PR20 (1)
京都鴨宮家から東京特0司令本部への帰路。パープルラビット機の中で、二條いちみは驚嘆の声を上げた。
「…1800年前の卑弥呼たちの大結界とは、えらいごっついストーリーやね。それに煌河石にそんな秘密があったなんて…」
栃木に帰るため、東京まで同乗することになった奈須ノ城瑠璃は。
「不思議ですよね。わたしもまだ興奮してます。鬼魔衆は別として、御子の能力がそんな古代から引き継がれてきていたなんてロマンチックだと思いませんか?」
どこか嬉しそうに瞳をキラキラさせながら。
「…ね?紫兎ちゃん」と同意を求めた。
「う…うん、そうですね…」
曖昧な返事が返ってきたので、瑠璃は「大丈夫?」と心配顏で首を傾げる。
また倒れるのでは、と思われたらしい。
紫兎は別のことを考えていた。
そして、ずっと気になっていたことを瑠璃に訊いてみた。
「ね…瑠璃ちゃん、他には?…あの時、何か他には視えなかった?」
「他に、ですか?…わたしがあの結界を覗いて紐解いたことは全て話したつもりですけど…」
そっか…
アレは、やっぱり、わたしだけに視えたんだ…
瑠璃のストーリーにはプロローグとエピローグが抜けている。
それらは煌河石が紫兎だけに視せてくれた幻想だったのかもしれない。でも紫兎にはソレが本当にあったことのような気がしてならない。
今でも、あの時、最初に視せられた星の崩壊の哀しさと、最後に感じた幸せな肌の温もりを生々しく思い起こすことができる。
紫兎は、首からぶら下がる煌河石のペンダントを手に乗せ、ジッ…と眺めてみる。
透き通る薄紫色から、ふわっ…と一縷の魔光の粒子が踊り上がった。
紫兎が物心ついた時から変わらぬ反応。
兎の横顔のモチーフ。
ーーパープルラビット…
あの女性が首から下げていたのはコレと同じだった…
だとしたら、あれは…わたしのお母さん?
そして戸惑う。
わたしは誰…?…と。
紫兎は話そうかどうか迷っていた。
自分だけが視たもの、そしてそこから推測されるあまりにも突拍子なく現実離れしたストーリーを。
「…いちみさん、瑠璃ちゃん、あのね…少し聞いて欲しい話があるのです。驚くかもしれませんけど…」
「いいわよ、いまさら何を聞いても驚かないわ」
「ふふっ、何?…紫兎ちゃん」
興味深そうに身を乗り出す二人。
「えーっと…これはわたしの推測、というか、ほとんど妄想かもしれないですけど…」
紫兎は話を切り出した。
「あの場所…あの大空洞は、わたしたちの住んでいるところじゃないと感じたんです」
「それは、ぇっと…どういう意味?」
「わたしたちの住んでいる世界じゃないということは…異世界?とか…霊界?とか…ですか?」
その手の読み物も大好きな瑠璃は、いまだにあのゲートは黄泉比良坂だと密かに思ったりしている。
「世界は同じだと思います。ただ、ここ、じゃなくて、地中深く、でもなくて…」
紫兎は言い澱む。
「…どこ?」
「月…です」
「…へっ…?」
予想だにしていなかった言葉を耳にして、いちみも瑠璃も二の句が継げなかった。
まだ異世界とか霊界とでも言ってくれた方が元御子と現役御子にはしっくりくる。
冗談を言っているようには見えない紫兎に、二人は揃ってポカン…と口を開けながら。
「月って…」
「あの月?」
と揃って上を指差す。
「うん、その月です」
「………………」
その言葉が二人の意識の中に浸透していく間を置き、紫兎が続ける。
「あの大空洞は、ここ、つまり地球の地下深くじゃなくて月の地中…ん?…月だから月中って言うのかな?…ふふっ…自分でも変なこと言ってるなぁって分かってます。でも、あの場所は月の中にある。色々考えるとそうとしか思えなくて…」
「…ぁっ……重力…」
瑠璃が思い出したように柏手を打つ。
月の重力は地球の6分の1。あの大空洞で感じた妙な体の軽さ、歩きづらさ。そういえば紫兎も祭壇の上を跳ねるように派手に転んでいた。
「それも一つのファクターです」と頷く紫兎。
「…でも…空気は?…月には大気がないはずよ」
と、いちみは抵抗してみる。
「でも、数えきれないほどの煌河石はありました」
「あっ…」と、いちみは思い出す。
煌河石は植物のように微量な酸素と二酸化炭素を放出する。東雲レポートにはそう書かれてあった。
「もし、あの空洞が密閉された空間であれば…そして1800年もの時間があれば…」
「ふーん、かなり面白い仮説ね、それ。あ…ごめん、変な意味じゃないわよ。真面目に聞いてるわ」
「ふふっ、分かってますよ」
ここで瑠璃が納得いかない部分を指摘する。
「でも紫兎ちゃん。日ノ御子たちは?…あの大空洞が月にあるとして、あそこで大結界を張った日ノ御子たちは…」
「そうね、1800年前には酸素ボンベなんてなかったわね…」
いちみも頷く。
大結界を張る前なら煌河石もまだなかったはず…
「いえ、いちみさん、わたしは言いたいのはそこじゃないのです。空気は、例えば、魔法で何とかなったとして…問題はそこじゃなくて。なぜ、日ノ御子たちはあの空洞の存在を知っていたのか?…ということです」
「…それは……確かに、そうね…」
ふむ…といちみも思考に沈む。
1800年前に月に行く術があるはずもない。
二人は、その答えを求めて紫兎に向き直る。
「へへ…実を言うと、わたし、あの時…瑠璃ちゃんと最後の扉を開けた時に別の物語も視えたのです」
「別の…?」
「物語?」
「はい、つながる物語と言ってもいいかも。瑠璃ちゃんが覗いた物語より前のお話し」
「つまり、プロローグね…」
紫兎は迷ったが、温もりを感じたエピローグは自分だけの胸の内に秘め、月と日ノ御子がつながるプロローグだけを話すことにした。
「…で、それをわたしなりに紐解いてみました。ほんと、ただの幻想か妄想かもしれないので真剣に聞いてくれなくてもいいのですけど…」
そう前置きする紫兎に反して、二人は真面目な面持ちで身を乗り出す。
どこかワクワクしているようにも見える。
瞑想するように瞼を閉じた紫兎がその物語を話し始める。
まるで自分だけに語り聞かせる朗読のように。
「それは昔々…大昔のお話し。月にも地球と同じように青い海と空があって、たくさんの人々が住んでいました。地球より遥かに進んだ文明、そして魔法のある世界でした。それがある日、たくさんの隕石が月に降ってきて…」
読んで頂きましてありがとうございます。