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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR20 パープルラビット
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PR20 (3)


「……以上、青葉山ゲートの調査から帰還した御子の報告により、仙台でコンタクトした鬼魔ノ衆(キマノス)と同型のものがおよそ1000()、順次かつ同時多発的に本日の夕刻から全国規模で出現すると、我々、公安部特務0課は判断します」


 未明4時からの緊急招集作戦会議はリモートモニター越しだった。


 司令長官の引波五郎がそう言い切ると、官僚首脳陣はしばらく押し黙った。

 モニターの向こう側で、恐怖、懐疑、困惑、そんな感情が渦巻いているのを横で補佐についていた二條いちみは感じた。


 しばし沈黙の後、(せき)を切ったようにモニターのスピーカーが(ざわ)つき始めた。

「どうして今日の夕方だと分かる?あと半日ぐらいしかないじゃないか」

「1000だと?…確かな情報なのかそれは?」

「あんなものが1000も次々と同時に多発したら、この国が滅ぶぞ」

「同時多発?だいたいそれ自体が不確定要素なんじゃないのかね?」

「全国規模と言われても範囲が広すぎて対処のしようがない」

「原発はどうする?全部停めるのか?」

「全ての交通機関も止めなきゃならんぞ」

「交通機関だけじゃない、輸出入も全てストップだ。経済への打撃は計り知れん」

「経済?…安全が先じゃないのか!」

「そうだ、国民は?…これではどこに避難させていいのか分からんじゃないか?」


 五郎は冷静に努めて、官僚に喋るだけ喋らせておいた。こんな時は下手に口を挟もうとすると拗れて議論が先に進まない。

 混乱した言葉の応酬がひと通り過ぎ去ったのを見計らって、国務次官の松本が口を開いた。

「それで?…引波司令、特務0課の考えを聞かせてもらおうか」


「はい、松本国務次官。鬼魔ノ衆が出現するゲートは神出鬼没ですが、全く打つ手がないわけではありません。実は、出現する場所と時刻を特定できます」


「ほう…迎え討てるのか?」


「今のところ、ある程度は、ですが……」


「なんだ、急に歯切れが悪いな」


「鬼魔ノ衆の襲来の始まりを、本日の夕刻1630頃と示すことができたのは、とある御子の予知能力からです」


 五郎が紫兎を御子と称したことに、いちみは表情を変えぬまま驚いた。


「…ふむ…なるほど。続けてくれ」


「その御子の予知を頼りに場所と時刻を特定します。現時点で予知されたファーストコンタクトは、佐賀、石川、三重の3箇所。ほぼ同時刻に出現。そのポイント情報は出現時刻が迫るにつれ、より詳細に特定されつつあります」


 会議スピーカーから、ざわっ、と声が漏れる。


「予知能力だと…?」

「そんなもの、当てになるのか…?」


 気にせず五郎はそのまま続けた。

「まず、佐賀県吉野ヶ里町、石川県かほく市、三重県鈴鹿市、そしてこの第1波にやや遅れて、第2波は長野市戸隠と岡山県玉野市。現時点でここまでですが、次第に3波、4波と明らかになるはずです」


 共有モニターに投影された日本地図上に、言及された出現ポイントが赤塗られていく。


「出現予知されたポイント1つに対してMFCから3名の御子を配置してもらい、浄化活動を同時展開してもらいます。東京、富士川、それに仙台において、複数の御子が対処してくれた状況をイメージして頂ければよろしいかと…」


 記憶に新しいその状況は、会議に集まった官僚たちにも想像しやすかった。


「…続けてくれ」と促す松本。


「そして、浄化を終えた御子の魔力回復時間を考慮しながら、後に出現する別のポイントへ順次振り分けます。48機のSMT914の機動力をフルに活かし、即座に別ポイントに移動、または待機、これを全国規模で繰り返します」


 待ち伏せ、叩く、移動。その繰り返し。


 二條いちみは思う。

 まさにモグラ叩き…


 共有モニター画面を使って、そのシュミレーションのイメージが示された。


「MFCから得た予知ポイント情報を特0が受け、自衛隊と警察消防各機関に即時情報を展開し、付近住民の避難を全面サポートします。そのための特殊シュミレーションプログラムを特0中央司令室にて構築中です。間もなくテストランを開始し、本日1000(テン ハンドレッド)までには運用できるようにします」


「そんなことが可能なのか?」

 高官の一人が口を挟む。

 いちみは、自分も昨夜の京都で同じセリフを言ったことを思い起こし。フッ…と口元が緩んだ。


「できるかどうかではなく、この方法しかない、と申し上げます」


 五郎がそう告げると、その高官は眉根を寄せながら深い嘆息を洩らした。

「これだけ科学が発達した時代に我々が頼ることができるのが、映画やアニメの世界のような予知と魔法だけとは…」


「そんなことはありません。今回の作戦は科学と魔法がお互いに手をとったことで初めて成り立ちます。御子は神ではありません。戦えば傷つき血を流します…そして、我々にもできることはあります」


「…例えば?」


「我々一人一人ができることを全力でする。ただそれだけです」



 その頃、紫兎は特0司令室でシュミレーションプログラムのテストランを確認していた。


「紫兎ちゃん、どーです?」

 それをサポートする小日向(こひなた)は、外部ケーブルで接続したPCのコマンドを目で追いながら。


 紫兎は眼前に浮かび上がったタッチパネルに、ピアニストが早弾きするように十指を走らせていた。

「えーと…システムは今のところ問題なさそうですね。小日向さん、寝てないんですか?」


 シュミレーションプログラムのベースは、夜を徹して小日向が構築してくれた。


「まあね、大丈夫ですよこれぐらい。でも、確認に来てくれて助かりました。おかげで少し休めそうです。ところで、紫兎ちゃんは上の作戦会議に出席しなくてよかったんですか?」


「大丈夫、いちみさんがいるから」


「ははっ、引波司令も信頼ないですね」


「小日向さんは?…彼女とかいないんですか?」


「は?…何ですかいきなり。いませんよ。いたらいいんですけどねー」


「好きな人とかは?」


「…っと…それは…」


「通信班の瑞樹(みずき)さんなんか、お似合いだと思うんですけど…」


 図星を突かれた小日向は、ドキッとして指が止まった。

 そこに白衣姿の東雲がやってきて、紫兎に声をかける。

「おーい、紫兎ちゃん、そろそろこっちもお願いしたいんだが…」


「はーい。もうこっちは終わりますよっ、と…」

 タタタ…と走らせていた指を止め、ふぅ…とひと息入れてからシステムをリブートさせた。

「…これで、よし、っと。小日向さん、あとはリチェックかけて少し休んで下さいね。本番中に倒れたら大変ですから」


「了解です。紫兎ちゃんこそ少し休んで下さいよ」


「はーい。それと…さっきの恋話(こいばな)の続きですけど…」

 紫兎が小日向にコソッと耳打ちをする。

「…瑞樹さんとならきっと上手くいきますよ。わたしの予知スキルがそう囁いていますから」


「ぇっ?…それマジですか…」


 スキルのくだりは冗談だったが、何のことはない、紫兎は瑞樹美保も小日向守に好意を抱いているということを知っていただけ。


「ふふっ…じゃ、頑張ってくださいね」

 悪戯っぽい笑顔を残して、紫兎はテンガンの調整のために東雲とラボへ向かった。




「…本作戦名はパープルラビットとする。各機関は迅速かつ適切な対応をお願いする。以上、解散」


 松本国務次官が会議を締めて、各機関首脳陣のモニター画面が暗転した。


「引波さんと二條くん、少しいいかな…」

 松本が画面越しに声をかける。

 役職名が付かなかったので仕事とは離れた話題だろう。


「はい。なんでしょうか?


「紫兎ちゃんは元気かね?」

 もうおじいちゃんの顔だ。


「はい、松本さんにも会いたがっていました」


「そりゃ嬉しい。ゲート調査隊の失踪の時は、私も心を痛めたのだが、本当に…無事でよかった…」


 いちみが口を挟む。

「パープルラビット作戦……もうお気づきなんですね?わたしたちが紫兎ちゃんの予知を頼りにしていることに…」


「まあ…恐らくそうじゃないかと……で?、君たちの口ぶりからすると、あの子もついに御子の覚醒をはたしたようにも聞こえたが」


「いいえ。紫兎は御子ではありません。そう説明した方がスムーズかと思いまして、つい…」


「ふむ…まあ、どちらでも構わんが、我々も全面的にMFCを信頼しておるし協力は惜しまない。よろしく伝えてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 松本のモニタ画面が暗くなり、いちみは、五郎の顔をジッ…と見る。


「んっ?…どうした?二條…」


「わたしはてっきり、司令も紫兎ちゃんを御子と認めたのかと思いました」


「も、ということは、二條は紫兎を御子と認めたんだな?」


「はい。あの子は生まれながらに覚醒していた御子やと思います」


「生まれながらに?…よくわからんが……まあそうだとして、神使ノ獣(しんしじゅう)は?…あいつは何を護る?…まさか日本列島丸ごととか言うなよ」


「それは…」

 いちみは、自身の考えを五郎に説明するのを躊躇(ためら)った。

 こじつけだ、と一蹴されるだけのような気がする。というより、結局この男は頑として認める気がないだけなのだ。

 ほんと、子供みたい…


「まあ、今となっては、もうどっちでもいいがな。俺の娘でさえいてくれたら…」


「紫兎ちゃんは司令の娘ですよ。ご心配なさらずとも」


 でも、紫兎は…

 あいつは俺を父親と思ってくれてるのだろうか…


 五郎は話題を変える。

「…でもまあ、ここまで俺たちのできることはやった」


「そうですね、あとは、できることを全力でする、でしたっけ?…ベタでしたけど、ちょっと抱かれてもいいぐらいカッコ良かったですよ」


「馬鹿…ッ!…からかうな!」


 からかい甲斐があるその反応(リアクション)に、クククッ…といちみは笑う。


「で?…二條は何が食いたい?」


「は?」


「おごるぞ。何でも好きなものを言ってくれ。時間的には朝飯だが、最後の晩餐になるかもしれん」


 それについては、いちみも否定できない。

 この危機的な状況で、そんなことはない、と言う人の方が滑稽に見える。


「ふふっ、よろしいんですか?」


「…ぇ?…ああ」

 その京訛りに、五郎は一瞬、嫌な予感がした。


「ほな、(おか)にあがったばかりの築地の本マグロでもたらふく食べにいきましょか」


「…ぅ……ぐ……」

 ATMはどこだ…?



 その日の朝のニュースで日本全土に震撼が走った。


「…ただいまより緊急ニュースを伝えます。先ほど、政府から鬼魔ノ衆緊急非常事態宣言が発令されました。本日の夕方4時ごろより、全国各地で大規模な鬼魔ノ衆発生が予測されたことにより、各政府機関がMFCと協力して鬼魔ノ衆掃討作戦を展開する模様です。これを受けて本日正午以降、国内全ての交通機関の運休、教育機関の休校、高速道路の閉鎖、原子力発電所の稼働停止が決定されました。また、政府は、本日正午以降の外出を控えるよう、全国民を対象に各メディアを通じて通達しました。現在、特定避難地域に指定されたのは、佐賀県吉野ヶ里町、石川県かほく市、三重県鈴鹿市、長野県長野市戸隠、岡山県玉野市で、今後も避難地域は増える見通しとのことです。各地域の避難場所の情報については、各自治体の…」


 臨時ニュースを知らせるTVの前で出勤支度を調えていたサラリーマンは、ネクタイを締める手を止めて放心した。

 おいおい…マジかよ、これ…


 それから正午まで、人々は備えるしかなかった。

 スーパーマーケットからドラッグストア、そしてコンビニまで商品棚が空になった。

 報道は全て鬼魔ノ衆緊急非常事態宣言に関するニュースに切り替えられた。

 問い合わせが殺到し、各自治体は止まらない電話の対応に追われる。乱れ交うSNSの情報では事の真偽はもはやつけられず。午後になると人や車は街から消えた。


 そして夕刻…


 引波五郎と二條いちみは、特0司令室でメインモニタースクリーンを見上げていた。


 投影されているのは佐賀県吉野ヶ里町の北側の山を望む形で、上空に浮かぶ3人の御子たち。

 地元佐賀から伊万里鷺莉(いまり さぎり)、隣接する長崎から柚木(ゆずき)つつじ、それに熊本から上代煉花(かみしろ れんか)が加わる。


 調査隊のメンバーで箱型に対峙したことのある煉花がそこにいてくれることが心強い。


 始まりのゲート…

 紫兎が予知した時刻は16:39ーー


 現在その2分前。


 左右のサブモニターには、その時刻からそれぞれ、3分、5分、と遅れて開くと予知された石川県かほく市の沿岸部と三重県鈴鹿市の加佐登神社付近が映る。

 同じように、地元の御子を中心に、近隣からの御子がサポートにつく。


 3時間ほど前だった。

 紫兎がピンポイントの座標と分単位の時刻を示したことに誰もが驚いた。

 その座標を中心に5キロ以内の住民の避難はすでに完了していた。


 政府と特0は全ての映像をライブで国民に開示することにした。

 憶測や噂は混乱を招くだけ。そして、この大厄災の当事者は全国民なのだから…と。


 吉野ヶ里の現場からTV局とネット回線を通じてそのライブ映像が中継されていた。

 その画面を、人々は祈るような気持ちで見守っていた。


 本当にゲートが開き、鬼魔ノ衆が現れるのだろうか…と。


 ここまで紫兎がピンポイントで予知したのは13箇所。


 息が詰まるほどの緊張感が漂う中で、その予知時刻を30秒ほど過ぎた。


 …が……何も起こらない。


 特0司令室内を支配する静寂。

 普段は気にもならない電子機器のノイズ音がやけに大きく聞こえる。


 1分30秒経過。


 何も起こらないし、モニタースクリーンの御子たちも神ノ起具(かむのき)を構えたまま動かない。


 紫兎の予知は外れたのだろうか?


 あるいは、鬼魔ノ衆など現れないのかもしれない。

 そうであれば、政府、もちろん特0も、それ相応の非難に晒されるだろう。

 それでクビになろうが、それでも、このまま何も起こらない方がいいに決まっている。


 五郎が考える最悪の展開は場所の読み違えだ。

 しかし、それらしき一報はまだ入らない。


 五郎は、オペレーターの小日向に、どうだ?…と視線を投げたが小日向も軽く首を横に振るだけだった。


 2分が経過。


 真っ先に動いたのは御子だった。

 一瞬でその姿がメインスクリーンから、ふっ…と消えた。

 神速の煉花の初動に、つつじと鷺莉が追随する。

 あまりの動きの速さにズームしていたスクリーンフレームから外れ。

 どのカメラもそれを追えていない。


「来ます…」

 司令室後方のMFC席から紫兎の静謐(せいひつ)声音(こわね)がソレを告げる。


 えっ?…と皆が思ったその直後。吉野ヶ里の山を遠景でとらえていた別モニターに土煙と黒い霧が噴き出し始めるのが視認された。


 ズズズ…と地鳴り。


 ―――開戦……



読んで頂きましてありがとうございます。

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