PR20 (4)
それは歴史上、日本列島が最も沈黙した2分間だったのではないか。
その静寂を破り、特0司令長官の引波五郎が吠える。
「ポイント1どうした!?御子を追え!」
特0司令室からの怒鳴り声に、吉野ヶ里の撮影班が慌ててズームを引き、フレームから外れた御子たちを探す。
「チィ…どこだ?!」
「班長、2時の方向に黒煙!…上です!」
同僚の声を頼りに、カメラを肩に抱えた隊員は噴き上がる黒い霧の上方に焦点を合わせた。
すると…
有明の晴れた渡った蒼穹に幾条もの浄化の閃光が瞬き走った。
あっという間だった。
鬼魔ノ衆が纏う黒い霧は呆気なく削がれ、剥き出しにされた箱型本体を閃光の柱が天から貫く。
もはやどの御子が放ったものか誰も追えていない。
その眩しさに誰もが双眸を眇めた。
その数秒後、五郎たちは黒塵となって風化していく箱型の残影だけをスクリーンに眺めていた。
ライブ中継に噛り付くように身を乗り出していた全国の人々も、歓声や、拍手や、驚きの声すらなく。ただただ一瞬の出来事に唖然とした。
まさかーー
これほどの早業で鬼魔ノ衆を鎮めてしまうとは、いったい誰が想像しただろうか。
MFC席から紫兎が静かに告げる。
「次が…来ます」
半ば放心していたオペレーターが、ハッ…と我に帰り。慌ててメインモニタースクリーンを次のポイントに切り替えた。
石川県かほく市沿岸部でも、同じように浄化の閃光がスクリーンに走る。
これは何とか、ちょうど石川の御子、七々雄由梨が神ノ起具から止めの一撃を放ったところだった。
こちらも瞬殺。
そして直ぐに、三重県鈴鹿市の映像がサブからメインに。
同じだった。
わずか数十秒で片がつく。
禍々しい黒霧の鎧を纏い、予知された通りに開いたゲートから姿を現した箱型鬼魔ノ衆。
遠路はるばる、1800年振りにこの地に戻って来たにも関わらず。挨拶する間もなく、待ち受けていた御子たちの鉄槌に屈して灰塵と帰した。
これほどに圧倒的とは…
二條いちみは驚愕を隠せない。
ゲートから浮上してくる鬼魔ノ衆を、その直上から三位一体で叩く即時殲滅作戦。
相手に反撃する間を微塵も与えない、ハローアタック。
もちろん人的被害はゼロ。
運悪く出現ポイントの真上にあった町工場や家屋が消えただけだった。
こんな戦い方ができるのも、紫兎の正確な危険予知スキルがあってこそ初めて成り立つ。
もはや予知ではなく、予報…いや、予告と言ってもいいレベルだ。
現地からの通信が続々と司令室に届く。
「司令室、こちらポイント1、佐賀県吉野ヶ里町、浄化完了」
「ポイント2、石川県かほく市、同じく、浄化完了」 そして、ポイント3も。
スクリーン上には、空中でホバリング待機していたそれぞれのSMT914に乗り込む御子たちの姿が映る。
ハイタッチを交わし、各々に割り当てられたこの先の出現ポイントや待機地点に向かうため、浄化完了された空域を離脱していく。
こんな機動力が活かせるのも、この日までに国とMFCが相互支援体制の下で互いの信頼関係を築くことができたからに違いなかった。
まさに科学と魔法の融合。
二條いちみは、MFC代表席でMCリングの交信と予知に集中している紫兎を振り返り見る。
まったく…すごい御子よ……あなたは…
「ゲート出現座標と時刻の誤差は?」と五郎。
「今の3つのポイントでみますと…位置座標の振れ幅は最大半径で870メートル。時刻はプラス2分と3秒、マイナス57秒です」
「よし、そのまま誤差をウォッチし続けてくれ。それと各地点のバックアップ部隊に通達。予知ポイント座標から3キロ地点で結界壁を展開するように伝えてくれ」
「了解」
一気に声が飛び交い司令室内が慌ただしくなる。
「ポイント4、長野市戸隠、御子、バックアップともにオールスタンバイ…付近住民の避難完了してます」
「ポイント1、2、3、は指示があるまで引き続き警戒体制を…」
「各地点の被害状況は…」
メインのモニタースクリーンとは別のサブスクリーンに表示されている日本列島の3Dマップ。
そこに12の赤いドットと1つの黄色いドットが示されている。
レッドポイントは現時刻から1時間以内に、イエローポイントはそれ以降にゲートが出現すると予知されたポイントだ。
出現予知時刻の順でナンバーが振ってあり、第1波の初戦を終えて1から3のレッドポイントが浄化完了の報告を受けて消えた。
また別のモニターには、各ポイントが空港の時刻表のように表示されている。
ポイント4の長野市戸隠から現時点での最大ナンバー13の京都府貴船までがアップされていて。
それぞれのポイントの予知時刻と、残時間が分単位でカウンター表示され、分かりやすい。
「ポイント4、長野市戸隠、浄化完了」
「続いてポイント5、岡山玉野市、御子スタンバイ。MF映像メインへ切り替えます」
「ポイント6、茨城県日立市、こちらも御子スタンバイ。Aサブモニターに投影」
幸いにも、ゲートポイントは全国各地にまばらに広がっていた。
レッドポイントが減っていくにつれ、リストモニターは次に控えている出現ポイントに順次繰り上がっていく。
開幕の3連戦を圧勝し、さらに2戦。ここまで大きな被害もなく浄化が進んでいるのを受け。
このまま行けるのでは、と…そんな楽観ムードが司令室に漂ってきた時だった。
マップ上のポイントがポツリポツリと増え始めた。
青森、新潟、東京、静岡、北海道、宮崎、そして、再び京都。
これでポイントの最大ナンバーが20となる。
「ポイント17と19がダブルか…」
五郎が眉根を寄せる。
出現する鬼魔ノ衆は1ゲートに1鬼とは限らない。
これも事前に想定されていた。
ダブルとは同じゲートから箱型が2鬼出現するという意味。
当然、御子の配置もそれに応じなければならない。
この情報をもとにシュミレーターが即時演算し、その最適解を導く。
「紫兎…」
五郎がMFC席に振り向くと、紫兎は何かブツブツと御子たちと交信し、端末パネルに指を走らせていた。
そうして予知した座標と時刻を次々と入力していく。
コンソールに並べられていた煌河石が幻想的に蒼白く光り、まるで魔光の粒子の泡を纏っているようにも見えた。
「司令、今は話しかけない方がいいと思います」
「ああ、分かってる」
予知のスキルは、紫兎の脳に負担をかけると二條から聞いていた。
五郎の心配性が顔を出し、大丈夫か、と言葉をかけたくなっただけだった。
その視線に気づいた紫兎が、大丈夫よ…とその真紅に変わった瞳で微笑み返す。
五郎もつい、フッ…と口元が緩んだ。
まったく、大したやつだ…
でも、あまり無理はするなよ。まだ始まったばかりだ…
「ポイント20までのバックアップユニットの配置は?」
「今のところは問題なく回せそうです」
「避難状況は?」
「即時発動されました。新ポイント14の青森県津軽新城が現時刻より55分後、陸自と県警が大慌てで避難誘導を展開中です」
新ポイントの位置時刻データは衛星回線を利用して、待機している避難誘導部隊に逐次通信が飛ぶシステムが組まれていた。
レッドポイントが次々と消されていき、新しいイエローポイントが次々と現れる。
そうして開戦から1時間半が経過した。
メインモニターには、ポイント17の静岡県浜名湖畔。
ちょうどゲートから浮上しようとする鬼魔ノ衆に向かって、小夜山みかんが「うなぎビーム!」とかなんとか…
自称必殺技を叫びながら閃光を放ち引導を渡したところだった。
藍色の空が深まり、そろそろ日没を迎える。
紫兎の予知したポイントの最大ナンバーは、すでに63に達していた。
そして、ゲートの開く間隔が短くなってきていることは誰の目にも明らかだった。ポイントの中には、3鬼同時というトリプルも混ざり始める。
五郎は座標モニターを眺めて懸念を口にする。
「まずいな。このままだとサポートに行った御子の背後を突かれ始めるぞ」
しかも、夜戦に突入。
ポイント29。広島県厳島。
時刻は18:36。
待ち構えるは、地元広島の御子、大和路紅葉と、そのサポートに山口、愛媛からの御子たち。
「敵さん、おいでなすった!」
御子たちは、鬼魔ノ衆の邪気を感じ、海面の色と同化し始めた藍色の空に高く舞い上がる。
これまで他の御子たちが実践してきたように、浄化のパワーを溜めながら直上からの狙いを定める。
ッ…!!
……マズイ!
察知した時には、鬼魔ノ衆から放たれた黒い槍が、下降し始めた御子たちの正面に迫っていた。
「チッ!…」と舌打ちしながら紅葉は、先行するサポートの御子たちの前に防御シールドを投げた。
間一髪、シールドに阻まれた黒い槍は行き場をなくしてズンっと突き立ち。そのコンマ何秒かのタイムラグを利用した御子たちが瞬時に左右に弾ける。
「ナイス!…そのまま叩き込んじゃれ!」
左右から放たれた閃光の雨が鬼魔ノ衆の黒い鎧を削り取り。止めを刺す紅葉がその直上に飛ぶ。
そのまま神ノ起魔装槌を豪快に振り下ろして幕を閉じた。
「ふぃー…危なかった…」
「攻撃…?」
いちみは、御子の防御シールドがスクリーンに花開くのを見て、思わず声を上げた。
鬼魔ノ衆が攻撃してきたのはこれが初めてだった。
そうさせないための、待ち伏せ三位一体フォーメーションだったのに。
なのに…なぜ…?
「くそっ…あれは厄介だな…」
五郎がスクリーンを睨み上げる。
「そういう個体もいる、ということかしら?」
明らかにゲートが開くと同時に黒い槍を放ってきた。
まるで、そこで待ち伏せされているのを知っていたかのように……
「あるいは、ヤツらにも通信手段があるかも知れんな…」
いちみは、五郎の意外に鋭い読みにちょっと驚き、ジッ…と見つめ返してしまった。
「…何だ。変なこと言ったか?…俺…」
「…ぁ…いえ…」
その逆だった。
そうかもしれない、それはあり得る。
「紫兎ちゃん、聞こえる?…攻撃してきおったで」 と紅葉から。
「はい、見てました。みんなに伝えて下さい」
次のポイントから御子たちの戦い方に変化が現れた。
これまで攻撃に特化してノーガードで突っ込んでいた御子たちだったが、1人が防御シールドを展開する役目に回った。
やはり、その鬼魔ノ衆も出現と同時に攻撃を放った。
偶然じゃない…
いちみは、そう感じざるを得なかった。ヤツラにも何らかの意思疎通がある、と。
ほんと厄介ね……
恐らくこの先そう簡単には勝たせてもらえない。
そして開戦から4時間が経過。
増え続ける予知ポイントと、浄化に時間がかかり始めたことにより、御子の配置に少しずつ狂いが生じ始める。
紫兎はシュミレーターのリチェックをかける。
鶯美ちゃん、つつじさんは、煉花ちゃんの所へ…
氷実ちゃん、侑舞ちゃんは、ノノちゃんのところへ
ここ……音祢ちゃんの10分以内に盛岡は厳しい…
代わりにここで瑠璃ちゃんが、湯沢へ…
純恋ちゃんを浄化次第、旭川に?
となると、楓子ちゃんが…盛岡?
その間にも自身が予知したポイントが続々と増えていく。
止まらない鬼魔ノ衆の進軍。
待って、そうじゃない…楓子ちゃんは富山へ…
御子の移動距離が長くなり始める。
本当にこれが最適なのか?
ダメだ、追いつかない…
もっと予知のスピードをあげなきゃ。
出来る限り未来を見通さないと勝機も見えてこない。
「みなさん、今から少し集中させてもらいます」
紫兎は、持てる予知スキルを最大限まで解放することにした。
スッ…と瞼を閉じた紫兎の体から白い魔光の粒子が立ち昇り、ふわふわと雪華のように踊り出した。
「うわ…すげ…ェ…」
初めて見せる紫兎の御子らしき姿に、司令室の皆がつい魅入った。
「紫兎…」…
やっぱり…お前は…
その真紅に染まった瞳がカッ…と見開くと、紫兎の十指が端末パネルの上で高速タップを踊る。
どっ!と一気に増えるイエローポイント。
その最大ナンバーは一気に128へ。
「小日向さん!シュミレートとリチェックお願いします!」
「りょ…了解。瑞樹さん…こっち、手伝ってくれ」
「は…はい…」
座標と時刻、SMT914の現在位置をシュミレーターが即時演算し御子の配置が決まる。
そこにエラー表示が出るのは、そのポイントに御子が足りないか、十分な魔力回復時間が取れない場合だったりする。
それを受けて特0のオペレーターたちが手動で距離と時間を測り、御子の配置を再構築する。
鬼魔ノ衆を浄化し終えなければならないリミットにも修正を加えていき、全ての予測を全部隊に伝える。
ダメだ、まだ全然足りない…
この戦いの鍵は、どこまで先を読み通せるか…だ。
組み握った両の手を汗の浮き上がる額に当て、紫兎は再び予知に集中する。
しばらくそうして、ジッと動かない。
そして長い祈りから覚めたように、紫兎が一気に座標と時刻を打ち込み始める。
ポイントの最大ナンバーが更新され、その数、なんと263!
時刻は、およそ6時間後の深夜03:13。
それを見て、司令室内に動揺が走る。
くっ…こんなに…!
願わくば、数日、あるいは一日、いや、たった半日でもいい。
ゲートが開かない時間帯が欲しい。
そうすれば体制を立て直すことができ、勝機も見えてくるはず。
なのに…
予知スキルを一気に解放したツケが回ってきたらしく、頭が朦朧としてきた。
はぁ…っ…はぁ…
「紫兎っ!無理するな…!」
「…でも、五郎ちゃん……」
やらなきゃ…
限界を超え、三たびの能力解放を見せる紫兎。
―――ぐ…っ…
くらくらっと視界が歪む。
大量の座標と時刻の数字の羅列が脳内を埋め尽くす。
それが無慈悲にも502まで達することを知って、それが今からおよそ10時間後、時刻は明朝07:18だとわかって。
ーーそんな…
しかもそれは最悪の上をいく展開を見せつける。
緩やかに右肩上がりで出現数が増えていき、後半一気にその数が爆発する。
そうなると御子たちは分散され、三位一体攻撃も成り立たず、もはやSMT914の機動力も追いつかなくなる。
ここまで浄化完了した分を差し引きしても、今から休む間もなく一晩中、戦いと移動を続け。
ーー430鬼。
これじゃあ御子の魔力も体力も…気力すら持たない…
でも!…諦めたらそこで終わり…
この国は、人々は、鬼魔ノ衆に喰い尽くされてしまう。
「…くっ…ぅ…」
フラフラになりながらも、予知の結果を端末に放り込み始め…
…ぇっ……?
紫兎はソレに気づいてぴたっと指を止める。
まるで死神の大鎌が振り下ろされたような、ゾクッ…っとする悪寒が背筋を駆け抜けた。
ここ…?
ポイント325の座標が特0司令本部の場所を示していた。
その時刻は今からおよそ8時間後。
明朝05:05。
この作戦の要である特0が機能しなくなったら、その時点で穢れに全てが飲み込まれる。
ジ・エンドだ。
「…そんな……嘘……」
その予知が間違いであって欲しいと呪った。
突然、フラリと後ずさるようにMFC席から立ち上がった紫兎。
その異変に気づいた五郎といちみが、慌てて駆け寄る。
「紫兎!」
「紫兎ちゃん、どうしたの!」
「…ぁ…五郎ちゃん…いちみさん……ここが…」
魂が抜けてしまったかのような顔面蒼白で、イヤ…イヤ…と首を横に振りながら、さらに後ずさる。
「おい…紫兎!」
「ちょ…紫兎ちゃん、大丈……」
ぐるん…と頭が回るように揺れる。
咄嗟に差し伸ばされた五郎といちみの腕の中にがくっと崩れ落ち…
紫兎はそのまま気を失ってしまう。
読んで頂きましてありがとうございます。