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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR21 月の御子
43/47

PR21 (2)


 ポイント311。長野県駒ヶ根市。


 安曇埜乃(あずみ のの)の脇腹を深く(えぐ)ったのは、鬼魔ノ衆(キマノス)の黒い暗器のような波状攻撃だった。


 防御シールドの展開がほんのわずか遅れた。


 百を数えるほどの音速の黒刃が御子たちに襲いかかり。その内の一本が鴨宮あずきの太腿をかすめ、その内の一本が埜乃の脇腹に直撃した。

 夜の闇に紛れ視認できず、その邪気を瞬時に察知しその軌道を読まなければ避けることは不可能に近い。

 ここまで戦ってきた御子たちに蓄積した疲労は、御子の持つ危険回避感覚にも(かげ)りを見せ始めていた。


「ぐ…フッ!」


 !!…

「ノノちゃん!!」


 撃たれた鳥のように落ちる埜乃を、あずきは何とか空中で受け止めた。

紅葉(もみじ)!…足止め頼む!…ウチはノノちゃんを特0に預けてくる」


「おうよ、任せんかいな」

 大和路(やまとじ)紅葉(もみじ)は防御シールドで応戦しながら。


「ええか、すぐ戻るから無理すんな」


「ノノちゃんを頼むじゃけんね」


 …と言うたものの……

 紅葉自身もすでに疲労困憊だった。

 はたして、たった一人でどれほどこの箱型鬼魔衆(でかぶつ)をこの場に釘付けにできるだろうかーー


 紅葉の背後3キロほど先には山の裾野から駒ヶ根市の街並みが広がる。

 すでにミサイル級の黒い槍が市街地に数発撃ち込まれていた。方々から火の手が上がり、きな臭い黒い煙がいくつも立ち昇っていた。


 紫兎の予知のおかげで街の人々の避難は終わっていたが、ここで御子が力尽きれば、その避難場所も安全ではなくなる。

 生き血と魂を求める鬼魔ノ衆が恐怖に怯える人々の集まるところを嗅ぎつけたのか、重戦車のようにゆっくりと避難所の方に侵攻を始めた。そうなるともはや結界や防御シールドだけでは、その行く手を止めることはできない。


「じゃけん、この紅葉さんがやるしかないみたいやな…」


 この街を護れないことは、広島の街を護れないことと同義。

 紅葉も紫兎と出合い、そんな風に思えるようになっていた。

 相討ちでもーー

 と覚悟を決めた大和路紅葉は残った全ての魔力を神ノ起魔装槌(かむのき)に注ぎ込み始めた。乾坤一擲(けんこんいってき)紅葉色(メープル)の魔光がその身を鮮やかに包む。



 あずきは、もはや意識のない埜乃を両腕に抱え。力の限りの全速で特0の防衛ラインまでかっ飛んだ。

 救護車両の赤い回転灯が目に留まり、すぐさまその横にトンっと降り立つ。


「あずき様!」

 特0隊員たちが駆け寄る。

 その腕に抱えられているのがぐったりした長野の御子、安曇埜乃だと分かって、彼らは血相を変えて治療の準備に入った。

「埜乃様をこちらへ!」


 あずきは、埜乃を救護車両のストレッチャーに横たえ。血に染まる御子装束を開いた。

「…くっ……」

 その傷の、あまりの深さに目を背けたくなった。


 これは酷い……

 肉を削られた脇腹から折れた肋骨が露出し、そこから鮮血がドクドクと噴き出していた。

 内臓も損傷しているだろう、御子でなければ即死のレベルだ。


埜乃(のの)様……」

 御子の治癒に少なからず心得のある特0甲信越ユニットの若い結界師は、その深傷を見て言葉を失くした。


 こんな傷、無理だ…助かりっこない…


「それでも!」と鼓舞するように声を上げ。若い結界師は両手をかざし神霊気を送り始めた。

 と同時に自衛隊救護班の隊員たちが止血を試み、輸血の準備に取り掛かる。バタバタと心電モニターをつなぎ、カンフル剤を注射し輸血管(ルート)を取る。

 御子の治癒治療には内からと外からが有効とされる。


「ぐふ…ッ…」と埜乃が苦しそうに血を吐いた。


 神霊気を送り続ける若い結界師の額には玉の汗が。


「……助かるんか?」

 あずきは見てることしかできずにいる。


「この身に替えても……くっ、ノノ様……うっ……くっ……」

 涙を滲ませながら必死の形相で。


 力を貸してやりたいーー

 あずき自身、まだ御子に覚醒したばかりの頃に一度死にかけたことがあった。

 いや、あれはほとんど死地を踏んでいたのだが、その時もこんな風に結界師の仲間が死にもの狂いで治癒光を送ってくれたと、後から聞いた。

 その時、あずきが死なずにすんだのは鴨宮の血が成せる技でもある。御子の中でも特異とも言える自己回復能力…それで鴨宮家は1000年を生き永らえた。


 事実、先ほど受けたばかりの脚の傷はすでに治りかけていた。

 なら…

「ウチの血を!」

 おもむろに腕裾をまくりあげる。

 それを試したことはないが…

「ウチもA型やし、それに鴨宮の血には特別な回復力が宿っとる。効果はあるかもしれん、早よ!」


 感染症など心配している場合ではない。救護隊員たちは頷き合い、急いで新しい採血器を取り出した。

「…では、あずき様。失礼します」

 あずきの腕から抜いた血を埜乃に輸血し、様子を見守る。


 すると…

「…バイタル、安定し始めました!」


「ふーーーっ…」と、あずきが大きな安堵の息を吐く。


 その時、ズウウン…と地響きが救急車両を揺らした。

 どうやら鬼魔ノ衆の黒い槍が街のどこかの一角を吹き飛ばしたらしい。


 特0信甲越ユニットの隊長があずきに声をかける。

「あずき様、ご心配でしょうが、ここは我々にお任せを」


「せやな…」

 一人残してきた紅葉も心配だった。

 MCリングに反応がない。

 防戦で手一杯らしい。…と思いたい。


 そこにバラバラと煩いSMT914のツインローター音が降下してきた。

 栃木県章にオオルリ鳥のロゴマーク。

 着陸を待たず、奈須ノ城瑠璃(なすのしろ るり)が空から降ってきた。


「瑠璃ちゃん!」

「あずきちゃん、ここは任せて!」


 治癒に長けた御子を負傷した御子に回すという作戦はいまだ継続中だ。


「ほな、頼むで。あんま油売ってるとお好み焼きが焦げてしまうし」

 そう言って京の闇鴉(ヤミ カラス)は、音もなく月明かりの夜空に昇って行った。



「引波司令、ポイント311駒ヶ根市にて、長野、埜乃様、負傷!…かなりの重症とのことですが瑠璃様が間に合ったようです」


 くっ!…そ…

 五郎は歯噛む。


 負傷して戦線からの離脱を余儀なくされた御子の数はこれで24に上った。

 全御子のほぼ半数だ。

 まだ戦える御子たちもこれまでの戦闘と移動の繰り返しで疲れ果てていた。

 回復の時間も十分に取れず魔力も限界に近かった。


 テンガン装備の空自の戦闘ヘリが御子が間に合わない戦域に投入され。結果、何とか仕留めはしたが、ここまでで撃墜されたのが12機。

 これに対して鬼魔ノ衆の軍勢は、こちらの都合もお構いなしに続々とゲートから現れる。

 戦況は最悪の展開を迎えつつあった。


「311駒ヶ根市の浄化は?」


「ネガティブ。まだそれらしき報告はありません」


 五郎は時刻を見やる。

 05:00

 そろそろだな…


 司令室には、小日向守、二條いちみ、そして引波五郎の3名が残るのみ。

 20分前、パープルラビット機を除いて、司令本部のオペレーター、特0隊員や職員たちはすでに防衛ラインまで退避させた。


「小日向、まだか?」


「…あと、30秒ほどです」


 ここのシステムを可能な限り移転するために防衛庁のサーバーにデータを転送していた。

 場所を変え、完全とはいかないまでも再構築する。

 ただし、それまでに2時間の空白が生じる。

 その間はただのパソコンでの人海戦術的なシュミレートになるが、何もしないよりマシだ。

 これはこの国の存亡をかけた戦いなのだ。投げ出すわけにはいかない。


「全データ転送完了!」

「よし、退避!…逃げるぞ!」


 五郎たちがハンガーへ走り込むと、パープルラビット機はいつでも離陸できる状態で待ち構えていた。

「おーい、急げ!」と白衣の男が横扉(ハッチ)から身を乗り出し、手を振っている。


東雲(しののめ)さん?…まだいたの!?」

 走りながら、いちみは呆れる。


「急げ!そろそろ来るぞ!」と最後尾を走る五郎が叫ぶ。


 時刻は05:03。

 ポイント325、東京都青梅。

 予知時刻05:05の誤差範囲内に入る。


 小日向は横扉(ハッチ)から乗り込むと直ぐにヘッドセットを装着し、脇に抱えていたノートパソコンを機内の通信装置につないだ。

 これでMF映像とバックアップ部隊からの情報を受信する。


 続いて、差し伸べられた東雲の手を取り、二條いちみが機内へと。

「そんな高いヒールでよく走れるな?」

「それでもきっと東雲さんよりは速いわよ」

「はいはい…」


 と、ついに。

 ズズン!!…と大地の揺れが伝わる。


 五郎は横扉(ハッチ)に手を掛けながら、腰を落とし脚に力を込める。


 ーーー来たか…


 小日向が実況。

「司令!…ポイント325。ゲート開きました!現在地より方位5度。距離およそ1キロ!」

 紫兎の予知した時刻5時5分の30秒前だった。


「来たわね…」

 いちみは、機内側面椅子の腰ベルトを締めながら静かに呟く。


「舞子様、レイア様、珊瑚様、鬼魔ノ衆(キマノス)との交戦に入りました」


 小日向の抱えるPCのスクリーンに御子たちが繰り出す防御シールドが花開く。

 そして、その映像はこの建物が同じフレームに収まるほどに近い。


 ズズンッ!と続けざま、轟音とともに建物そのものが大きく揺れた。

 ちょうど飛び乗った五郎は、思わず横扉(ハッチ)の手摺にしがみついた。

 くそっ、やはりとっくに射程距離内だ…

「どこだ?!」

「西棟に着弾!」



「チッ…!」

 背後で崩れる特務0課司令本部の西棟に一瞥を送り、水天宮(すいてんぐう)レイアが舌を打つ。


 折れた右脚は十分に回復したとは言えず、魔力も低下した今、防御シールドも十分に厚く張れないでいる。

 執拗に御子を狙う暗器攻撃をかいくぐり、ミサイルのような大槍に備えて防御シードを展開するのだが。 それをいとも簡単に突き破られた。


 よりによってコイツは司令本部の方向に進んで行く。

「そっちには行かせない!」

 と神薙(かむなぎ)舞子が閃光の連射を浴びせる。

 …が、止まらない。

 まずいわね…このままでは…

 パープルラビット、早く逃げて!



「離脱だ!急げ!」

 五郎が叫ぶ。


 ヘリモードの機体がツインブレードを轟かせて、吹き抜けのハンガーを上昇していく。

 すると、すれ違いざまに天井開口部から何か黒いものが降ってきた。

「チィ…っ!!」

 手練れの操縦士(パイロット)が舌打ちしながら回避動作。機体のバランスが崩れて大きく横に傾く。


「掴まれ!」五郎が咄嗟の大声を張り上げ。

「きゃぁぁ…!」といちみが悲鳴を上げる。


 ゴオンッ…!!

 着弾した黒い槍がハンガーの壁を脆くも崩して、大穴を開けた。

 炸裂音が轟き、コンクリート片や土煙が弾け飛ぶ。

 その衝撃に煽られた機体は、右側の回転翼(ブレード)をコンクリート壁にこすりながら火花を散らし、それがバラバラに弾け飛んでしまう。

「くっ…そッ!」

 必死の形相でパイロットが機体を立て直そうと操縦桿(ステッキ)を握る。

 絶対に落とすものか!!

「うぉぉぉぉ、上がれ!!パープルラビット!」


 設計上は片翼だけでも飛べる。機体は何とか残った左側回転軸(ローター)の揚力だけでガタガタと揺れながらも上昇していく。


 その開いた横扉(ハッチ)から200メートルほど先に、巨大な箱型がゆらゆらとこちらへ迫って来ているのが目視できる。

 でかいーー

 初めて肉眼で箱型鬼魔ノ衆と対峙した五郎は、そのギョロギョロと動く百目の不気味さにゾクッ…と怯んだ。


 ヤツはすでに次の黒い槍を形成しこちらを眈々と狙っていた。

 

 マズイ…!


 その射線上に御子たちが割り込んだ。

 舞子、レイア、珊瑚が。

 それぞれ魔力を振り絞って防御シールドを展開する。


 あんな至近距離で!?

 五郎は横扉(ハッチ)から身を乗り出し、御子たちの背に叫ぶ。

「やめろ、死ぬ気か!!」


「あなたたち!逃げなさい!」

 いちみも、思わずベルトを外し。五郎の横で大声を張り上げる。


 舞子が肩越しに軽く振り向き…にこっと笑顔を作るのが見えた。


 まさか、あいつら…


 パープルラビット機が逃げるための時間かせぎの盾となる気だ。


「どけ!…俺が…」

 東雲がいちみの肩をぐいっと引っ張る。


 東雲はその手にテンガンを構え。

 だがガタガタと揺れる機内で照準がうまく合わない。

 オマケに手も足も震える。

 こんなへっぴり腰で、大袈裟でなく色々なものをちびりそうだった。

 …が、ビビっている時間(ヒマ)はない。

 紫兎ちゃんに笑われるーー


 ぐ…っ…!


 黒い槍が発射され、と同時に東雲はテンガンの引き鉄を引いた。



 311長野駒ヶ根。

「紅葉…ぃ!!」

 腹の底から叫んだあずきには、いったい何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。


 箱型の鬼魔ノ衆は消えていた。

 …が、そこには別の。そう…こいつは見たことがあるヤツだ。

 蜘蛛…いや蟹か、8本の節触手を脚のように使い、その中心に揺り籠のような顔を持つ。


 ーーー白い能面の…鬼魔ノ衆…


 なんでや…?

 なんでコイツがここにいる…?


 その蒼白く無表情で嗤う目がギョロっとあずきに向く。


 け…ひゃ…ふ…ふひゃ…は……


 ゾッとするような不気味な嗤いを浮かべ。

 その硬質な触手の爪先の一つが、地面にうち伏す大和路紅葉の背を串刺しにしていた。


読んで頂きましてありがとうございます。


完結まであと数話です

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