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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR20 パープルラビット
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PR20 (5)


 白い天井をぼんやりと見つめながら、紫兎はたった今見ていた夢を思い起こしていた。


 開けた窓から、ジージーと蝉がうるさい夏の昼下がり。まだ小さく幼かった紫兎は、座卓の上で煌河石(こうがせき)を並べたり積み上げたり。

 そんなひとり遊びに興じていると…

「紫兎ちゃん、おやつよ」と、おばあちゃんが冷たいスイカをお盆に乗せてきてくれた。

 紫兎は「わーい」とはしゃいで、シャクシャクと大好きなスイカを両手で頬張った。冷たく水々しい甘さが口いっぱいに広がって…

 うん、美味しい!

 すると突然、開け放たれていた窓から大きな蜂が入ってきて紫兎は怯えた。

 怖い…刺される…

 おばあちゃんは台所だ。

 ブーンという羽音が耳の横を通り過ぎるたびに「ヒャッ…!」と頭をすくめる。

 スイカを手に持ったまま、部屋から逃げ出そうと立ち上がったのだけど。脚がもつれて転んでしまいーー


 そう…座卓の角に頭をぶつけた。


 あれは痛かったなぁ、血もいっぱい出て…


 ふふっ…変な夢…


 夢?…違う…そうじゃない。

 これはわたしの記憶だ…


 そう言えば、あの後どうなったんだろう?

 わたしのワアワアと泣く声におばあちゃんが慌てて部屋に駆け込んで来て、血相を変えて救急箱を探しに行って…


 座卓の上で何かが光ったのを思い出す。


 おばあちゃんが戻ってきた時には。

 そうだった…

 不思議と頭の傷が治っていたんだ…

 それと、あの大きな蜂もいつの間にかいなくなっていた。


 あれ?…なんで、こんな昔のこと思い出しているんだろう…

 ぼんやりと漂っていた意識がはっきりしてきた。


 不意に、ここがどこで、何をしていたのかを思い出す。

「ああっ!…たいへんッ!」

 紫兎はガバッ!と跳ね起きた。


 左腕の肌が突っ張るような違和感を感じて、それが点滴を受けていたからだと分かった。

 ここは特0の医務室のベッドの上だ。


「おっ…紫兎ちゃん、気がついたかい?」

 特0の医務室のドクター高瀬がひょいと、カーテンの隙間から顔を覗かせた。


「……どれぐらい?」


「ん?…」


「先生、わたしは……わたしは、どれぐらい眠ってたの?」


「そうだな、3時間ぐらいか…」


 …ッ!

「さん…じかん…も?…そんなに…?」


 その事実にショックを受けた紫兎は首を振りながら頭を抱え、ぁぁぁ…と声を震わせる。


「…先生…鬼魔ノ衆(キマノス)は?…御子のみんなは?…特0のみんなは?…どうなったの?」


 それを聞くのが恐ろしい…でも、訊かずにはいられなかった。


 ふぅ…と、ドクター高瀬は息を抜く。

 そして優しげな声音で、ゆっくりと。

「まあ落ち着いて、紫兎ちゃん。大丈夫だよ。君の予知してくれたポイントと時刻を特0が引き継いで、御子さんたちはまだがんばっているよ」


「…ぇっ…?」

 驚きで目を見開く紫兎。


 だが再び、頭を抱えて膝を抱え寄せ。ベッドの上で小さくなってぶるぶると震え出す。


「もう無理だよ…そんなの出来っこない……最初から無理だったんだよ……あんな大群に勝てるわけないんだ……やっぱりみんな死んじゃうんだ……うっ、ひっ…くっ…ぅぅぅ…」


 ついには、小さな子供のように泣きじゃくり始めた。


 そんな紫兎にドクター高瀬は、ベッドの端に腰掛け優しい眼差しを向ける。


「まあ…そうかもしれないな……でも、みんな、まだ諦めずに戦ってるよ。だって、御子とはそういうものなんだろ?」


 ハッ…!と気づかされたような顔をして、紫兎はドクターを見る。


「ほら、紫兎ちゃん、前に言ってたろ?…命を()してでも護りたいものを護るのが御子だ、って…

まあ、医師として、それはどうかと思うけど。それが御子の本質だ、って…そんな姿に憧れる、って……そう嬉しそうに話してくれたじゃないか?…違うのかい?」


「…ぁ……」

 そうだった。それが御子なんだ。

 そして、わたしも…御子だ…

「…違わない……」

 少しでも諦めかけた自身に腹が立ち、グッ…と両の拳を握り締めた。


 紫兎は壁掛けの時計を見上げる。


 あと5時間もない…


 ポイント325の座標は、特0司令本部(ここ)を指していた。

 正確にはこの建物から北1キロだが、その距離は予知の誤差範囲内だ。

 最悪ここの直下でゲートが開く。

 たとえ直撃でなくとも鬼魔ノ衆の脅威に晒されるのは必至。


 特0からの情報が途絶えれば鬼魔ノ衆と戦えなくなり、人々が避難することも困難を極める。


 そうなれば、ほんとうに全てが終わってしまう。


 どうすれば…?

 考えろ、わたし……どうすれば……


 まるで何かに取り憑かれたように焦点の合わない視線を泳がせる紫兎の様子に、ドクター高瀬が心配顔で声をかける。


「紫兎ちゃん、どうした?…まだ気分が悪いのかい?」


「大丈夫です…」


 わたし…何かとても大事なことを忘れてる…

 気づいていながら、それが何なのか思い出せないもどかしさ。


 ふと…

 枕元に並べられていた煌河石(こうがせき)に目をやり、そのひとつを手に取る。

 煌河石…

 そうだ…この子たちが、わたしに何かとても大切なことを教えてくれていたような気がする。


「ああ、その石。それが紫兎ちゃんに効く一番の薬だ、って、二條さんが置いていったんだ」


「…(くすり)……」……救急箱…


 その言葉が、見ていた夢…いや、記憶とつながる。


 座卓の上で光ったのは御盆(おぼん)だ…


 煌河石の御盆ーー


 もしかして…

 ひとつの可能性に気づいて、紫兎はハッ…と顔を上げた。


「御盆だ…」


「おぼん?」

 ドクターは訝しんで首を捻る。


「そう、御盆です」


 ベッドから降りようとして、手首のMCリングが外されていることを知る。


「先生…わたしのリングは?」


「リングならここに…二條さんが、寝てる間は外した方がいいだろうって」


 それはその通りだった。

 紫兎は無理を推して大量の予知情報を受信し続けた。あげく、脳がオーバーロードを起こして、ここに運び込まれたのだから。少しでもその負荷を減らすのは当然の処置だった。

 お陰で今は、紫兎の意識はスッカリ晴れ渡っていた。


 ドクター高瀬はデスクの上にあったMCリングを取り、紫兎に手渡した。


 わたしとみんなをつなぐもの…


「先生ありがとう。わたし諦めない。だって、わたしも御子だから」


「でも、あまり無理しないようにな」

 ドクターは最後まで医者らしく。


 そして紫兎は医務室を飛び出して行った。


 司令室ではなく東雲(しののめ)のいるラボを目指す。

 廊下を駆けながらMCリングを菫色(パープル)に光らせ、50の御子(なかま)と一気にリンクをつないだ。


「紫兎です!…みんな、聞いて欲しいことがあるの」


読んで頂きましてありがとうございます。

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