PR20 (7)
「そんな…紫兎ちゃん…」
「一人でゲートに飛び込むって…」
「それ、本気なの…?」
紫兎が医務室を飛び出した時のMCリング交信で、その考えを聞いた御子たちは驚いた。
だが、一緒に行く、という言葉をグッと飲み込む。
それを紫兎が望んでいないことを知っているから。
「うん、上手くいったら迎えにきて」
最初に応えたのは、あずきだった。
「…分かった。分からんけど分かった。紫兎ちゃんがそう言うならもう止めへん。でも覚えとき。ウチが一番に迎えに行く」
「ちょっと、あずき、ずるいわよ。わたしが一番に決まってるでしょ」
「何言うとっと、ウチが一番たい」
そんな声が次々とあがる。
「ふふっ…みんな、ありがとう…わたし待ってる…」
紫兎は、ぐすっ…と。
でも嬉しくてたまらなかった。
パープルラビット機が、紫兎の家の角の交差点に着陸する。
鬼魔ノ衆警報下で、人も車も、往来は全くない。
機体の横扉から飛び出した紫兎が、玄関に駆け込むと。
「あら、紫兎ちゃん、お帰り。どうしたの?…そんな変な格好して」
いつもなら寝ている時間だけど、おばあちゃんはテレビを観ながら起きていた。
紫兎の銀色のパラシュートスーツ姿に、ちょっと驚いた様子で。
「おばあちゃん!よかった、起きててくれて。すぐに避難の準備して。ここも危なくなるから」
この家も6時間後には、鬼魔ノ衆が出現するポイントの避難範囲内になる。
「避難?…ああ、いいのよ、紫兎ちゃん。私は、もう十分生きたからねぇ。死ぬならこの家でね」
「ダメ!…わたしが悲しいからそれはダメ。ほら、おばあちゃん、これ持って」
紫兎は、仏壇にあったおじいちゃんの写真を掴み取り、それをおばあちゃんに突きつけた。
「あらあら、紫兎ちゃんがそう言うなら、しょうがないねぇ」
「あ、そうだ。おばあちゃん、御盆は?」
「御盆?…それなら台所にあるわよ」
紫兎はいつものところに置いてあった御盆を手に取り、おばあちゃんの手を引いて家の外に出た。
ちょうど隣の銭湯のおばさんが、交差点に降りたパープルラビット機の音に驚いて、外に出てきていた。
「あ、おばさん!おばあちゃんをお願いします。もうすぐこの辺りも避難が始まるから」
「えっ!そうなの?…それは大変!」
亀の湯のおばさんは、あわわ…と慌てる。
「じゃ、おばあちゃん、亀の湯のおばさんと避難してね」
「えっ?…紫兎ちゃんも一緒に避難するんじゃないの?」
「ごめんね、おばあちゃん。わたし、まだやらなきゃいけないことがあるの…」
「あらそう、五郎ちゃんも人使いが荒いわねぇ」
ぇっ…!?…
「知ってたの?」
「ふふふっ、何をしているかは知らないわ。でも紫兎ちゃんが五郎ちゃんのお仕事を手伝っているんじゃないか、って気づいていたわよ」
「…黙ってて、ごめんなさい」
「いいのよ、でも……気をつけてね、紫兎ちゃんがいなくなるとおばあちゃんも悲しいから…」
そう言って両腕を回し、紫兎を抱き締めてくれる。
「うん…おばあちゃん、大好き…」
紫兎もその背に腕を回す。
五郎が仕事で忙しかったのもあり、紫兎は、幼少期から今まで、その大半の時間をおばあちゃんと過ごしていた。
血のつながっていない自分を、我が孫のように育ててくれたことに感謝してもしきれない。
おばあちゃんの温もりを感じることができるのは、これで最後になるかもしれなかった。
でも、涙を見せると、余計な心配をかけることになると思い、グッ…と奥歯を食い縛った。
大通りの角の方から避難誘導を始めた警察車両が拡声器を鳴らしながらゆっくりと進んでくる。
「…じゃ…行くね…」
堰を切ったように、こぼれ出す涙。
それを悟られないように紫兎は、おばあちゃんの腕から抜け出し。
いつでも離陸できる状態で待機していたパープルラビット機に飛び込んだ。
「お願いします!」
紫兎の合図を受けて特0隊員が親指を上に立て、上昇の合図をパイロットに送る。
夜空に上っていく機体の横扉から紫兎は身を乗り出し、どんどん小さくなっていくおばあちゃんの姿を目に焼き付ける。
「ありがとう…おばあちゃん…」
いつまでもこちらを見上げているその姿が、涙濡れる視界にボヤけてもう見えなくなって。
「銀座上空へお願いします」
そうパイロットに告げ、涙をぐっと腕で拭う。
そうして覚悟を決めた顔を上げ、MCリングに声を乗せる。
「舞子ちゃん!紫兎です。ゲートは?…まだ開いてる?」
「紫兎ちゃん!…うん、開いてるわ。でも急いで。いつ閉じるのかわからない」
パープルラビット機が銀座上空に着くと、神薙舞子と神津珊瑚が鬼魔ノ衆と交戦しているのが見えた。
もういくつかのビルは倒壊していて、銀座のシンボルの時計ビルも跡形がない。
苦戦しているのは明らかで、防御シールドを幾枚も展開しながら攻め込むタイミングが測れないようだった。
「レイアちゃんは?…どこ?」
「ここよ…」
MCリングから弱々しい声が返ってきて、紫兎は、水天宮レイアを目で探す。
「もう少し高度を下げれますか?」
崩れかけのビルの屋上で、こちらに手を振るレイアを見つけた。
「レイアちゃん、怪我…してるのね…?」
「大丈夫…よ、これぐらい。脚を折っただけ。飛べば関係ないし、少し…休めば回復する…」
そう強がったレイアの傷がかなり深いことは、それを見ずとも感じることができた。
「うん、もう少し頑張って…」
紫兎にとって御子が傷つくのがこんなにもつらく。
でもそう言って励ますことしかできない。
「行くのね…」
「うん」
「これがぜんぶ終わったら舞子が餡蜜パーティーするらしいから、紫兎ちゃんも参加でいいわね?」
「…うん…楽しみ…」
と、その時、珊瑚の悲鳴が轟く。
「きゃぁぁぁ…!」
鬼魔ノ衆の黒い槍を正面で受けた珊瑚が、防御シールドごと弾き飛ばされたのが見えた。
「珊瑚ちゃん!!」
気を失ったらしく、珊瑚は両腕をだらりとしたまま空中で放物線を描く。
「くっ…!」
咄嗟に舞子は、珊瑚の体を受け止めようと空を蹴って飛ぶ。
その無防備な背後を鬼魔ノ衆の黒い槍が狙う。
…危ない!!
「緊急降下!!」
ホルスターからテンガンを引き抜くと同時に、紫兎がパイロットに叫ぶ。
「射線を確保してください!」
手練れの操縦士は即応し、ダイブするように一気に高度を下げる。
まるでフリーフォールの落下感に胃が口から出そうになる。
が…その真紅の瞳で射線を確保した紫兎はテンガンの銃口を鬼魔ノ衆に向け、一瞬の迷いなく引き鉄を弾いた。
ドンッ…!!
テンガンの砲身から放たれた閃光の柱が箱型を貫き、それを灰塵に変えていく。
ちょうど東京銀座のゲートを中継していた特0司令室のメインスクリーンに、突然、フレームの外からSMT914の機影が現れた。
その機体の横から閃光の柱が放たれるのを見て、いちみが驚きの声を上げた。
「うそ!?」
「どこの機体だ!?」
「パープルラビット機です!」
「…紫兎ちゃんね」
「何であんな所に?…まさか、あいつ、このままテンガンをぶっ放しながら全国のポイントに参戦するつもりか?」
神薙舞子は、気を失った珊瑚を両腕に抱えたままパープルラビット機の横に浮かぶ。
「ありがと、紫兎ちゃん。助かった…それ、凄いね…」
舞子は初めて目にするテンガンの威力に驚いた様子。
「うん。へへっ…何も考えずに撃っちゃった」
テンガンのチャンバーから光を失った煌河石をコロコロと取り出し、新しいパックを装填する。
これで予備弾はあと1つ。
「珊瑚ちゃんは…大丈夫?」
「うん、気を失っただけみたい」
心配そうに珊瑚の顔を覗き込む舞子。
こうして近くで見る舞子の御子装束はボロボロだった。
ところどころ破れた隙間から覗く白い肌に、肩や腿から赤い血も流れている。
こんなに傷ついて……
その視線を感じた舞子は優しい笑みを浮かべ。
「大丈夫よ。まだまだやれるわ……だから、泣かないで、紫兎ちゃん」
「…ぁ……」
そう言われて初めて、一筋の涙が目尻から零れていることに紫兎は気づいた。
もう誰もいなくなって欲しくない…
だから…
御子のみんなを、わたしが護る。
紫兎は睨むような視線をゲートに向ける。
そこはまだ不気味な闇の口をポッカリと開けたままだった。
「司令室につないで下さい」
「はい、紫兎様」と背後から隊員が無線機を手渡してくれる。
「紫兎!大丈夫か!?…そこで何をしている!?」
五郎の大声に顔をしかめた紫兎は、レシーバーをいったん耳から遠ざける。
「もー、五郎ちゃん、声が大きすぎ。落ち着いて。わたしなら大丈夫だから」
「…ぁ…ああ、すまん…」
「小日向さん、この音声を全ユニットに解放して下さい。それと松本のおじさんにも」
「…ぁ…はい、了解です」
頷く五郎を見ながら、小日向は通信を、この建物全体と特0の主要部隊に開放し。松本国務次官にもつないだ。
紫兎もMCリングをフルオープンにした。
「皆さん、MFCの引波紫兎です。作戦続行のまま、聞ける人だけ聞いてください」
紫兎の改まった物言いに、嫌な予感を感じながら、五郎は耳を傾けた。
「わたしは、今からゲートに入ります」
…!!
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