったがーー

 その直後とんでもないモノを目にして言葉を失くす。


 ーーなっ!?…ん…だ……アレは…


 灰塵と化す箱型の向こうから、白い能面がヌゥ…と現れ。その異形に、ゾォ…っ…と背筋が凍る。


「…何で…?……アイツが…」

 いちみも驚愕を浮かべ。


「…そん…な……」

 神薙(かむなぎ)舞子は悪夢でも見ているのか。

「…うそ……」

 水天宮レイアは青褪める。


 ――また…アイツだ…


 8本の硬質触手を脚のようにして、ソレはゆらりと御子たちの前に出現した。

 その青白い能面顔が蒼い月明かりの下で、いっそう不気味に嗤っているように見えた。




 打ち伏した紅葉が無惨に貫かれているのを目にし、鴨宮あずきは怒り心頭、突っ込んだ。


「能面のォ!…(ゆる)さん!、うぉぉぉぉぉ!!!」


 瞬時に具現化した神ノ起蛇腹剣(かむのき)を円状に展開。その高速回転刃で、紅葉の背を突き刺している節触手を真っ先にぶった斬った。


 後退る能面。


 その間隙をついてズサっ!と滑り込み、あずきは紅葉を背後に守るようにして能面と対峙する。


「紅葉、まだ生きとるんか?!」

 鬼魔ノ衆(バケモノ)から視線を切らずに叫んだ。


 刺し傷は右肩下にあり、その拳大の穴からドクドクと血が流れ出していた。

「…ぁ、がっ……」

 紅葉はヒクヒクと顎を動かすことしかできなかった。

「…に……にげ……ぇ……あず……」


 逃げろあずき、と…


 ブオ…んッ…と風切り音とともに、能面の節触手が鞭のように襲いかかってくる。


「チぃッ…!」


 瀕死の紅葉を背後に守りながらの戦い方において、あずきの選択肢はそう多くなかった。


 新幹線ホームの屋根を支える鉄骨を一度に何本も薙ぎ払うほどのパワーと速さを持つその硬質な鞭。

 防御シールドを張ったところで夜空に高く吹き飛ばされるのがオチだ。


 そう考えたあずきは、神ノ起蛇腹剣(かむのき)を自身の周囲でドーナツ状に大きく広げた。

 そのまま高速で刃を回転させ、触手を受けると同時に斬撃を与えることができる。


 鞭のような節触手が右と左から襲いかかるが、狙い通り、高速カッターと化した神ノ起蛇腹剣(かむのき)の刃にザクッと触れ。

 あっけなく千切れ飛び、灰塵と化した。


 とにかく厄介なんは、このクネクネや。

 こいつらを何とかすれば……


 武器を3つ失ったにもかかわらず能面の蒼白い無表情は変わらない。

 どころか頬まで裂けた赤黒い口からは不気味な嗤いの呪詛が聞こえてくるようだった。


 続けざま、あずきのド正面に2本の節触手の爪先が迫る。

「くっ…!」

 えげつない攻撃や…


 横に跳べばかわせるのだが、背後の紅葉を護りきれない。


 一瞬の判断で、あずきはそれを防御シールドで受け切り…

「ぐっゥ…!!」

 と同時に主砲級の波状閃光を神ノ起蛇腹剣(かむのき)から打ち放つ。

「んぉぉぉおーーーー!!」


 バラバラと消し飛ぶ正面2本の節触手。

 が…

 息つく間もなくさらなる節触手が、今度こそ無防備になったあずきの側面を急襲。

「くっ、!…そ…」

 ーー間に合え!

 返す手で咄嗟に横展開した防御シールドはだが薄く。パリンと粉々、その勢いのまま体ごと横に薙ぎ払われた。

「ぐっ…ぅ…!」

 くの字に折れるあずきの体からボキボキと骨が折れる嫌な音が鳴り。血の飛沫が喉の奥から昇ってくる。

 そのまま硬質な節触手ごと山の岩肌に叩きつけられた。

「がっ!ぁ…はっっ!」

 口から噴き出した鮮血がぼたぼたと、黒鴉の御子装束に染み込んでいく。


 邪魔な羽虫を払って満足したらしい能面顔は、その節触手をスルスルと引き戻し。

 支えを失ったあずきは地面にドサッと倒れ伏した。


 肋骨が何本か、激痛に立てず。体が痺れたように動かない。

「ぐっ、ぞぉぉ…」

 それでも顔だけは上げ、ギリギリと歯を食いしばり霞む視界で能面を睨みつける。


 近づく……な……


 能面の鬼魔ノ衆は、これでやっと食事にありつけるとばかりに。

 残った3本の節触手を脚にして、その顔をゆらゆら揺り籠のように揺らしながら紅葉に近づいていく。

「…や…やめろぉぉ…ッ!」




 驚愕する神薙舞子の目に、その能面が無表情で、ふひ…っ…と嗤ったかのように見えた。

 音もなく、長槍のように一瞬で伸びてきた節触手の爪先は珊瑚を狙っていた。

「…ぁ……」

 初めて能面に直面した珊瑚は石化の呪いでもかけられたかのように固まったまま、身構えることすらできず。


 ーー危ない!!


 咄嗟に舞子は体ごとぶつけて、その軌道から珊瑚を横に押し出す。

 それがこの時できる舞子の精一杯だった。

 !!…ッぁ…

 ずぶッ…!と。

 腹部を鋭利な爪先に貫かれた舞子の体は、節触手が伸びる勢いのまま、背後のパープルラビットの機体に打ちつけられて(はりつけ)になる。


「ぐっ……ふっ…ぁ…!」


 ドン!という衝撃が機体を大きく揺らし、五郎たちは皆、足をすくわれたように機内で転倒した。


「舞子ぉぉぉ!!」

 絶叫しながら振り向いたレイアだったが、横から襲いかかってきた別の不思議触手に薙ぎ払われ、コンクリート壁に叩きつけられた。


「いやぁぁぁーー…舞子ちゃん!レイアちゃん!」


 ようやく叫び声を上げることができた珊瑚も、上からハンマーのように振り降ろされた節触手に、防御する間もなく地面に叩き落とされた。


 レイアも珊瑚もピクリとも動かない。あっという間に3人もの御子が蹴散らされてしまった。


「あぁ、そんな……」

 いちみの瞳が絶望の色を浮かべる。


 だが舞子の目はまだ死んでいなかった。

 ……ぐゥっ…まずい…

 このままじゃ、五郎さんたちも落とされる…


「つぅぅっ……こぉ、ぉ……のぉ、っ…!」

 機体に串刺しにされたまま、舞子は持てる魔力の全てを振り絞り、縦に持ち替えた神ノ起双槍(かむのき)を振りかぶる。

 それを渾身の力で節触手に突き立てた。


「…江戸っ……子を…な……めるなぁぁぁぁ…!」


 神ノ起双槍(かむのき)の刃先からドンッ…!と桃色の閃光が爆ぜ、節触手が黒塵と化す。

 ガクッ…と、うな垂れた舞子の体は支えを失い。機体から剥がれるように前のめりに落下し始めた。


「舞子ッ!!」

 叫ぶ五郎が、機体の横扉(ハッチ)から半身を乗り出し手を伸ばす。

 かろうじて御子装束の襟首に指をかけ、だがその重さに引っ張られて五郎は機外に引きずり出されそうになる。


「ぐっ……!」―――落ちる…


 コンクリートのフロアまで40メートルほど。並みの人間なら落ちたら死ぬ。


「司令!!」

「五郎!!」

 いちみが。東雲が。懸命に五郎の脚に飛びついてそれを防いだ。


 五郎の腰より上は機外にはみ出し。その右腕だけで吊り下がった舞子の体が、グラグラと不安定に揺れる機体に振り子のように大きく振られる。


 舞子はもう意識がないようだ。

 腹部からの大量の鮮血がその白い太腿を赤く染めながら足先まで流れ落ちていく。

 重傷だ。いや、もうダメかもしれない。


 だが、御子なら、まだ……


 五郎は、右手に掴んだ舞子を放すまいと腕に力を込めた。

 ーー諦めるな!!

「ぐううぅぅ……」

 だがガタガタと揺れる機体にズルっと体が外に引っ張られていく。


「司令っ!舞子ちゃんを放して!!じゃないと司令も!」

 五郎の足首を押さえ込みながら、もう持ちこたえられないといちみが叫ぶ。


 ーー放すものか!!

 放したら紫兎が悲しむ。

 それに俺は以前、舞子にこの命の借りがある。

 だからーー

「放さん!!絶対にだ!!」


「司令!、舞子ちゃんは御子としての使命を全うしたのよ!」


「舞子はまだ生きてる!!死んで使命を全うするなんて大間違いだ!」


「でもそれが御子の本質なのよ!」


「そんな本質、くそくらえだ!!傷ついた女の子を守るは当然だ!!それが御子だろうと関係ない!」


 東雲がパイロットに叫ぶ。

「降ろせ!機体を降ろせ!」


 やってるんだが…

 パイロットは、方翼のみでホバリングする機体のコントロールをするだけで精一杯だった。

 加えて今の衝撃で油圧系か電装系のどこかがやられたらしく、舵取りどころかローターの出力制御が効かない。

「ダメです!上にも下にも行けません!」


 チぃッ…と東雲が舌打つ。

「小日向!機体を軽くしろ!要らんモノは放り出せ!…急げ!」


「は…はい!」

 奥で転がっていた小日向が慌てて動き出したところで、それを目にし「ヒィっ!」と恐怖ですぐに凍りついた。


 白い能面の顔がもうそこまで、ゆらゆらと近づいてきていた。

 頬まで裂ける赤黒い口を薄っすらと開けながら。


 ーー嗤ってやがる…

「くっ…そ…化け物め!余裕かましやがって」

 五郎はその声に悔しさを滲ませ。


 ぐぎぎ…とその足を掴んでまま東雲が喚き散らす。

「ヤツが来るぞ!!離脱だ!何とかしろ!」


「くっ!」

 いちみが、無駄と分かっていても、片手印を結び、防御結界を張る。


 来るッ!

 能面鬼魔ノ衆の節触手のひとつが、ごぉ…と風切りパープルラビット機に襲いかかる。


 その時、ガクン!と機体が大きく下がり。


「うあぁぁッ!」

「キャぁぁッ!」


 偶然にも節触手の直撃をまぬがれた、がーー


 ーー落ちる!!


 空振りした節触手の爪が機上の壁を貫き、轟音とともにコンクリート破片がガツガツと機体に降って来る。


「ぬおぉぉぉぉぉ、落ちるなぁぁ…ッ!…跳べ!!ラビット!!」

 操縦桿(スティック)を強く握るパイロットの祈りが通じたか。

 パープルラビット機の片翼ローターがブウゥゥッ!と再び息を吹き返し上昇を始めた。


 …が、その反動で。

 五郎が舞子もろとも振り落とされてしまう。


「五郎!!」「司令!!」

 東雲が、いちみが、上昇していく機体の横扉(ハッチ)から身を乗り出して叫ぶ。


 くっ…そ!…


 五郎は落ちながらも、舞子の頭を守るように抱きかかえ体ごと下に入れ替えた。


 !!…

「ぐぁっ!」


 背中から堅いコンクリートに叩きつけられ。全身に激痛が走り、口の中に嫌な鉄の味が広がった。

 キーンと耳鳴りが酷く。

 血染に(かす)む視界。


 が……ふッ!


 喉元を駆け上がってくる血を胃液か何かと一緒に口から吐き出した。


 …ぐっ……ぞ……

 全身を強打したか、麻痺した体が動かない。

 どこがどうなったのか分からないが、抱きかかえていた舞子の体が上にあるのは分かった。

 ただ、その舞子もピクリとも動かない。

 そこに…

 蒼白く不気味な能面がヌゥと直上に迫る。


 五郎は、その裂け広げる口の奥に禍々しくも赤黒い闇の深淵を見る。


 万事休す…か……すまん……紫兎……


読んで頂きましてありがとうございます。

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