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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR20 パープルラビット
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PR20 (6)




「司令!…ポイント94にて山梨、乙葉(おとは)様負傷!軽傷とのことですが、治癒にあたる富山、氷実様とともに戦線を一時離脱します!」


「まずいな…復帰までの見込みは?」


「回復まで30分ほどかかるそうです。ただ…この条件でシュミレートすると、ポイント108に御子を回すことができません」


「108は…確か…」

 五郎はポイントリストを見やる。


「島根、出雲です…ここは12()出ます」


 1ゲートで、あっても3鬼までだった。

 それが12鬼も…


 くっ…仕方ない…

「輸送機体や3マンセルにこだわらずに演算(シュミレート)して、再構築してくれ」


「了解、5分下さい」


「それと、ちひろにこの状況を伝えてくれ」


「了解です」

 通信班の瑞樹は、島根の御子、姫榊(ひめさか)ちひろのSMT914を呼び出す。




「微調整は終わってるが、ここに残ってるのはこれだけだ」

 東雲は、紫兎に3挺のテンガンと予備の煌河石弾パックを2つ差し出した。


 東雲(しののめ)ラボチームは、昨夜からテンガン製作を外注の工作所に依頼していた。

 夜を徹し、急ピッチで開戦までに間に合った37挺は、すでに御子のバックアップ部隊に回された。


「2つあればいいです。そんなに荷物は持てないし、1つはここに残しておかないと…」

 紫兎は腰のホルスターベルトにテンガンを差し込み、予備パックをベルトの小箱に入れた。


「しっかし…マジで運がないな俺たち。ゲートがここに開くとか。こんなことなら、お祓いを先にしとくべきだったな…」


「そんなの効くとは思えないですけど。でも…もしも御子が間に合わないときは、東雲さんがそれで仕留めて下さいね」


「うえぇ…俺か?…しょうがないな。色々とちびりながらでも根性みせるよ」


 クスッ…と微笑む紫兎の後ろで、特0隊員の一人がパラシュート装備の締め具合を確認してくれていた。

「少々きついかもしれませんが…」


「うん、大丈夫です。ありがと」


「紫兎様、もう一度手順を確認しますね。開く時は右手の赤を引いてください。十分減速したら左手の緑を引いて切り離します。パラグライダータイプだけが残りますので、その中央のレバーで進む方向を調整できます。最後に切り離す時は、ここのストラップを解除します」


 言われた通りの位置を確認しながら、紫兎は、うんうんと頷く。


「なあ紫兎ちゃん…本当に行くのか?」と東雲。


 銀色のパラシュートスーツ姿で、手渡された防風眼鏡(グラス)の装着具合を確認しながら。

「うん」

 紫兎は、力強く頷いた。

 これは、わたしの使命…


「そっか、できれば代わってあげたいが…」


「ふふっ、色々ちびるどころじゃないですよ」


「だな。でも、もしもの場合は、俺が38万キロ離れた君を捜し出す」


「おっと、口説き文句みたいですね、それ……でも、東雲さん、ありがと」


 お互い生き残っていたら…だな…

 その言葉を飲み込み、東雲は視線だけを強く交わし、黙って頷く。


 紫兎は内線でハンガーの操縦士(キャプテン)につなぐ。

「紫兎です。出動します」


 特0のハンガーで、パープルラビット機のツインローターブレードが始動を始めた。



「司令、シュミレート出ました。ポイント97岐阜高山から楓子様だけ出雲に飛べばギリギリ何とか。ただし20分以内で仕留めないと、次の楓子様のポイント115宮城岩沼に間に合いません」


 12鬼の箱型を二人の御子で20分か……

 それでも、ちひろが孤立するよりましだ。


 宮城の御子が島根へ。

 もうそんな大移動が当たり前になってきていた。


 戦闘を繰り返し、機中でエネルギー補給をしながらポイントからポイントへ渡り歩く御子たち。

 どんどん疲労が蓄積していく。

 肉体的にも精神的にも、そして魔力的にも。


 対する鬼魔ノ衆も馬鹿ではなかった。

 夜闇に紛れ黒い霧を厚くして防御をしたり、予期せぬ攻撃のバリエーションも増えてきた。


 特0の結界師が張った薄い障壁だけでは、防ぎきれるものでもなく。無傷ではいられない市街地も増えてきた。

 巻き込まれた市民にも被害が及び始めている。


 間延びする浄化時間、負傷した御子の一時離脱、SMT914の燃料補給のロスや予期せぬ故障…などなど。

 だが、そんなイレギュラーな情報が浮上する度にシュミレーションを再構築し、状況を追いかけていくしかない。


「司令、雪音(せつね)様から通信です」


 紫兎が医務室に運ばれたあとは、調査隊失踪時と同じく久慈雪音がMFC代表代理となっていた。


「つないでくれ」


「五郎はん、雪音だ。この通信以降、MFCは本作戦において地元優先の縛りを解除するべ。これは、御子みんなの総意だ」


「いいのか?雪音」


「もう地元もクソもないべ。この国がみんなの故郷だ。そう思わんと紫兎ちゃんに合わす顔がないべ。出来るだけ優先、それでかまわんべ。以上だ」

 通信がプツ…と切れる。


 地元優先の大前提。

 それを捨てることが、どれほど御子につらいことか…二條いちみには、よくわかる。


「よし。楓子に出雲支援を要請してくれ。他にも出雲108に回せる御子がいればあたってくれ」


「了解…っと、司令、ちひろ様からの通信が入ります」


「五郎さん。ちひろです。出雲108は応援不要です」


「ちょっと待て、ちひろ…12鬼だぞ…」


素戔嗚(すさのお)を出します」


「スサノオ??」


 何のことだ?…と五郎は、いちみに振り向く。


 素戔嗚。

 代々、出雲姫榊(ひめさき)家の御子は召喚術が使えるという噂を、いちみは耳にしたことがある。

 しかし、それを見たものも誰もいない、とも。


「ちひろちゃん、素戔嗚って…まさか…召喚を使うの?」


「はい。ただ、魔力をブーストする為に出雲の地霊脈の井戸を全て開ける必要がありますけど…」


 古来から御子の間で伝説として伝わる出雲の地霊脈の井戸。

 それは言わば魔力の貯金箱みたいなもので。

 数十ヶ所に及ぶとされるそれが、本当に存在しているとは…


「地霊脈の井戸が、ほんとうにある…のね?」


「はい、いちみさん。ここだけの秘密ですよ。これを聴いている皆さんは、聴いていないことにして下さいね…ふふっ…できれば温存しておきたかったけど、そうも言っていられません…ですが、それなりの反動もあります」


「反動?」


「素戔嗚を使った後、わたしは4時間ほど戦線を離れざるを得ません…」

 それほどに御子への負担もかかるということだ。

「…でも、その12鬼は、わたし一人で引き受けます」


 五郎は考える。

 どうする…?

 召喚だか何だか知らんが、12鬼をたった一人に押し付けていいのだろうか。

 それに…


 紫兎が倒れる直前まで予知し、座標と時刻が入力された最大ナンバーは324。

 ポイント108からそこまで島根の鬼魔ノ衆出現が3つある。ちひろが回復するまでは他の御子を回すしかない…か。


「それでいいのか?ちひろ」


「はい。でなければ、紫兎ちゃんに合わす顔がないです」


 ちひろも雪音と同じことを言う。

 それが五郎には引っかかる。

「ちひろ…それは、どういう…?…」


 と、その時、オペレーターが声をあげた。

「司令…紫兎様からです」


「何ぃ?…ちひろ、ちょっとそのまま待っててくれ」


「よかった、気がついたのね」

 いちみが安堵する。


「紫兎!…お前、大丈夫なのか?」


「うん、もうすっかり元気」


「なら、よかった」


「ごめんね、こんな大事な時に…」


「いや、いいんだ、お前の頑張りのおかげで、ここまで何とか俺たちで凌いでる。ドクターはそこにいるか?代わってくれ」


「それより、五郎ちゃん、出雲の12鬼は、ちひろちゃんに任せても大丈夫よ」


「は?」


「今から、倒れる前に予知した追加のデータを送るね。それと、今さっき、予知した分も…」


「今さっき、って…おい、紫兎、無茶するな」


「ふふっ…もうしちゃったもんね」


「っ、たく…小日向、頼む」


「了解」と小日向が指を走らせる。


「データ来ました。投影します」


 地図モニターの日本列島をザッ…と埋め尽くすイエローポイント。

 その最大ナンバーは、973。

 その時刻は、日付変わって本日の18:24。


「……………………」

 司令室の全員が凍りついて言葉を失った。


 こんなの無理だ、と誰もが思う。

 今から800鬼以上も相手に18時間も戦い続けられるわけがない。


「これで全てです…」


 紫兎の声がその静寂を破る。


「…そして…これが、わたしたちが直面している無慈悲な現実です」


「……………………」


「ただ、そのマップから各地の最適な最終避難ルートが決められるはずです。選定を急いで下さい。出来るだけ多くの人が無事に避難できるようにお願いします。それと…今からとても大切なことを言います」


 一拍おいて紫兎が続ける。


「ポイント325を見て下さい」


「325?…どこだ…」五郎がモニターを見やる。

「嘘…そんなことって…」いちみが狼狽する。


「そうです。特0司令本部(ここ)です。正確には、ここから1キロ北だけど。わたしの予知にハズレがなければ、今から5時間ほどでこの建物は危険に晒されます」


 紫兎の予知はここまで100%。

 ハズレはない。

 1キロはここまでの誤差範囲の円のなかだ。最悪の場合、この足下でゲートが開く。


「……………………」


 ここからの指示系統が沈没すれば、今のような戦い方ができなくなる。

 それが何を意味するのか、誰の目にも明らかだった。


 その衝撃的な事実に、諦め、という名の重い空気が漂い、司令室を丸ごと支配した。


「でも!!」


 紫兎の強めの語調に、大人たちは、ビクッ…と肩を震わせた。


 一転、優しいトーンの声音で。

「…でも……それでも、わたしたち御子は決して最後まで諦めません。だから、お願いします。皆さんも決して諦めないで下さい」


「し…しかし、紫兎様」

「こんなの…どーやって…」


 オペレーターたちは揃って顔を上げられない。


「まだ勝算はあります」

 半分以上嘘だった。

 一か八か、に近いかもしれない。


 …勝算?

 これを見て、一体どんな勝算があると言うのだ?


「可能性、と言った方がいいかもしれません。けど、わたしにひとつ考えがあります」


 オペレーターが五郎に告げる。

「…司令…パープルラビット機がハンガーを出ます」


 なんだと?…まさか…

「おい、紫兎!お前…今、一体どこにいるんだ!?」


「五郎ちゃん、ちょっと(ウチ)まで御盆を取りに行ってくるね。じゃ、また連絡する」


「ちょ、紫兎!…おい!待て!」


 通信が遮断されて、オペレーターが首を横に振る。


「おぼん?…何の話だ…二條…」

 五郎は訳がわからず、しちみに助けを求める。


「…さあ、何でしょうね……いえ、待ってください…」


 …御盆?……煌河石の?

 そんな話しを五郎から聞いた。

 この状況で、それをわざわざ取りに…


 ここにきて、それが意味するものとは…?


 いちみの中で、

 バラけていたパズルのピースがはまる。


 …ぁあっ!…、―――神ノ起具(かむのき)!!


 その可能性は高い。

 どうして今まで思いつかなかったのだろう。


 二條いちみは驚愕の表情を浮かべ、またすぐに物思いに沈む。


「…どうした二條?」


「司令…ひとつだけ言えます。紫兎ちゃんは、まだぜんぜん諦めていませんよ」


「……そうか」

 五郎は、しょうがないな…とばかりに大きな嘆息を吐き出し、気持ちをリセットした。


 あいつが諦めないなら、俺も諦めない。

 今すべきことは、目の前に山ほどある。

 俺は、ここの司令長官だ。


 ーー守り抜く!


「まだだ!終わってたまるか!…各自ファイナルポイントまでのシュミレーションを急げ!」


読んで頂きましてありがとうございます。

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