PR20 (2)
「おっ!紫兎ちゃん、お帰り!」
東京特0司令本部のハンガーに着陸したパープルラビット機を出迎えていたのは、五郎ではなく東雲僚だった。
「東雲さん!ただいま!…顔色悪いですよ、ちゃんと食べてます?」
「そりゃ、紫兎ちゃんという最高の助手を失ったかと思って心配だったからに違いない。でも、ホント、無事でよかった。ハグしてもいいかい?」
と白衣姿で両手を大きく広げる。
「ダメです!と言いたいところですけど、コレのおかげで助かったから、少しならいいですよ、ふふっ」
紫兎はテンガンを東雲に手渡す。
「おっ、マジ?…でも今は監視の目が怖いから、後にしておくよ」
「監視の目?」
「ああ、あれなんだけど…」
東雲がクイッと親指で指す方を見ると、ここの司令長官が壁際の柱に身を隠すようにして、ジッとこちらの様子を伺っていた。
「不審人物ね…」
二條いちみが額に手を当て呆れ果てる。
「五郎さんは、あんな所でいったい何をしているのでしょうか?」
瑠璃も首を傾げた。
「さあ、俺にも全く分からん…オイオイと大泣きしそうなんだろ、たぶん」
「おーい!五郎ちゃん!ただいま~〜」
紫兎が両手を振って叫んだが、五郎は柱の影にサッ…と隠れてしまった。
「…あれ?」
「あいつ…何やってんだか…」
東雲はハァ…と呆れた。
「難しい年頃ですね…」と瑠璃がクスクスと笑う。
娘の無事な姿をその目で確認した五郎は、柱の陰で声を押し殺してオイオイと泣いていた。
まあ無理も無いか…と東雲は穏やかに微笑んだ。
「紫兎ちゃん、何度も言うけど、とにかく無事でよかった。で?…コイツ、役に立ったんだ」
東雲は手にしたテンガンの試作品をジロジロと眺め倒す。
「うん。反動とか微調整が要りますけど、実地試験は合格です。なんと、あの大きな箱型を2つも仕留めちゃいました。このわたしが」
「うはっ、マジか!…そりゃ凄い。早速量産を、と言いたいところだが、残念ながら弾となる煌河石が…」
「もうほとんどない、ですか?」
「ああ、その通り」
「そう思って東雲さんにお土産を持って帰ってきました」
「お土産?」
パンパンに膨らんだ大きなリュックサックをゴロゴロと台車に乗せた隊員が尋ねる。
「紫兎様、これはどちらに?」
「ぁ…こっちです」
リュックの口元から覗く薄青い輝きを放つ石塊を見て、東雲の声が興奮で震える。
「こりゃ凄い…まさか…これ全部?」
「ふふっ、そうです。煌河石です」
迎えにきていた栃木のSMT914に乗り込む瑠璃に、またね、と手を振った後で。
「あとは私たちでやっておくから、今夜はお家に帰った方がいいわ」といちみに気を遣ってもらった。
「ありがとう、いちみさん」
「いいのよ、大人の仕事は私たちに任せて。紫兎ちゃんは明日の本番に備えてもらわないと、ね」
そうして二條いちみは、まだオイオイと泣いている引波五郎を引きずって松本国務次官との緊急会議に向かった。
〜♬〜うさぎは何見るどこ跳ねる。まん丸月見て鳴き跳ねる〜
自宅の二階の、自分の部屋の開けた窓縁に腰掛け、紫兎が唄う。
薄いまだら模様の雲の切れ間のまん丸い月を見上げながら、サァ…と夜風が心地良い。
それは幼少の頃におばあちゃんがよく口ずさんでくれた歌だった。
「なんだ、電気も点けずに…」
1時間ほどの緊急報告を終え、帰宅した五郎は、紫兎の部屋の入り口で佇む。
「あっ…五郎ちゃん、お帰り」
「ただいま、というか、そっちがお帰りだったな、紫兎」
月明かりだけでも分かる。
五郎の目はまだ赤く腫れていた。
特0のハンガーで我が娘の無事な姿を一目見て、柱の影で嗚咽を漏らした。
もちろん駆けつけてこの両腕で抱き締めたかったが、司令長官という立場もあり、人目を気にしてそれができなかった。
「そんなん、誰も気にしませんのに。司令はやっぱりアホですね」と後から二條いちみにも笑われた。
その副官から「いったん家に帰って紫兎ちゃんとご飯を食べてきなさい」と命令された。
「おばあちゃんは?」
「もう、寝ちゃったよ」
「そうか…」
ただいま、と紫兎が家に戻るとおばあちゃんが出迎えてくれた。
「あら、紫兎ちゃん、おかえり。今日だったのね、帰ってくるの。合宿も大変ねぇ…福岡はどうだった?」
ぁぁ…そういうことになっていたんだ、と紫兎は理解した。
仙台滞在も含め12日間も家に帰っていなかったことになる。五郎がおばあちゃんを心配させまいと配慮して、そんな嘘をついていてくれていたのだ。
もし戻ってこれなかったら、五郎は一体どんな話しをするつもりだったのだろう、と思いながら、紫兎は、おばあちゃんの話に合わせた。
「松本のおじさんには?」
「ああ、直ぐに各機関と連携をとって明日の鬼魔ノ衆襲来に備えて欲しい、と要請した。これから閣僚級と会談するそうだ。で、早朝4時からもう一度、特0を交えて緊急招集作戦会議をすることになっている。明日の朝には何らかの警報も発令されるらしい」
「そっか、信じてくれたんだ…」
「まあ、東京、仙台とあれだけのことが続いたからな。で…?、体調はもう大丈夫なのか?」
「うん、まだ少し頭がフワッとするけど…」
「おいおい」
「ふふっ、大丈夫。元気よ」
「例の予知の影響か?」
「うーん、そうかも。ごめんね、心配かけて」
「ああ、今も心配だし、お前がゲートの奥から消えてしまった時は、もうダメかも、と何度も思った。情けないが、二條や御子たちに励まされて何とか持ちこたえたよ…」
無精髭で頬のこけた五郎のやつれ姿を見て、紫兎は胸の奥が熱くなり、涙が零れそうになった。
「…ゲートの奥で何があったのかは、二條から聞いたよ。お前の妄想話も含めてな」
「別に信じてくれなくてもいいよ」
「信じるさ、誰も信じなくても俺だけは信じるよ」
その言葉に、ふふっ、と嬉しそうに微笑んだ紫兎は照れ隠しもあってポッカリと夜空に浮いている満月を見上げた。
窓辺に並べられた煌河石たちが青澄む月明かりでキラキラとした輝きを放っていた。
特に満月の夜にひときわ強く輝く。
ずっと不思議だったけど、今は、それがどうしてなのか分かる。
そう…
月は、この子たちの故郷…
「…あのね、五郎ちゃん。御子のみんながね、わたしも御子の仲間だよって言ってくれてたし、本心からそう思ってくれてるって感じてた。けど……でもね…ずっとわたし自身がそう思えなかったの…」
「…そうか……」
「だって、変身できない、空も飛べない、浄化の光も放てない。あるのは危険を少しだけ早く察知することと煌河石を扱える力だけ……ずっとわたしは御子でもなく、普通の女の子でもなく、中途半端のままで……そんなわたしはいつも安全な場所から鬼魔ノ衆と戦う御子のみんなを見守ることしかできなかった…」
「そうだな…」
「でもね、聞いて。そんなわたしにも鬼魔ノ衆をやっつけることができたの。東雲さんが作ってくれたテンガンで、あずきちゃんにおんぶされて、だったけどね、ふふっ」
「ああ、それも二條から聞いたよ…」
「あんな大きな鬼魔ノ衆、間近で見て、最初はすごく怖かったけど……でもね、御子のみんなと目を合わせて、息を合わせて、力を合わせて、飛んで、撃って、やっつけて……なんだか、それがすごく嬉しかったの…」
「…そうか……嬉しかったか…」
はぁ…とそこに正直な嘆息が混じる。
「やっぱり、心配?……だよね」
紫兎は五郎に悪戯っぽい瞳を向ける。
「あたりまえだ。お前は俺の娘なんだからな」
「うん、そうだね、ふふっ」
わたし、五郎ちゃんの娘でよかった…
心地いい沈黙が流れる。
もうすっかり秋の涼風が紫兎の頬を穏やかに撫で抜けた。
そうして夜空を仰ぎ見る。
東京の星は少ないけれど、青い月光がその横顔に射し、クリクリとした瞳に銀凛の満月が映る。
「……あのね、五郎ちゃん、訊いていい?」
「ん?…何だ?」
「わたしのお母さんってどんな人だった?」
「えっ?…」
突然、予期せぬことを訊かれて五郎は戸惑った。
「…前にも言ったろ。綺麗で優しそうな人だったって」
「御子さんだった…のね?」
「…ぅっ…あ……」
あまりにもストレートに訊かれたので、その答えが五郎の顔に出てしまった。
「そっか…やっぱり、御子さんだったんだ」
「…ぁ…うん…悪かった、黙ってて」
「いいよ。わたしも訊かなかったし」
紫兎は月を見上げたまま、目尻を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、そっか、御子さんだったんだ。強かったのかなぁ…」
「……紫兎…」
「五郎ちゃん、あのね……わたし、あそこでお母さんに会ったよ」
「えっ?」
紫兎は、煌河石を一つ手に取る。
「この子たちが見せてくれた夢みたいな感じだったけど、それがすごく幸せで温かかったの…」
「…うん…そうか……それは、よかったな」
五郎は本心から出た言葉を口にした。
「…五郎ちゃん……」ーーお父さん…
「ん?…なんだ?」
「ん、と……何でもない…」
結局照れて言えない。
「さっ、ご飯、ご飯。五郎ちゃん、ろくに食べてないでしょ。またすぐに司令室に戻るなら早く食べなきゃ。何か作るね。わたしもまたお腹空いちゃった」
「ああ、そうだ。楓子からもらったずんだ餅もあるぞ。一緒に食べようと思って凍らせておいた」
「やったー」
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